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長い年月をかけて対象となる社会に深く入り込み,そこで暮らす人びとの人生や生活を描くフィールドワーカーたちは,自分たちの人生もまた調査に費やしている.生活史調査で知られる著者が,打越正行,齋藤直子,丸山里美,石岡丈昇,上間陽子,朴沙羅の卓越した6人のフィールドワーカーたちと「調査する人生」を語り合う.
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Posted by ブクログ
対談集。聞き手は岸政彦。相手は打越正行、齋藤直子、丸山里美、石岡丈昇、上間陽子、朴沙羅。共通している問いは、著者たちが行なっているのは調査なのか、それとも調査以外の要素(支援など)がある行為なのか、単一や少数の事例に普遍性はあるのか、人生を書くことはできるのか。それぞれの論者なりの考えが語られてい...続きを読むくが、当然意見は皆異なる。異なってはいるが、共通していることもある。それは、書名通りに、調査のためというよりも人生を営む場として、各々のフィールドにいるということ。
勝手にラブ&リスペクトの岸さん。 数年前に『断片的なものの社会学』を読んでヒンヒン泣いて、完全に心を奪われた。 以降この本は折を見て知人友人に配り歩いている。 わたし自身、社会学に馴染みがあるわけではないから読んでいてよくわからない部分もいまだに多いのだけれど、それでも岸さんへの飽くなき興味から著...続きを読む書を片っ端から読み続けている(『所有とは何か-ヒト・社会・資本主義の根源』だけ難し過ぎて頓挫してしまった)。 『東京の生活史』刊行記念トークイベントでは直接お会いして少し会話させていただくことも叶い、話す内容も顔もフォルムも声も何もかもが素敵過ぎてズキューンってなったその思い出を今もずっと大切にしている。 そんな岸さんの最新作である『調査する人生』は、長年にわたって岸さんと親交のある社会学者の方々との対談を収めたものである。 打越正行さん『ヤンキーと地元』 齋藤直子さん『結婚差別の社会学』 丸山里美さん『女性ホームレスとして生きる』 石岡丈昇さん『ローカルボクサーと貧困世界』 上間陽子さん『裸足で逃げる』 朴沙羅さん『家(チペ)の歴史を書く』 岸さんのあれこれを通じて全員お名前は知っていたけれど、著書を読んだことがあるのは丸山さんと上間さん(『海をあげる』)だけ。 対談を読んだらみなさんの気合いというか覚悟というか、それぞれが背負い立つものへの強い想いをひしひしと感じて、尊敬の念を抱いた。 まずは以前から気になっていた上間さんの『裸足で逃げる』を読んだ。 感想は別で書いた。本当にすごい本だった。 『調査する人生』の帯には、「人生をかけて、相手の人生を聞く」と書いてある。 本当にその通りのことをしていると感じた。 社会学ガチ勢。 本当にかっこいい。 上間さん以外の方々の著書も、また、対談の中で何度か言及されていた『ハマータウンの野郎ども』も、いつか読んでみたいと思う。
フィールドワークを行っている社会学者との対談集。聞き取り調査をやってる社会学者への聞き取り調査。学者の机上の空論、とは彼らに対しては誰も言えないと思う。印象的なのは対話相手の学者がほぼ全員、社会の矛盾に強く腹を立てているのに自分自身には自信がなさそうなこと。これは岸さんご本人も同じ。謙虚というのとも...続きを読む違う。自己肯定感のない研究者が何人もいることにちょっとびっくりするな。
「人生をかけて、相手の人生を聞く」という帯のまま。1つ目の岸さんと打越さんの対談から自分の知らなかった現実の話でとても興味深かった。沖縄特有の地域観や差別問題、調査することと支援すること、それぞれ最前線の人たちの話が読める貴重な一冊。
『断片的なものの社会学』で「質的調査」に出会って以来、著者の新刊やTwitterを追いかけてきた。そのせいか、本書で対談した6人のフィールドワーカー全員の名前は勿論、人となりだとか引用されたエピソードの数々がいろいろと数珠つなぎに思い出され、まるで私自身が現在進行形で配信を見ているような‥不思議な感...続きを読む覚で一気に読み終えてしまった。それにしても‥親しかった仲間から“打越正行を追悼しない”会で見送られるとは‥なんと短くも豊かな人生だったか!
