「ヨーロッパ中心史観とは、端的に言うと、次のような考え方である。 ヨーロッパが歴史を作る。世界のその他の地域は、ヨーロッパがそこと接触するまで歴史はない。ヨーロッパが中心である。世界のその他の地域はその周辺である。ヨーロッパは他とは峻別される特別な存在であり、ヨーロッパだけが唯一歴史を作り動かすことが可能なのだ。( Robert B. Marks, The Origins of the Modern World, second ed. Rowman & Littlefield publishers, 2007, p. 8)」
「 「欧米と比べて日本は ○年遅れている」「欧米を見習い、欧米に追いつかねばならない」「日本が鎖国をしている間に欧米が先に進んでしまった」といった類の論説は、今日でも後を絶たない。ハプスブルク家や印象派絵画の展覧会を開けば、必ず人が押し寄せる。デパートでは、しょっちゅう「フランス・フェスティバル」「イタリア・フェア」などが開催される。 British Museumに「大英博物館」という訳語をあてたままで疑問を持たない。江戸時代の長崎は、実際はほとんど中国貿易の港であったにもかかわらず、「ヨーロッパ文明の窓口」と繰り返し強調される。九州各地で、オランダ船やポルトガル船がかつて来航した場所の自治体は、それを記念し、これらの国の都市と姉妹都市協定を結ぼうとする、などなど。私たちの周りは、いまなおヨーロッパ中心史観が生み出す言説と行動に満ちている。」