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引用される作品は、記紀万葉から折口信夫、ヘーゲル、サルトルにまでにおよび、そのジャンルは詩、物語文学の表現としての通史であり、戯曲の成り立ちを、能・狂言を通じて丁寧に展開した画期的論考でもある。
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Posted by ブクログ
後半部分は、「共同幻想論」につながっていくようなモチーフがみられる。 おそらく、 個人には、架空の言語空間への接続があると考えられているが、 それは具体的な形象を持った空間ではない。 そこから個々の内観を通して、共通性への架橋がなされるのである。 その個々が持っている空間を、「共同幻想論」では ...続きを読む対幻想や共同幻想などと言い表しているのだろう。 本作でそれは、 言語と像を、自己表出と指示表出から描こうとした ところに顕現している。 それにしても、いくつか登場する図解がわかりにくかったりする。
1に続いて、前半は各論。詩や物語や劇などが(それこそ宗教の儀式の前の発生の所から)どういった構造で生まれて、発展してきたかを確実に説明してくれる。 自分がこういう本を読まないせいもあるかも知れないけれど、言語や芸術についてここまでとてもとても考えられない、極みまで明らかにしてしまっているので全く...続きを読む鵜呑みにしそうで怖い。と言うかしている。 共同幻想論でもそうだけれど、最初から最後まで、基本的には同じ事を言っている(ある一つの考えに達した人が書いているのだから当たり前だけれど)意味、価値、内容、形式、表現のあらゆる事は自己表出と指示表出、その構成や広がりである事を示してしまうと、ヘーゲルもサルトルも、他のあらゆる評論もその中の端で水掛け論をしていた様に見える。と言うかそう言っている。 如何に言葉を無自覚に使っているか思い知ったし、言葉とは何かと言う何の足がかりも無い様な事を、こんなに自在に動いて目の覚める様な精確さで捉える人がいるのだなぁと、感動した。 影響を受けすぎるので、早く違う本を読みたい。二冊を通して掴んだ言語観で、周りの言葉全てが一枚奥まで透かして見える様。
ー わたしたちが立場というとき、それは世界をかえようという意志からはじまって世界についてさまざまな概念をかえようとするまでの総体をふくんでいる。文学(芸術) についてのさまざまな概念をかえるためにも、立場はなければならないし、またどうしてもあることになってしまう。文学(芸術)についての理論は、すべて...続きを読む無意味なスコラ的なものにすぎないという見解は、たんに創造家の側だけからばかりではなく、理論じしんのがわからもたえずいわれている。その理由は、文学の理論がほんとうは個体の理論であるにすぎないのに、普遍的であり共同的であるかのように振舞い、また、たんに主観であり政策であるにすぎないのに立場であるか のように振舞ってきたからだ。そのようなところでは、理論はたえず不安感にさらされて、創造そのものに近づきえないのではないかという危倶を、こころのなかで自問自答しながら展開されてきたのだ。 しかし、すくなくとも、わたしたちはここではそんな危倶をかんじなかった。理論は創造をはなれることによって立場と化し、はなれることによって創造そのものに近づくという逆立ちした契機をものにしようとしていた。それがどの程度に実現されているかはじぶんでいうべきではないとしても、だ。 ー 頑張って最後まで読んだけど、結局、言語にとって“美”って何なんだろう? 言語の分析論は分かりやすかったし、言語の価値論や文学の価値論はなんとなく分かったような気がするけど、最初の問いの答えがよく分からない。 まっ、言語にとって“美”が何であれ、読書が私にとって何らかの価値を内面から見出させてくれる限りは、それはかけがえのないものだから良しとしよう。
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