佐藤次郎の作品一覧
「佐藤次郎」の「オリンピックの輝き ここにしかない物語」「義足ランナー 義肢装具士の奇跡の挑戦」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「佐藤次郎」の「オリンピックの輝き ここにしかない物語」「義足ランナー 義肢装具士の奇跡の挑戦」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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小説・文芸
Posted by ブクログ
義足というものがどのようなものかを垣間見れた。
義足で歩けるようになるまでの最初の痛み。
足を失ってしまった喪失感・精神的な落ち込みや混乱の中、
切断部から血を流しながら、痛みの中、歩行訓練をする。
膝折れによる転倒の恐怖とも戦わなくてはならない。
「走る」だなんて、思いつきもしないだろう。
彼らに寄り添う臼井氏の人柄と努力には、尊敬以上の感情を覚える。
「できれば風みたいに、いるかいないかわからないような存在」でありたいと、臼井氏は言う。
偉そぶらずに、静かにあたたかく真剣にサポートする。
人生をかけて、彼らを支える。
こんなこと、なかなかできない。
走ることなんて想像できなかった人たちが、仲間の姿に胸を打たれて、走りだす。
彼らは、口をそろえて言うそうだ。
「走り始めると、全てが変わってゆく」と。
足を失った喪失感が深い分、再び走れるという喜びは、言葉にならないほどだったろう。
そして、走ることを高めれば高めるほどに、義足に対する羞恥心やわだかまりが消えてゆく。
走る速度が上がり、自分の力で風を生んだ音を聞いたときの、彼らの快感や喜びが、伝わってくるような気がした。
板バネ義足の反発力を制御する難しさも、垣間見ることができた。
板バネ義足は、しっかりと体重を乗せて制御する必要がある。
走るための基礎的な体力ができあがっていないと、板バネは使いこなせない。
体に負担が大きいのだ。
なんだか、厚底の靴に少し似ているな、と思った。
【memo】
「脚で走ろうとしちゃいけない。腰で走るんだ。腰を前に突き出すようにすればいい」
→靴も同じ。
「多少のけがは気にしない」
→その勇気が、前に進む鍵なのかもしれない。
風の快感
走って風邪を体感する。音を聞く。
臼井氏の人柄・努力
「できれば風みたいに、いるかいないのか分からないような存在に」
Posted by ブクログ
1964年の東京五輪、15日間を、様々な人物にフォーカスしながら描いていく一冊。金メダリストもいれば、選手村で理容師として働いた女性、陸上競技のスターターなど、裏側の面からも描いているのが面白い。基本的に「存命の方に話を伺う」というスタンスがあるからかもしれないけれど、必ずしも、当時注目されていた競技だけではないところも、そこにこそあの東京五輪の雰囲気がかもし出されているんじゃないかと思うのでした。バレーボールも、東洋の魔女と言われた女子チームではなく、男子を追いかけたり、マラソンも銅メダルをとった円谷ではなく(彼が亡くなっていることもあるけれど)寺澤徹選手に話を聞いていたり。
それにしても、あの時代の、あのオリンピックは、本当に特別だったんだ。日本の行事だったんだ、ということがしみじみと伝わってきます。メダルを期待された選手も、それぞれの役割を持った人も、競技や出番が終わった時に何よりもほっとしたと語っていることが印象的。金メダルを獲得した選手すら、嬉しいよりも安堵が先に立つ。期待された重圧というのはあるのだろうけれど、それがもう今以上のモノだったんだろうなと。
7年後のオリンピック、確かに楽しみなのだけれども、あの時ほどの“特別”にはならないだろうという確信と、残念さと、それを日本が成熟した証として、オリンピックをいいものにしたいと、自分を含めて期待を込めてみるのでした。