庭の話

庭の話

ビジネス・実用
2,750円 (税込)

13pt

『暇と退屈の倫理学』『中動態の世界』への刮目すべき挑戦が現れた。
情報社会論より発せられた「庭」と「制作」という提案から私は目を離すことができずにいる。(國分功一郎)

プラットフォーム経済に支配された現代社会。しかし、そこには人間本来の多様性が失われている。
著者は「庭」という概念を通じて、テクノロジーと自然が共生する新たな社会像を提示する。(安宅和人)

*プラットフォーム資本主義と人間との関係はどうあるべきなのか?
ケア、民藝、パターン・ランゲージ、中動態、そして「作庭」。一見無関係なさまざまな分野の知見を総動員してプラットフォームでも、コモンズでもない「庭」と呼ばれるあらたな公共空間のモデルを構想する。『遅いインターネット』から4年、疫病と戦争を経たこの時代にもっとも切実に求められている、情報技術が失わせたものを回復するための智慧がここに。

【目次】
#1 プラットフォームから「庭」へ
#2 「動いている庭」と多自然ガーデニング
#3 「庭」の条件
#4 「ムジナの庭」と事物のコレクティフ
#5 ケアから民藝へ、民藝からパターン・ランゲージへ
#6 「浪費」から「制作」へ
#7 すでに回復されている「中動態の世界」
#8 「家」から「庭」へ
#9 孤独について
#10 コモンズから(プラットフォームではなく)「庭」へ
#11 戦争と一人の女、疫病と一人の男
#12 弱い自立
#13 消費から制作へ
#14 「庭の条件」から「人間の条件」へ

「家」族から国「家」まで、ここしばらく、人類は「家」のことばかりを考えすぎてきたのではないか。しかし人間は「家」だけで暮らしていくのではない。「家庭」という言葉が示すように、そこには「庭」があるのだ。家という関係の絶対性の外部がその暮らしの場に設けられていることが、人間には必要なのではないか。(中略)/「家」の内部で承認の交換を反復するだけでは見えないもの、触れられないものが「庭」という事物と事物の自律的なコミュニケーションが生態系をなす場には渦巻いている。事物そのものへの、問題そのものへのコミュニケーションを取り戻すために、いま、私たちは「庭」を再構築しなければいけないのだ。プラットフォームを「庭」に変えていくことが必要なのだ。(本文より)

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庭の話 のユーザーレビュー

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感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

    衝撃だったのはp.257。「本書の提案する「庭」の条件をすべて満たす社会的な大状況は存在できる。というか、すでに存在している。人間と事物とが関係する場所であり、事物間の生態系が豊かな場所であり、人間が関与できるが支配できない場所であり、そして事物の側から人間にアプローチのある場所であり、そしてそこは人間を孤独にする場所である。…これらの条件を同時に満たす場所を、正確にはあらゆる場所でその条件を満たすことを可能にする状況を少なくともひとつ、私は挙げることができる。しかし私を含め、多くの人々はその状況を望まないだろう。なぜならば、一般的にその状況は「戦争」と呼ばれているからだ」
    思考の練られた哲学というのは、いつも私を圧倒させる。それは煌びやかで高潔な圧倒なんかではなく、侮辱したい、罵倒したい、どうにか否定したい圧倒である。がしかし、ここで練られている哲学というのは横槍を入れるのが本当に難しいのである、否定したい批判したいが、どうにも腑に落ちる部分と批判したい部分が絡まっていて、わだかまりを解くのにはとても時間がかかる。この本を読み終えるのに半年以上かかった気がする。良い本とは、いつも呼吸をするのを忘れてしまうため、急に本をパタンと閉じることが多い。罵倒と批判の明確な違いは、感情に身を任せて言葉をのせているか、時間と知性をかけて言葉を練り込んでいるのか、だと思う。Twitterのクソリプみたいには絶対にしない。徹底的な批判をするために、わたしは何年もかけてこの本の真髄を批判してゆきたい

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    2026年09月19日

    Posted by ブクログ

    現代社会では、SNS上の発信と反応の連鎖が世論形成に大きく影響している。だれもが受け手であり発信者でもあるため、他者からの反応を求める気持ちが自然に生まれる。問題は、発信の目的が内容そのものではなく、反応を得ることへとずれていく点にある。

    著者は、この相互承認の流れから距離を置くための考え方として「庭」を提示する。「庭」とは、人と人の関係ではなく、人と事物との関わりに没頭できる場とされる。事物同士が関係し合う場に人が関わることで、人と事物のやり取りが生まれ、結果として偶然その場にいる人同士の関係が生まれることもある、という構造を指している。

