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Posted by ブクログ
周五郎新潮文庫版短編集、木村久邇典氏解説には周五郎の短編ジャンルが大まかにわかるものを選んでいるとのこと。そうですね「×××もの」と分類できます。
再読ですが、ひさしぶりに周五郎ワールドにとっぷりと漬かりましたので、一編ごとの印象を。
「ひやめし物語」
武家の次男三男は跡継ぎになれない、養子に行くか部屋住みで終わるか、肩身が狭いのは現代のパラサイトも同じだけれど、甲斐性があれば何とかなるのであるという話。その甲斐性が古本集めというからおもしろい。
「山椿」
二組の男女のもつれあいというと、どろどろしているみたいだけれど、ここにはかしこい知恵とユーモアがあるのです。
「おたふく」
女性を信じるかどうか、男性はなかなかできないのでしょうか。清く生きているのに、切ないですね。でも明るい性格の姉妹だからか終わり良ければ総て良し。
「よじょう」
何にもしないことが有効になる?って噓からまことが。
「大炊介始末」
山崎豊子『華麗なる一族』を彷彿とさせる、武家もの編の苦しくにがい物語。
「こんち午の日」
このような一途な男性を描けるのは周五郎真骨頂なのだ。
「なんの花か薫る」
哀しい、悲しいなあ、世の中にはわかっているけど行き違いがあるんだね。
「牛」
天平ならず現代にもいる、あると納得の人間模様。
「ちゃん」
どうしょうもないおとうちゃんはどうしようもないんだよ。
「落葉の隣」
好きになるっていく過程の不思議さ、理屈じゃないの。
ようするに周五郎ワールドをほめっぱなしにしてしまうような短編集。
Posted by ブクログ
樅の木は残ったしか読んだ作品はありませんでした。珠玉の短編集と思います。
以下、木村久邇則氏の解説から
満州事変から第二次大戦後、物資統制のため雑誌の統廃合まで行われた時代に作品は発表されたのだそうです。アンドレジット『大芸術家とは、束縛に鼓舞され、障害が踏切台となる。ミケランジェロのモオゼの窮屈な姿を考えたのは大理石の不足による。アイスキュロスのコオカサスに鎖ぐ沈黙。芸術は束縛より生まれ、闘争に生き、自由に死ぬ。』
下町もの ー「おたふく」◎「こんち午の日」「ちゃん」「落葉の隣り」
岡場所ものー「何の花か香る」
滑稽ものー「ひやめし物語」◎
平安朝もの一「牛」
武家もの一「山椿」◎「大炊助始末」「よじょう」◎
心理描写をつとめてさけ、会話と動作の完結な描写だけで、溢れる余情を与えている。
ラベルの名曲「ダフネとクロエ」が、単純な数小節のテーマメロディーを変化させることだけで華麗な交響詩となっていること、その手法の散文詩への応用。粘りのある文体、決して上っ面を流れ奔ることのなく、一行一行、読者に食い込んで行く量感。
本当の人生への対決
Posted by ブクログ
さまざまな趣向の作品を集めた短編集。全10編のうち、以下印象に残ったものをピックアップ。
「よじょう」・・・どうしようもないヘタレ男・岩太が、乞食の真似事をしているだけなのに父親の仇を討とうとしていると周りから誤解されてしまう。それだけでも面白いのだが、仇を討つ相手はあの宮本武蔵。力の象徴である武蔵や仇討ちそれ自体へのシニカルな視点が素晴らしい。
「大炊介始末」・・・武家モノ。将来を嘱望されていた大炊介が、18歳の秋に自身に関するある秘密を知ったことから自暴自棄に陥ってしまう。この時代にこんな秘密を知ったらと思うと大炊介に同情してしまう。まったくもって悲劇としか言いようがない。
「こんち午の日」・・・豆腐屋の婿に入った塚次だったが、3日目に妻が家出してしまう。残された養父母を守るために一人奮闘する塚次だったが、家出した妻と無法者の男が家を乗っ取りに現れて…。ラスト近くの対決シーンがものものしい。
「なんの花か薫る」・・・娼妓のお新は、追われていた若侍の房之助を匿ったことをきっかけに馴染みとなる。身分の差によって結ばれることのないはずの2人だが、お新も周りも徐々にその気になっていき…。文庫版の解説にある通り、オチを含めて完璧な短編だと思う。
職人としての矜持が前面に出た作品が多いが、寄せ集め感がなきにしもあらずかな。いつもの周五郎節を味わうには不足はない。
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