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Posted by ブクログ
「100分de名著」ホスト役の、伊集院光さんと、番組でそれぞれの回に解説者として出演しておられた専門家の事後対談集。取り上げているのは次の三作品。
フランツ・カフカ『変身』
柳田国男『遠野物語』
神谷美恵子『生きがいについて』
共通して見えてくるのは、行き場のない者、出来ることを奪われた者の、その先にある『生きることの問い直し』のように思う。この本については、まず、番組を配信で見直すか、題材になった本をよむのが良い。しかし、それも大変…ということなら、全く知らぬまま、読まぬままより、
「この有名な作品は、こういう内容だったのか。ふうん。」
という感じで、刺さったものだけでもお手に取られると良いと思う。実際私は、『変身』は再読。『遠野物語』は、今はピンとこなくて、『生きがいについて』は初読。明日、カフカと神谷美恵子を借りに行く。柳田を放っておいて良いわけではないが、興味が湧かないものは致し方ない。ただ、人間何がいつ刺さって読み時になるか分からないから、サラッとでも知っておくのが大事。何も知らず、敷居が高いままだと、興味を持つこともないまま過ぎる。読書案内って、成果を求めるんじゃなく、ぱらぱらっと自分の内側に花の種を撒くようなものだ。花じゃなく竹とか生えてきても、それでいい。芽が出なくとも、それはそれで意味があるのだ。
各回の解説担当者の方も、伊集院さんも、番組以上にご自身に作品を近づけて語ってらっしゃるので、自分が読んだ時には、全く違う解釈鑑賞がでてくるかもしれない。でも、良いと思っている。
カフカの主人公、グレゴール・ザムザがりんごを投げつけられる意味も、アダムのりんごのように性的なメタファーだと読む説も紹介されていたが、それでは収まりきらないという。私自身は、あれは、虫になったザムザに対する、人間界、一般社会からの追放を意味するのだと読んだ。りんごは知恵の実。知恵があるから人は人足りうる。その知恵を凶器にされて大怪我を負うのは、まるで「もうお前はこの世界の住人ではない」と、知恵を剥奪されているように見える。
実際は彼の内面は、人のままなのに。周囲にとって『虫に変容してしまった人』から『ただの虫』にされてしまった、決定的瞬間だ。りんごをぶつけられるまでは、ザムザは虫の姿をしていても、人間だった。人間でなく虫なら、知恵も思考もいらないもの。叩き潰していい。そんな無言の理屈が成り立った時、ザムザは一家から排除されてしまう。事実あれ以降彼は忘れられ、衰えてゆく。
一方、神谷美恵子の存在した場所。一身を捧げた場所もまた、そこに行く前と後で、人生の色合いを強制的に変えられてしまう場所だった。らい病患者の方々の療養所。神谷自身は患者ではなく、外からの来訪者だった。
旧来、正しい知識や有効な治療法が理解されず、苦しむ方の多かったらい病。その療養所にあって、患者の方々が、どうご自身のこころを守り、日々を生きたか。
どちらの作品も、『自ら望んだ人生の変化ではない』のに、それを自分で引き受けてゆかざるを得ない状態が描かれている。ザムザは、虫になっても仕事が気になる。どこまでもこころは人間だからだ。実在の闘病する方々は、言うに及ばない。失うことの多い中、こころは確かに社会に在るままだ。
私達が、この生きづらい日々を切り抜けていく時、その描かれた有り様から、何を感じ、すくい取ることができるだろう。原典を読んでみようと思い至ったのは、こんなことをぽつぽつと考えたからだ。コロナ禍にしても、重い病や生活苦にしても、気がつけば捻れてしまった心にしても、懸命に生きているのに、まるでりんごが虫の殻を破るように、不意に私達を押しつぶす時がある。そこで、そのままになるか、ゼロ、いやマイナスからでも、新しい思慮によって生き直せるか。
本を読んだからとて、飛んできたりんごが、どくわけではないが、ついた傷に自ら手を添え
「まだ、もうちょっと。」
と言えるのか。何かの価値観の変換がないと、ひとりで生き方のギアを変えるのは難しい。そこのところを変える伴走者、渇ける人の隣を流れる伏水には、どの本もなってくれそうだ。
それと、余談であるが、このご本の中に、故・井上洋治先生の事が述べられている。若松先生は、井上先生に師事しておられたとか。道理で若松先生のお話ぶり、書かれる言葉が懐かしく、慕わしいはずである。ずっと、
「どなたを思い出すのかしら?」
と思っていた。井上先生だった。18歳からはたちの、まだ心のやわらかな時に、キリスト教学や人間学のお授業を受けた。いつも、誰に対しても、声を荒らげたり、不快な顔をなさったことのない先生で、慈しみに満ちた笑顔で学生に接してくださっていた。出席票の裏をコメントペーパーにして提出するのだが、どんな意見を記しても、そのお声の温かさは変わることなく、誰にも真摯に向き合ってくださっていた。
その頃は、何も思わずご一緒させて頂いたが、この歳になって、自分が新たに病を得たり、家族の支えにならなければいけない時、ふと先生のお講義を思い出すことがある。あのように接しなくては、と。自分のことや、ちいさな家の中の出来事など、コップの水の乱れのようなものだけれど、考えるのだ。
『投げ出してはいけませんよ』
と、きっとおっしゃるだろうと、自分にもう一度力をつける。不肖の学生で、当時ご心配もたくさんきっとかけた気がする。井上先生お一方だけでなく、あの頃出会ってくださった先生方に、それぞれ勉強だけでなく、普段から学ばせて頂いていた。感謝しかない。こんなところで思い出深い方と再会させていただけるとは……。
生きているのも、いいものである。
Posted by ブクログ
名作にはなるべく触れておきたいと思いながらもなかなか手にするきっかけがない。カフカは昔、『城』を読もうとして途中でやめた記憶がある。他にも中上健次の『枯木灘』、中南米のアカデミー文学賞をとった作家のやつも途中でやめた。挫折の記憶が心をチクチクとさいなむ。こうして振り返ると今は、当時よりも読書習慣が身についていて、つまらなくても最後まで読む根性もあるので、いまこそ再挑戦したい。
名作で言えば『罪と罰』『嵐が丘』は最後まで読んで、どっちも登場人物がクレイジーでとても面白かった。『星を継ぐもの』はとても面倒だったけど最後まで読んだら感動した。
『遠野物語』は文語体で読むのが難しそうなので『変身』をまず読んで、次に『生きがいについて』を読んでみたい。
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