    庭の条件のひとつに「攻略できないこと」が挙げられる。事物と向き合うとは、目的を達成する行為ではなく、それ自体に関わり続けることにあり、その時間が相互承認の流れから一時的に離れることを可能にする。

    著者はさらに、「コレクティフ」という、ばらばらのまま共にある集団のあり方を取り上げ、「共同体」と対比している。共同体は敵をつくることで成立し、内部に勝敗を生みやすい。SNSの相互承認の仕組みは、この共同体の性質と結びつきやすいとされる。自分の生活では不要に感じながら、仕事では「コミュニティ」という言葉を肯定的に使うことに何となく違和感を持っていたが、その背景が説明されたように感じ、腑に落ちた。

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    2025年11月17日

    Posted by ブクログ

    情報社会論に分類される本らしいですが、色々な読み方が出来てめちゃくちゃ面白かったです。 
    この本における著者、宇野常寛の認識の妥当性とか前提を批判することは簡単ですが、そういうことではなく、自分自身の在り方を考えるエッセイ(試論)として示唆的で、対話的に読めるという意味でも素晴らしい読書体験でした。
    また、(比喩的な意味での)庭の話の本なのに、終盤になってその限界を自ら論じ始めるところも含めて(わざわざ損をしに行くスタイル笑)、すごく正直な著作です。 
    * * *
    ところで、本書中にはほとんど登場しませんが、社会学者?、宮台真司のかつての著作と比較して読めたのも面白かったです。
    例えば、宮台はかつて「承認なき社会」の地獄を論じていましたが(援交少女の出現など)、プラットフォーム資本主義によって、現在では皮肉な形でコスパ良く(しかし中毒的に安易な)承認が供給され、新たな地獄を出現させています。
    また宮台は、その処方箋として、クソ社会から距離をおいて「世界と接続せよ(サイファ、覚醒せよ)」と宗教じみたことを主張しますが、宇野の場合、社会と世界の間に「庭」的な場所をつくることで、社会の改良(補完)を主張しています。
    これは、エリート主義(Anywhere)で実存主義の宮台に対する民衆派(Somewhere)で個人主義の宇野の反撃なのでしょうか。
    この本では、吉本隆明から糸井重里に続く路線を真っ向から批判していることに注目が集まりがちですが、個人的には、宮台チルドレンの宇野が老害じみてきた宮台を終わらせたと思えるところも興味深かったです。

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    2025年09月06日

    Posted by ブクログ

    書き方によって、一部の人を見下しているように読めるところもあり、必ずしも耳触りの良い中身ではない。しかし、だからこそ?あまり人が踏み込まない矛盾にも突っ込んでいけるのかもしれない。

    右派も左派も文脈は違えど共同体の回帰を目指す。孤立を防ぐために、普段からのつながりな共感を持った「暖かい」互助の世界。しかし、そもそも孤立化する人がその共同体の中で周辺でなく真ん中に自然と入れるものか?そもそも共同体は強いものがより搾取しやすい状況だと。村八分者が何も売ってもらえない贈与経済化より、村八分者でも100円を持っていけばパンが買える方が余程自由で平等な社会なのではないか?

    という指摘は一定の検討余地を感じた。

    ただ、庭の状態が戦争にも当てはまるという後半の話はピンと来なかった…

    喫茶ランドリーや銭湯を例にやらなければならないことで偶然同じ場に集うというのは今まで実験してきたことなので非常によくわかる。

    コミュニティを作ろう!みんなで支え合おう!という共同体には、孤立しやすい人でなくても現役世代は多分入れないだろうし。

    ただ、庭の例えがわかりやすかったのかは最後まで疑問。コレクティフの話は面白かった。関与できるけどコントロールできない。やらされ感のない当事者意識がもてる状態。

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    2025年08月06日

    Posted by ブクログ

    2025年度印象の残るNo.1候補。最後にあとがきがないのはこれを読んでそしてどうするかと問いかけられているかのよう。今まで読んできた民藝やパターンランゲージに関することや、同じ著者の『遅いインターネット』のほか、『暇と退屈の倫理学』や『中動態の世界』を通じて「庭」とは何でなぜ今必要なのか、孤独について、そしてハンナ・アーレントの『人間の条件』に回帰してきたこの流れを読み終わったもののあらためて追って整理したい。特に『人間の条件』はまだ読み切れていないので読まねばと思う。

