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Posted by ブクログ
ニーチェが言ったことは、「神は死んだ」ということではなくて、実は「神は生きている」ということ。
かつては、教会のなかにおさまっていた神が様々な形に姿を変えて、現代社会に君臨しているという。
ニーチェの鋭さは、神の権威、教会の権威を否定し、「これからは新しい時代だ」などと浮かれている人々の根幹に、依然として《神》が座り続けているということを指摘したことにある。
ニーチェは一般に倫理などでは「実存主義者」としての枠にあてはめられるが、これを現代に君臨している政治思想に批判の焦点を当てたものと言える。
「カトリック」のコミュで、この本をもとにした考え方を提示したら、「ニーチェはキリスト教を分かっていない。聖書を誤読している」「当時の西洋文明だけに対する批判であり、現代日本人の我々には関係ない」といったようなとぼけた意見が跳ね返ってきて、「宗教」、「非宗教」に関わらず、ものを考えない、現状にぬくぬくとしたマインドコントロールされた、《終末の人間》というのは、どこにでもいるのだなと本書が指摘している通りに思わされました。ネットでのコミュニケーション場など、典型的な群畜の集まりでしかない。
著者は、「民主主義」を形を変えた「キリスト教カルト」と断定し、それを支える、マスコミに流されやすい「B層」を徹底的に批判している。
ツァラツストラも、ニーチェも、「バカを論破するのは不可能」だと悟り、語りかけることをあきらめます。
では、B層批判の本書が書かれた対象とは?直接B層に向かってではないでしょう。
「今の世の中が肌に合わない人。今の世の中がどこかおかしいと感じている人。今の世の中を深く軽蔑している人。」に対して、ニーチェは、共に批判をし、呼びかけているようです。
キリスト教も、社会主義も、ルサンチマン(恨みつらみ)と同情の力を利用して、世界に君臨し、世の中の価値を転倒させてしまった。
民主主義や、民意が世界を動かすことほど危険なものはありません。
「一人ひとり」は完全に平等ではない。全くの妄想です。
フランス革命においても、重要であった点は、虐殺がロベスピエールの暴走ではなく、確固とした道徳思想および、人権思想により、理性的に大量粛清をはかった点にある。
《神》の普遍性や、そこから派生したイデオロギーは全くの無効です。
ニーチェが批判しているのは、《神》ではなく、《神として崇められてきたもの》。教会が生み出した《人工の神》。
本書の後半は、ニーチェの誤読者を徹底追及。知識人と呼ばれている人たちが、いかに汚染されているかを暴きます。
痛烈な民主主義、「形を変えた神」の批判だったが、最後に、この世界を良くするために、「選挙に行かない」こと以外に何かできるのだろうかと思わされた。
B層につける薬はない。有権者も成熟しない。
「選挙なんかで世の中は変わらない」のではなく、「選挙なんかで世の中を変えることは危険」なのだ。
我々は、ただ、B層や民主主義の「権力」に社会ごと流されて、何も変えられないまま、批判をすることしかできないのだろうか。
誰もが、「まだ大丈夫」と思っているうちに社会は腐っていった。
ナチスは狂気の集団ではなく、市民社会の中からごく普通に登場したのである。
本書を契機として、改めて、ニーチェ文献に当たり、社会の見方を考えてみたいと思わされた。
同意はすれど
B層が自分にとって我慢ならぬもので有ることは再確認。しかし、自分ももしかしたらB層ではないかという不安も現れる。奴らより上だ、という気持ちは「奴ら」が思う「自分は進歩的だ」という思い込みと似ていないか?
しかし、B層は有るはずのない自分の能力を頼んで暴力的に権力の座に着く。欲望は抑えることは出来ないだろう。ならばせめて、暴力を排することは出来ないだろうか?そこで、あらゆる人の最低限の納得を取り付けるというプロセスが必要で、その答えが民主主義なのではないかと思う。
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