社会学、生活史、エスノグラフィー。人の生活、声、ヴォイスからしか見えてこない、わからないものが確かにある。 昔働いていた職場で、沖縄出身の人がいた。基本的には明るい青年だったが、ある時から確実に目が死んでいた。そうしてふっと会社を辞めていった。岸先生の話の一部を読んで「そういうことだったのかもしれ...続きを読むない」とも思う。 部落問題やヤンキーと地元、暴走族や日雇いの建築現場など、様々な生活を文字通り人生をかけて体当たり?で話を聴いてきた方達の話。リアリティがありすぎてすぐには消化出来ない感じがまた頁をめくらせる。 本を読むことは、自分以外の誰かの、もう一つの人生や生活を追体験することとある意味では同義であると考えている。 ルポ、ノンフィクションを読むことを通じてどういった体験をするのか? 想像力の外にあるリアリティというか、存在することは認知しているけれど、よくわからなかったり、怖くて避けて通ってきた部分もある。例えば学校のヤンキー達の集まりや、コギャル達の遊び相手がどこかの大学生だったりだとか。 何か流れでヤンキーの先輩の家に連れられて煙草を吸わせられたりシンナーを吸わせられたりして怖かったなぁ。 そこではもう何も言えない、ただただ時間が過ぎて解放されるのを待つだけだった。
最近年齢のせいかプライベートで色んな人と会うことが減って、1年ぶりの再会みたいなことが多くなってきたが、この本における「調査する」ってその時の友人との会話みたいだと思った。会ってなかった時間を確認しながら、時に脱線して、色んなことを話すあの感じ。「調査する」という言葉の中には、興味とか敬意とか尊重み...続きを読むたいなことが含まれていて、意外と身の回りの人に対する接し方には当てはまるのかもしれない。自分は社会学者でもないし、誰かの話を聞いて論文を書くわけではないけど、そういう姿勢で色んな人と接して、学べる大人ではありたい。
面白かった。社会学者の岸政彦さんと、同じような研究者の方たちとの対談。奥さんとの対談、面白すぎるが、ちゃんと学者として話しているのもそれはそれで面白い。大変だったね、で終わらないためには。社会学の本はいろいろ大学生時代に読んだが、インタビューなど生活史、人としての人生を学問にする、というのも不可能や...続きを読む、意味のないことではなく、そういうもの自体があることの意義を考えさせられた。
社会学における「生活史調査」とは、調査者がある属性における個人の人生を記述するという要領で、社会現象と人間行動の関係性を紐解きながら理解しようとするもの。本書が特徴的なのは、この手法に長けた研究者が、まるでその調査方法の被験者のごとく、語らせられる。調査の難しさとかインパクトあるエピソードとか、調査...続きを読むにおいて重要視している事とか。 ある人は沖縄のヤンキーの生態を理解する為に、くっついて回るだけではなく、自らその集団に入り込んで土建業でも働いてしまう。参与観察のスタイルだ。他にも、ボクサーの対戦相手を派遣するフィリピンのボクシングジムに入り込んだり、沖縄の風俗女性から話を聞いたり。 この本だけだと、武勇伝が語られがちで、「より困難な参与観察する人はスゲー」みたいな状態なので、偏ってインパクトのある標本の個別的事象を扱うだけになりそうな印象がある。実際の調査結果を別の本で読まなければ、より因果を紐解き一般化させて捉えていくには難しい印象。 例えば今なら「闇バイトは何故生まれるのか、参与観察した」みたいなテーマ設定し、暴力的な中核に迫っていくみたいな感じだろう。社会的な動機、発生を許容する制度の穴、ツールとしての環境、操作可能な弱者の存在など。社会に一定数存在する弱者は属性を変えやすく、磁力に吸い寄せやすい。だから利用しやすい、みたいな事が多分聞き取れれば分かるはずだ。 実際には、属性を偏らせていく私立受験などせず公立の学校に行けば、あらゆるバックボーンの人間がいるので、参与観察する私たちスゲーみたいな感覚にうすら寒さを感じるかも。受験のふるいによって同質性を高めていく事は没個性の選択圧でもあるため、勉強を自分のペースでやれるなら、学校は色々な人がいる環境でも良いと思う。社会的に同質化された人たちが、そこを卒業して多様性を謳っているような説得力のなさ。実は「この多様性には頭と育ちの悪い人は入らないんだよ」というグロテスクな感じ。参与観察のそうした「選ばれた・守られた自己」による「社会科見学・上から目線」が鼻につきはしないか。 だが、そういう分野があるんだなと学ぶ。動物行動学の人間版という感じか。目指せローレンツ。ヤンキーと対話可能なソロモンの指環を手にして。
社会学者の岸政彦さんと6人の研究者との対談をまとめた本。社会学者として調査対象とどのように関わってきたのか、その中でなにを感じていたのか書かれている。 以下気になったところメモ ・社会学の目的、単に問題解決を目指すのではなく、まず「理解したい」。社会学はリカバリーやサルベージのような、答えを出すも...続きを読むのではなくて、すでにあるものの価値を見つめ直す、拾い上げる学問。 ・中動態とは「自分が行為の主体でもあり、同時にその行為の影響を受けている」という状態。つまり、「する」と「される」が切り分けられないような行為。(部落問題や差別、福祉、貧困といった社会学的テーマでも、「自分のせいなのか」「社会のせいなのか」という二択で語れないことが多い。そこで、中動態的なまなざし=行為の複雑さを理解する視点が必要) ・なぜ外国籍の人を怖がるのか、部落問題に拒否感をもつのか、生理的嫌悪でもなく、リスクという言葉でも片付けられない、これが差別論。 ・責任の話。人の行為は偶発的に決まるところもあるのに、その人が自分で選んだからといって責任をかぶせることに問題があるのでは。 ・加害者を書くことが責任解除につながる(DV加害者の「自分語り」は、ときに「自分もつらかった」「こうするしかなかった」といった言い訳や正当化を含み、それをそのまま書いてしまうと、読者にとっては「加害を理解し、共感する」形になる可能性がある) 途中途中、言葉を調べながら読んだ。 社会学者は、多くの人の人生を集めながら、そこに語られる共通点を探してその奥にある理論を見つけていく。でもそれを見つけたからといって、すぐに何かが変わるわけでもない。不思議な仕事だなと思ったり。
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