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    2025年06月26日

    Posted by ブクログ

    宇野さんの本、初めて読んだけど面白かった。自分が興味のあることもチラホラキーワードとして出てきて親近感。(庭師、ケア、SNSの課題、流域、民藝、パターンランゲージなど)
    読み終わって思うことは今のSNSの承認欲求から、AIの登場により人間が作る楽しみを取り戻し、制作への充足感へと移行することはできるのか?個人的にはそうなってほしい。
    庭は比喩的な表現で、自然と人間の手が入っていて、かつ社会に半分開かれていて、半分は家であるという空間的な在り方がいいバランスなのではないか、という提案だったのだと思う。
    ちょっと難しい内容なので、もう1度ゆっくり読み直してみたいけど、その前に宇野さんの他の本も読みたい。

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    2026年10月05日

    Posted by ブクログ

    私の考えるこの本の面白さは、著者の偏った認知にある。
    具体的には、①SNSの承認交換的な一面を過剰に重視してその利用者をタイムラインの潮目を読む存在であると捉えている点、②共同体に対する執拗とも言える警戒心を抱いている点、の2点である。
    一般に偏りは良くないものだと思われている。しかし、深い分析を行うためには執着が必要で、執着は偏りがなければ生じない。
    実際この本では、SNSがその本質に持つ承認交換的なコミュニケーションを促す構造と、個人(特に社会的弱者)を抑圧する共同体の問題点に対する鋭く緻密な分析という形で著者の偏りが良い方向に働いている。

    タイトルにある「庭」とは、共同体に頼らずにSNSプラットフォームの強い力に対抗する方法を模索する中で答えとして提示されるものであり、承認や評価とは無関係に個人としてその存在を認められる場とされている。
    この「庭」の考えも、著者の過剰なまでの共同体嫌悪がなければ生まれなかったであろう概念であり、極めて興味深い内容だった。

    だが12章以降は著者の偏りの要素が薄くなるためか、私自身にとってはあまり面白くなかった。
    それまでの章では、共同体のもとで抑圧され取り残されてしまう、社会的弱者や所謂コミュ障的な人間の視点が過剰なまでに重視されていた。
    しかし、12章以降でプラットフォームへの対抗策として提示される、「弱い自立」や「制作」はそれまでの共同体批判の語り口とは異なり、弱者へのきめ細やかな視線がなくなっており、「anywhere」の範囲を広げる程度の効果しか持たないと感じられた(この限界についての言及はあるため、著者も認識していると思われる)

    左派や共同体主義者等への嫌悪感を感じられる部分がたまに見受けられ、その時には少し極端な論調となるが、そこも含めて著者の感性がよく表れており、刺激的な読書体験となった。

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    2026年07月25日

    Posted by ブクログ

    ビッグテックが設計・管理する中での相互承認ゲームが既に中動態的な世界になっているという主張はとても面白く、人間以外の事物との関わりが処方箋になるという主張や、共同体に満たないが集まる場の大切さといったところには共感でき、「遅いインターネット」の時より思想がかなりアップデートされていると感じた。
    他方で、「庭」的なものとして「戦争」を持ち出しているところは、「戦争」があくまでも人為的なものであるという点で却ってプラットフォームとの差異が曖昧になってしまうと思った。プラットフォームのルール変更等はSOMEWHEREな人々にとって抵抗不可能な事象とは言えないか。それならばプラットフォームと庭を分けるものは何か、ここは本書の中に答えは明確でないように思う。
    あと全体的に対立構造を用いながら、いずれでもない存在を捨象しがちなのも気になる。これは「遅いインターネット」と同じ弱点。
    とはいえ「では君はどう考える?」と言われるようで、自分なりの思索が膨らむ点で良い本だと思う。

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    2026年07月20日

    Posted by ブクログ

    『庭』は単なる庭ではなく、自分で手をかけ、時間をかけて育てる小さな世界の比喩だ。
    SNSのように反応や評価を求める「広場」と対照的に、誰かに見せるためではなく、自分が責任を持って育てる場所。そこから世界との関係を考え直そう、という提案である。
    「世界を変える」よりも、まず自分が関われる小さな場所を丁寧につくる。その考え方が、今の自分にはしっくりきた。
    本書では、この「庭」という概念から、情報社会や民主主義、教育など多岐にわたる提案がなされている。それでも私の中に一番残ったのは、この考え方だった。
    庭とは、自分が責任を持って関われる小さな世界。それでいて、すべてを思い通りにはできず、変化や偶然も受け入れる場所。その「手をかけるが、支配はしない」という距離感が、とても心地よく感じられた。

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    2026年06月27日

    Posted by ブクログ

    インターネット時代がもたらした Somewhere な人々と Anywhere な人々を概観し、そこには庭が必要だよねというもの。世界観がわかりやすくまとめられていて、平易だが安易に閉じない議論で非常によかった。読後感がぬるっとした感じであったのがややもったいない気持ち。

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    2026年02月13日

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