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Posted by ブクログ
少し歴史を知っている人であれば、ミッドウェー海戦の際に日本海軍の暗号が解読されていたことは知っているだろう。もう少し詳しい人であれば、山本五十六長官機が撃墜された海軍甲事件でも暗号が解読されていたことを知っているかもしれない。さらに詳しい人であれば、機密文書が流出した海軍乙事件についても知っているかもしれない。海軍乙事件については吉村昭の記録文学が有名であるため、興味のある人は一読してみても良いだろう。
これらの事件から得られる印象は、「日本海軍は情報の取り扱いに問題があった」という漠然とした印象であった。しかし、本書の説くところによれば、事情はもう少し複雑である。
本書の内容を語る前に、用語の解説をしておこう。日本語では「情報」と一括りにされるが、英語では Information と Intelligence の2種類が存在する。Information とは文書情報、通信情報をはじめとした生の情報、Intelligence とは Information を多角的に集めて分析を行ったものである。本書では Information を天気図、 Intelligence を気象予報にたとえて説明しているが、言いえて妙である。Information は、読み解くスキルがなければ価値がないのだ。
日本軍の話に戻ろう。日本海軍、日本陸軍ともに、現場では人数の少なさのわりに情報機関は多くの成果を上げていた。陸軍では有名な中野学校があったのみならず杉田一次や堀栄三といった有能な情報士官を擁していたし、海軍は米英の暗号解読をかなりの精度で実施できていた。しかし、組織全体としては情報をうまく利用できていなかった。
日本軍における情報利用が進まなかった理由は多岐にわたるが、そのうち3つをピックアップしたい。1つは、情報部の地位の低さである。堀栄三が著書『大本営参謀の情報戦記 情報なき国家の悲劇』で述べている通り、日本軍においては作戦部がエリートコースであり、情報部は生情報を右から左に流すだけの簡単な仕事とみられていた。事実、堀も作戦部を志望していたものの、陸大の成績が作戦部配属に足らなかったため情報部配属となっている。
ところが問題はそう単純ではない。日本軍は組織として Information と Intelligence を区別しておらず、そのため情報部の地位が低かった、というだけが問題ではない。2つ目の問題は、「優秀な」作戦部が目先の戦術目標達成のために Information をうまく利用できていたことである。
日本軍の南方進出において、陸軍はマレー半島のことをよく調査してから作戦に臨んでいる。調査は主に作戦部が主導し、結果は知られている通り大成功に終わった。戦術的な情報利用では、目的が明確でタイムスパンも短いため、優秀な人材を集めた作戦部が Information を扱っても問題がなかった。
しかし、中長期的な情報利用となると話が異なる。これが3つ目の問題で、そもそも日本軍においては中長期的なビジョンを合理的思考に基づいて作ろうとする動きが存在していなかった。このことが情報機関を利用するインセンティブを欠き、情報機関の発言力が弱まり……という悪循環を招いた。
その他にもセクショナリズムによる情報共有の不作為など、問題点は枚挙にいとまが無い。そして、数々の問題点を眺めて思うことは、現代の日本も形を変えて似たような問題を抱えているということだ。
堀は日本を「情報なき国家」と評したが、本当のところは「ビジョンなき国家」なのではないか。そう思わざるをえなかった。
Posted by ブクログ
インフォメーションという断片的な情報を集めてそれをインテリジェンスという、最終判断にする。
それが情報機関の役割なのだが、戦前の陸軍や海軍ではこの一連の流れが上手くいっていなかった。
情報収集や防諜面では海軍よりも陸軍が徹底していたが、その陸軍にしても作戦部門を重視しすぎてせっかく集めた情報が無駄になった上に、海軍に関しては初歩的な防諜や情報収集でしくじったりとろくなことをやっていない。
