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神を否定する本、ではない
タイトルから勘違いしがちですが、神の実在を否定することがこの本の目的だというわけではありません。「神がいるのかいないのか」を問う内容ではなく、むしろ「神」なるものをめぐる人間の営みに目を向けています。
現代日本ではともすれば「うさんくさい」「古い」などといった偏見の目で見られがちな宗教というものを、人間くさく、いじらしく、またいかなる宗教の枠組みも超えて誰にでもある営みとしてとらえ直すことができます。
形式については、著者のなだいなださんの得意技ですが、対話形式をとっているので、話に沿って自分も考えながら読み進めていくことができます。同一著者による「権威と権力」「民族という名の宗教」も併読すると、人間という存在について更に考えが深まるでしょう。
Posted by ブクログ
おそらく、彼の遺したあらゆる著書の中で、これが、一番やっかいで、また彼の人生と言ってもいいかもしれない。
宗教の歴史的経緯とか位置づけとかはそんなもの学者に任せておけばいい。そんなことよりも、宗教はなぜ必要とされてきたのか。宗教を望むひとの精神、これは一体なんだ。神がいるいないとかの不毛なことを考えているのではない。神を望むのも、神を維持するのも、ひとえに同じ人間の心性だ。これ以上でもこれ以下でもない。ならば、ひとの精神に向かって生きてきた自分がこの心性を考えなければ誰が考える。
このことを考えるのはかなり骨を折ったに違いない。正常・異常など、ただのことばにすぎない。ということは、自分が正常だとも異常だとも言えてしまう。自分の生がオセロのように簡単にひっくり返されてしまう。そんな可能性をはらみながら、宗教を考えていくと、どうもその始祖たちも同じところに行き着いたように思える。始祖たちの成し遂げた革命は、対立を超えた統一、ヘーゲルなら弁証法と呼んだそれだった。
そこから2000年あまりが経った。始祖たちの思惑を外れ、世界は再び対立の中に後退していった。ひとの精神がこれを起こしてしまったのなら、再び統一に向かうのもひとの精神だ。精神医療は、そこに向かっていってほしい。人生の終わりにあたって彼が託した希望と言っていいだろうか。
ひとは何かを信ぜずにはいられない。信仰のない、というのを考えることはどうも無理なようにできている。そんなことに気付くとき、何を信じるかで争うのはなんと不毛なことか。始祖たちの出発点が見えてくる。原理ではなく、この原点へ。それはすべてのひとに開かれている。慣習を捨てた先に待っていたのは、なんとずっと変わることのないこの慣習だった。
Posted by ブクログ
結局のところ、人間は、宗教をはじめとして、信じる対象がほしいだけなのかもしれませんね。
そして、教団をはじめとする組織は、大きくなることが目的になるような気がします。
「キリストはキリスト教を知らない」という視点は、考えてみれば当たり前なんですが、この本で初めて気づかされました。
また、3大宗教の教祖の弟子は、弟子から抜け出せなかったこと、さらには、宗教の経典化による、本来の宗教の意味(教祖の意図)の曲解など、宗教について「なるほど」と思えることがてんこ盛りでした。
一神教における神や悪魔の設定も、すごく納得できました。
平易な文章でありながら、深みのある考察を堪能できるいい本だと思います。
Posted by ブクログ
かつての精神科の同僚だったカトリック信者と無神論者が、齢70を過ぎて、宗教とは何か、神とは何かを語り合う。
精神科医同士の会話という設定だけあって、切り口がかなり精神医療的。キリストやブッダ、マホメットなど、世界宗教の始祖と呼ばれる人々は優れた精神療法医だった、という大胆な(なださんの他にも、こういう説を展開している人がいるのかどうかは知らないが・・・)仮説から展開される二人の会話は、読んでいると「なるほど」と思えて、確かに理屈に適っているように思った。
読んでいていちいち納得することが多く、今ではきちんと確立されていることや、すっかり凝り固まった認識も、最初は手探りから始まって、だんだんと現在のような形になっていったんだな、と考え直すきっかけにもなる良書。
しかし、ある程度宗教に対する知識というか視野がないと、話の筋をつかみにくいところがある。とてもわかりやすい本なのだが、宗教を理解している人ほど面白く読める本だと思う。
私が特になるほどと思ったのは、「大事なのは宗教の教えに沿って考えることではなく、宗教の始祖ならどうするかというつもりで考えること」というくだり。
今現在に残っている「教え」は、始祖たちが実際に書き残したものではない。弟子たちや後世の人々が編集したものである。よって、始祖たちが実際に言ったこと、行ったことは矛盾が生じるのは当たり前である。
宗教の始祖たちが一般の民衆に伝えようとしたのは、それら残された言葉などではなく、その言葉が伝えようとした「意味」なのだから、それらの言葉に囚われすぎている今の宗教が、窮屈で貧相なものになってしまうのも当然といえば当然だという気になってくる。
大事なのは、何か「絶対」だと思うものを勝手に作り上げて、それにすがり切ってきまわないこと。自分の頭できちんと考え、自分の行動に責任を持つこと。
でも、これが難しい。だからこそ、宗教もこれほど広まったし、必要とされたんだろうな。
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