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日本は世界の他の国々とくらべて特殊な国であるとはおもわないが、多少、言葉を多くして説明の要る国だとおもっている――長年の間、日本の歴史からテーマを掘り起こし、香り高く稔り豊かな作品群を書き続けてきた著者が、この国の成り立ちについて研ぎ澄まされた知性と深く緻密な考察をもとに、明快な論理で解きあかす白眉の日本人論。
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Posted by ブクログ
統帥権の発想は今も生きているかもしれない コロナ対策は自由と人権を圧迫した。当時、専門家として対策を担った尾身茂氏は、菅首相と並んで記者会見し、首相と並ぶ権力者の風であった。新型インフルエンザ等対策推進会議の議長、あるいはその下部組織の分科会会長に過ぎない立場にもかかわらず、だ。本来の姿でない権力...続きを読む体制が容易にまかり通ってしまった時期だった。歪んだ権力に勢いを得て増長した専門家は、控えめに言っても多かったと思う。司馬遼太郎は本書で、旧日本軍が振りかざした「統帥権」を考察している。軍参謀本部が本にした『統帥参考』に、次のような興味深い記述を見つけている。冒頭の「統帥権」という章に、以下のように書かれている。……之ヲ以テ、統帥権ノ本質ハ力ニシテ、其作用ハ超法的ナリ。(原文は句読点および濁点なし。以下、同じ) 超法的とは、憲法以下のあらゆる法律とは無縁だ、ということなのである。(本書より)国のエリートが自らの存在を超法規的だと思う考えることほど危険なことはない。実際、参謀本部は戦争で日本という国を滅ぼしかけた。著者は、本書をあれこれ寄り道して書きながら、この危険な意識の由来が気になって仕方がないようで、ついに思い至ったのは、明治政府による近代化で廃れた惣の若衆文化だった。ふとおもうことだが、昭和前期、内閣というオトナ制に対して参謀本部が統帥権というミコシをかついで若衆化して一大暴走を開始したのも、右の潜在文化と無縁ではないかもしれない。(中略)戦後は官公庁や会社というオトナ体制と労働組合の関係をそういう目で見ると、潜在文化がなお生きているという観察がなりたつように思えてならない。(本書より) こう記した著者が生きていたなら、労組などよりもまず今日の医療業界に昔日の統帥権を見たのではないだろうか。 本書の読後、そう思った。
いくら大河ドラマを見ても、歴史小説を読んでも、尊皇攘夷思想が理解できず明治維新が分からない。 そんな自分にとって、学生時代に日本史ではなく世界史を選ぶのは自然な選択だったけれど、もし学生時代にこの本に出会っていたならば…、日本史を選択する可能性もあったかもしれない。現役の学生さんにおすすめしたい。 ...続きを読む「この国のかたち」とはずいぶんと大きなタイトルだけれども、その名に違わず、教科書のような忖度なくして、この国のかたち(他に言い表わすことばがない)が書かれたスゴイ本。
・日本の偉人の評価 ・日本人及びその国の特性と成立ち を司馬遼太郎の極めて主観的でありながら、 納得感があり、まるで会って話して来たかのような 語り草がたまらなく面白い。
司馬遼太郎氏生誕100年でもあり、約20年振りに読み返してみました。 《この国のかたち》とても素敵な言葉です。いろいろな歴史的背景を踏まえ、政治、経済、社会、文化、生活等々今を生きる私たちに様々なテーマを投げかけ、考えさせられるとてもおもしろい本です。特に、亜細亜への考え方、太平洋戦争に至るプロセス...続きを読む、神や宗教感に対する考えは…。人も20年経つとものの見方がちょっとは深まるのでしょうかね‥‥
十数年ぶりの再読にも関わらず、いくつかの章は印象に残っている。江戸時代の各藩の多様性が明治維新を産んだというあたりは再読して良かった。 土佐の藩風の倜儻不羈(てきとうふき)は博覧強記の司馬先生ならではの言葉ではないかなぁ
司馬遼太郎が好きなので、今回は短編集を。 中世から第二次大戦にかかる日本史を、順不同でつらつらとかきつつも、その主張は明晰で分かりやすい。 息子にも読んで欲しい本。
この国のかたち。第1巻。司馬遼太郎さん。 司馬遼太郎さん(1923-1996)が、晩年に文芸春秋に連載していたエッセイ。 歴史の逸話、地理、文化や宗教などの雑学が雑然と山積みされたオシャレな市場を、「へええ」と周遊する。そんな愉しみに頁をめくっていると、日本、この国の輪郭というか個性を見上げなが...続きを読むら散歩している気分になってくる。銅像に例えれば、横から見たり後ろから見たり。そして、この国のかたちを感じるためには、当然のように、他の国のかたちも感じなければ判りません。中国、インド、朝鮮、オランダ、などなど…日本と縁があった様々な国についての造詣を元に、「この国」のかたちが浮き出てくるわくわく感。 もちろん、それは、「だからこの国はよその国に比べて素晴らしい」という話でも無ければ、「よその国に比べて劣っている」という話でもなく。(ここンところがレアな貴重さであるところが昨今の悲しさか) 司馬遼太郎さんのエッセイは、どんなものでも読み易くアベレージが高いのですが、まとまっている感や、連続エッセイとして愉しめるお得さで言うと、司馬エッセイの中でも文句なく白眉。一家に一冊、永久保存版。 # ●現在に至るまで、日本人のある一面のイメージを作っている、「儒教」「朱子学」について。その中国や朝鮮との比較。 ●明治維新の基礎思想「尊王攘夷」自体が輸入思想である、というお話。 ●明治日本、つまり帝国主義の加害者側に立って行く舞台裏の必死さ、オモシロサ。 ●権威だけを持つ貴族の時代(平安)から、実際の農業を土地に密着して行う武士の時代へ。このリアリズムへの大転換が革命的に日本史を面白くした、という視点。鎌倉時代のオモシロサ。 ●昭和10年~20年の、軍部主導の国家運営についての、分析というより、感慨というか怨嗟。これはもう、好む好まざるに関わらず、司馬さんの印鑑というか筆跡というか体臭みたいなもので、何冊かエッセイを読むと落語家の十八番のように耳タコになります。 ●信長について、秀吉について、浄瑠璃について、仏教、孫文。経済、物流、文学から地理地形まで。「ブラタモリ」的な快楽も余裕で内包してしまう懐の深さ。 # 以下、本文より いくつかは、司馬さん死して20年余、2017年の「この国」にぐっと刺さる警句になっている、と感じるところもあります。 「そんなことはない」と言いたいところですが… # 人間と言うのは、よほどな人でない限り、自分の村や生国(こんにちでいえば母校やひいき球団もこれに入る)に、自己愛の拡大されたものとしての愛をもっている。社会が広域化するにつれて、この土俗的な感情は、軽度の場合はユーモアになる。しかし重度の場合は血なまぐさくて、みぐるしい。 単なるナショナリズムは愛国という高度の倫理とは別のものである。 ナショナリズムは、本来、しずかに眠らせておくべきまのである。わざわざこれに火をつけてまわるというのは、よほど高度の(あるいは高度に悪質な)政治意図から出る操作というべきで、歴史は、何度もこの手でゆさぶられると、一国一民族は壊滅してしまうという多くの例を残している(昭和初年から太平洋戦争の敗北までを考えればいい)。 “正義”を一点設けて、それを論理づけ、ひとびとに実行を強いる体系―もっと粗々に言いきれば、イデオロギーーというべきである。 イデオロギーの常として、善玉と悪玉が設けられた。マルキシズムもふくめて、イデオロギーが善玉・悪玉をよりわけたり、論断したりするときには、幼児のようにあどけなく、残忍になる。 革命政権というのは革命思想を守るものなのである。あとからきた思想は、当然危険思想あつかいにされてしまう。 過去は動かしようのないものである。ただ、これに、深浅いずれにしても苦みを感ずる感覚が大切なのではないか。 組織というのは、たとえ目的がなくても細胞のように自己増殖をのみ考えるものだ。 日本が朝鮮に対して売ったのは、タオル(それも英国綿)とか、日本酒とか、その他の日用雑貨品がおもなものであった。タオルやマッチを売るがために他国を侵略する帝国主義がどこにあるだろうか。 本来の仏教というのはじつにすっきりしている。人が死ねば空に帰する。教祖である釈迦には墓がなく、おしなべて墓という思想すらなく、墓そのものが非仏教なのである。 日本はたとえばブータンやポーランドやアイルランドなどとくらべて特殊な国であるとはおもわないが、ただキリスト教やイスラム教、あるいは儒教の国々よりは、多少、言葉を多くして説明の要る国だとおもっている。 # 何年前だか、一度読んだものですが、電子書籍化を機に再読。こういう短い章立ての素敵なエッセイが、スマホでいつでも読めるのはありがたいことです。
学校で、歴史を学ぶ際にこういう話も入れてくれたら!と思う…教科書の歴史って流れが急で、覚えるだけになってしまう。特に大学で歴史を学ぼうとしなければ、余計にぶつぶつと切れた知識みたいになってしまって。 この年で、こういう本を読む。惜しいことをしたと思いつつ、今だから、ということもあるのだろう。
初めて昭和時代に書かれた本を読んだ。 あまり作家に詳しくない自分でも、司馬遼太郎という名前を聞いたことがあったため、有名な人なのだろう、教養として読んでおこうと思った。 内容は日本史に関して、司馬遼太郎の独自の視点で考察が描かれていた。文章も古くて読みにくいということはなかった。予備知識の問題で内...続きを読む容が理解できない箇所は所々あったが、全体的に面白く読むことができた。 特に、戦争に関する描写がリアルで、実際に満州での戦争を経験した人が見聞きしたことが書かれており、戦争の悲惨さが理解できた。 司馬遼太郎自身も、日露戦争から太平洋戦争の期間は、日本史の中でも美しくない、醜い期間だと言っており、戦時中の日本の政府がいかに機能していなかったかが描かれていた。
1990年に上梓されたエッセイ本。しかし、充分に読み応えがあります。どの章も重みがあり今を生きる私たちの標になります。 歴史的知識だけではその時代を理解できません。誰がいつどこでどうしたのか。何故そうなったのか…史実の背景を読み解く必要がありますが、これを読み教科書的のみで浅かった知識が広がり深まり...続きを読むました。 歴史小説を何冊も書いてきた司馬さんですが、それも明治時代まで。 あの昭和初期から敗戦に至るまでの日本史に猛烈に怒っています。 …ながい日本史の中でも特に非連続の時代、ーあんな時代は日本ではないーと理不尽なことを灰皿でも叩きつけるようにして叫びたい衝動が私にはある。…日本史のいかなる時代とも違う、“異胎の時代”とも表現しています。 日本陸軍、参謀本部の暴走の正体を説いています。 自分たちの名田を守るために武装して起こった武士の時代。鎌倉時代の坂東武者に代表されるような一所(名田)に命を懸ける潔さ、名誉を尊ぶ気質など日本史を貫くもの。日本人の底流にあるものに目を向けています。
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