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Posted by ブクログ
何か起きそうで起きない
無さそうでありそう、あったのでは?
と思えるような思えないような短編というより
「断片」
神様の視点で、ググッとある時代のある場所のある場面が描かれ、突然サッと終わる。
私達は人間で生きれて百年ちょいの人生の中で全人類の全エピソードに触れることなんてできなくて、繋ぎ合わさった断片の断片をチラッと見るくらいしか出来ない、と思わされた。
だからこそ一瞬を大切にしたいなと少しだけ思いました。
なんてそんな教訓めいても無いんですよ
本当に断片だから、普通に生きてたら教訓めかないし…暮らしていくだけだから、ほんと
感想文だと小綺麗にまとめたくなってしまうけど、コレは絶妙なバランスで「起こらない」
前に読んだ民俗学の学者さんがいろんなエピソードを詰め込んだ本にちょっと似てた。
これ読んでから「帰れない探偵」を読むと柴崎作品の「いつかのどこかには居る感」が自然に馴染めながら読めた気がする。
Posted by ブクログ
こんな心地よい平熱があるのかー
自分の人生において、覚えていようがいまいが1ミリも支障のない些細なシーンなのに、なぜか何年たっても頭から離れないことや、自分以外は誰も覚えていないけど自分だけがひっそりと覚えている友達とのやりとり、みたいなもの。そんな場面を詰め込んだような短編集です。
基本は平熱です。ずっと平熱。最後の一行でどんでん返しがある?ある?ある?、、、やっぱない、みたいな。あえてラストの数行を手で隠しながら読んだりしましたが、そこには常に平熱しかありませんでした。これはけして「つまらない」と言っているのではありません。こんなに心地良い平熱があるのかと不思議な読後感です。派手な盛り上がりはないですがぐいぐいと惹き込まれます。
どんでん返しもないうえに、なんなら各話のタイトルが内容をそのまんま語ってしまっています。ゆえにタイトルとしては長い文言になっていて、著者自ら先にネタバラシをしてしまっている構造も含め、ある意味とても挑戦的だと感じました。「ラーメン屋「未来軒」は、長い間そこにあって、その間に周囲の店がなくなったり、マンションが建ったりして、人が去り、人がやってきた」というタイトルの話は、本当にこのタイトルのまんま展開していくのです。それが分かったうえで面白く、満足な読後感があります。
岸政彦さんとの共著「大阪」を読んだときも思ったけど、柴崎さんは街を描くのが本当にうまい。時代や場所の指定はないし、細密な説明もないけど、みんなが思い浮かべる「こんな街」「あんな場所」をするりと自然に想起させます。肩の力が抜けた作風ではあるけれど、実は丁寧に表現してるのかなあ。
街の表現の豊かさと対照的に、人間関係はかなりあっさりと書かれています。あっさりと書かれていることで、呼んでいるこちらに行間の熱を想像させてくれます。街の表現と人の表現、両者の手触りの差がおもしろい。感触の違うものが一つのストーリーに混在していて独特のノリを感じます。柔らかい牛皮にカリッとした胡桃が混ぜ込まれた、くるみゆべし食べてるみたいな感覚だな、と思いました。
書かれているのは場所、人との関わり、時間の経過です。環境と人と時代は切っても切れません。無関係ではいられず、当たり前に作用しあってしまうものなんだと改めて気づかせてくれます。
世代や国をこえて、思いが受け継がれていく様が描かれます。一緒に過ごしたあの夏を、戦争をはさんで別々の国で思う。親がすごした家のことを、子供が思う。祖母の育てた大根を、移住した先の国で孫が栽培する、、、、短編だからこそ、限られたページの中で時間の経過が際立ちます。読み終わって本を閉じ、この本のタイトル「百年と一日」に立ち返ったときに、時間の流れについてボーっと考えてしまいました。各話は物語として、終わりがあるからもちろん終わるんだけども、現実がそうであるように、このストーリーもページの外へ続いていくし、描かれていない「これまで」があるんだろうと、、、
久しぶりに「フィクションの効能」というものを感じた気がします。物語が、記憶のどこかにしまわれていたあの街・あの人を読者に想起させて、ページをめくる手をとめてしばし追想・夢想させる。これこそフィクションがなせる技で、現実からしばし離れてイメージの世界へ意識を飛ばし、その間、人はリラックスできる時間を得られる。百年を一日に、一日を百年に感じさせるような、フィクションの力を感じられた読書タイムになりました。
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小説・文芸
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