この一連を纏めると、情報機関というのは銀行で例えると審査部門であり、作戦を担う部署が営業部門とする。
審査部門は営業から上がってきた融資案件や独自に調査した融資先の情報を調べ
「あの会社は粉飾している」「多くの負債を抱えている」「そもそも主力商品が全然売れていない」「無茶苦茶な設備投資をしている」と判断して「あの会社に融資してもダメです」「あの融資先、貸し倒れますから引き上げますよ」と判断しても、営業部門が「俺達が必死に集めてきた融資をパーにする気か」と反対する。
その図式が戦前の日本軍のインテリジェンスであったのだが、それが正直な話、今も変わっているとは言いがたい。
まずはそこを変えていかなくてはならないと思う。
Posted by ブクログ
本書は多くの参考文献や一次資料を参照して書かれており、為になる本だった
インテリジェンスを学ぶ教材として日本軍はのそれは適している。我々日本人にとって身近に感じられるし、敗戦によって全容が明らかになっているからだ。ところが日本は情報戦いに負けたというイメージから日本軍のインテリジェンスが劣ったものであっかのようにおもわれている。たしかに米英ののうに莫大な予算と機材を投じることはできなかった、いや職員たちは安い予算で活動に従事していたといえる。しかしなかなかどうして日本軍のインテリジェンス組織は健闘し数々の成果を挙げていたのだ。
しかしながら陸海軍全体からみればインテリジェンス部門は軽視されており(それを保管できるような日本政府の情報機関も存在しない)道を誤るべくして誤ったことことが後半に示されている
・戦前には米の暗号をほぼ解読していた。戦争中にも米英の暗号をかなり解読できていたが米英も対策した
・中国は防諜意識が特に低かった。中国軍の暗号は完全に解読できており、日本軍は常に機先を制することができた。重慶政府に渡った連合国の情報は日本に筒抜けだった36p
・ソ連国境警備隊の暗号を破るために、彼らの官僚主義的なところを利用し、わざと報告電文を打たせるようしむけた。それを傍受をしては比較することをくりかえしてついにこれをね破ったp38
・対ソ連情報活動はその閉鎖性と防諜意識のたかさに困難をきわめたp50
・相手が流す欺瞞情報も偽とわかってさえいれば、流す意図を読むという点でそれなりに有効であるp50
・クーリエを利用した活動で作成したソ連鉄道の運用情報は、ポーランドとの情報交換材料としてもとても役に立ったp55
・大戦前夜の陸軍はソ連や中国、南方の欧米植民地(現東南アジア)の諜報で成果を挙げたが、対米諜報は海軍や外務省の仕事と見ておりほとんど関わらなかったp66
・日諜報はソ連側のスパイを二重スパイに仕立てようとしたが、NKDVの調査尋問が念入りであるため、対策を教育しておかないとまず成功しなかった。p71
・226事件の戒厳令で、戦艦長門についての機密情報漏洩が明らかになった。海軍は独自の防諜組織をもっていなかったため憲兵に依頼し四年後に解決したp73
・海軍は米のストリップ暗号を終戦まで解読できず、陸軍が解読に成功していたことも知らなかったp84
・第三章では海軍の諜報活動と防諜が取り上げられている。通説通りお粗末なものだったようだ。
・陸海軍とも情報分析のポストは軽視されており、一時的なポストとして将校にあてがわれていた。それゆえ情報分析の専門家はそだちにくかったp116
・中原会戦は情報戦の顕著な勝利であった。日本軍は特情(傍受)で中国軍の手の内 を把握していたにとどまらず、偽情報でを流して中国軍を混乱させた。
Posted by ブクログ
日本軍は、太平洋戦争で情報戦において、英米に大きく負けていた、とする定説とは、ちょっとことなる事実を提示してくれる一冊です。
確かに、日本軍という組織としてみれば諜報を軽んじていたようですが、情報を扱う部署では、職人技ともいえる暗号解読や情報収集を行っていたようで、陸軍などはアメリカの暗号もおよそ解読していたのではないか、とのことです。
ただ、軍部エリートの集う作戦立案の部署からは軽んじられ、実際的にはあまり役に立てられなかったそうで、ここにも日本に今昔問わず見受けられるセクショナリズムの弊害が健在だなあ、と感じました。
それにしても、驚くべきは、日本軍が育てた情報戦エリート達は、1941年の開戦前の段階で、日本が4年ほど戦って国力が尽きて、ソ連が攻めてきてジ・エンド、というシナリオを正確に読んでいた、という点です。そこまでわかっていたなら・・・
Posted by ブクログ
新たな視点を得られた良書。
日本軍の情報戦略的な失敗は常識化しているが、それはインテリジェンスとしての情報を全く持っていなかったという事では決して無かったのだ。感心の低さからくる人員等の配分こそ他国に明確に劣っていたが、インテリジェンスを獲得する能力自体は、特に陸軍においては決して引けを取らなかったようだ。
結局、組織的な構造、関心の低さ、戦略の欠如等がインテリジェンスを無駄にしてしまうという事になった。作戦部の優越性などからも、いかに情報部が軽視され、無意味な組織構造をもたらしてしまったかが窺い知れる。
現状の日本においても、ここから学ぶべき事が多いように感じる。むしろ、その体質は基本的に変わっていない。
Posted by ブクログ
加藤陽子著『それでも、日本人は戦争を選んだ』で紹介されていた書籍。
政策サイドから情報の要求を出し、情報サイドに情報を収集、分析させる情報運用"インテリジェンス・サイクル"。
陸海軍情報部はアメリカやイギリスに謙遜ない情報収集・分析活動を行っていながらも、政策サイドがその情報を合理的且つ適切に運用することができず、インテリジェンス・サイクルの停滞を招いた。
その結果がガダルカナルやインパール作戦、ミッドウェーやレイテ沖海戦への失敗へと繋がっていく。
情報部の地位の低さや組織のセクショナリズム、防諜の不徹底など、インテリジェンス・サイクルにおける構造上の問題を今も解決できないでいる日本に危うさを覚える。
過去の戦争をインテリジェンスの観点から見たことがなかったため、興味深い内容だった。
Posted by ブクログ
「日本はインテリジェンスが弱い」中国とせめぎ合うことが増えた昨今、それこそ情報を吟味することなく語られるこの言葉。ではインテリジェンスとは何か、吟味するとは何か、弱いとはどういうことか、を旧日本軍を題材に解明していく本書。読み応えがある。
旧日本軍のインテリジェンス能力は決して低かった訳ではない。暗号解読力があり、情報機関も中国大陸では機能していて、対ソ情報戦には長年の蓄積があった。太平洋戦争緒戦の快勝も、マレー半島やハワイに対する情報収集があればこそ。ゾルゲ事件だって、国内の防諜機能が働いていた証左とみることもできるだろう。
それでは何が不味かったのか。筆者の指摘で目を引くのは、インテリジェンスの国家戦略レベルの統合のなさと、作戦立案における情報の恣意的な活用、そして海軍において致命的だった防諜意識の低さだろうか。
「逆に言えばこのような情勢判断の曲解(台湾沖航空戦で敵空母を壊走させたと判断したこと)は、米海軍との決戦である捷一号作戦発動の必要性から生じたと言うことができる。極端に言えば、何隻か撃沈されてないと作戦が発動できない、という心理が働いたのではないか。」
エリートが集う作戦部は情報部を軽視し、情報部に作戦情報を与えず、自ら情報を判断して作戦を立案していた。情報の恣意的な活用は現在の企業社会でも良く目にする光景だけに、それが戦争の行方を決めたかと思うとうすら寒くなってくる。
また情報の国家戦略的な活用というテーマも現代の我々に重くのしかかってくる。満州事変は現場の洞察が正しく、上手く行ったから良かった。しかしその後、日中戦争、三国同盟、対米交渉、太平洋戦争と続く歴史の中で、日本政府は常に受け身の対応を迫られている。情報は軍部にはあったが、情報が国家的なインテリジェンスとして主体的な戦略立案に活かされることはなかった。現在でも新聞辞令にきりきり舞いさせられる政府の姿を見るに、昭和10年代の歴史を苦い記憶として刻まないといけないのだと思う。
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