ヴィアンの作品一覧
「ヴィアン」の「うたかたの日々」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
- 作者をフォローする
- フォローすると、この作者の新刊が配信された際に、お知らせします。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
「ヴィアン」の「うたかたの日々」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
Posted by ブクログ
ミシェルゴンドリー監督のムードインディゴうたかたの日々が大好きで、いつか読みたいと思っていました。
10年程かかってしまいましたが、一人旅のお供にということで今回重い腰を上げて読んでみました。
曽根訳で挫折してしまったのですが、野崎訳は読みやすかったです。
映画と似ているところもそうでないところも含めて、ミシェルゴンドリーの世界が脳内に広がって至福の時でした。
映画と比べるとこちらの原作の方がよりシニカルというか残酷に思えました。
コランがずっとうっすらアリーズが好きで、アリーズもコランのことを好き(最終的にはシックでしたが)で、クロエもなんとなくそれを察していて……というのが映画よりストレートでした。
結婚式のところとか、多分コランとアリーズがくっついていたらみんな幸せだったのかなと。
現代的な読み方をすれば、シックとアリーズは推し活で身を滅ぼしてしまった人だなと。
すごく悲惨で悲しい物語ですが、やっぱり幻想的でカラフルな始まりと、荒廃的でモノクロな終わりが本当に美しくて好きです。
Posted by ブクログ
SF、コメディ、恋愛、悲劇、全ての要素が合わさった新感覚の小説でした。SF要素が強くぶっ飛んだ世界観です。前半は恋愛コメディで、中盤から後半にかけては雰囲気が大きく変わって悲劇的で重たい雰囲気に。その作品内での大きな振れ幅も魅力的で、特に終盤はどうなっていくんだろうという展開で引き込まれていきました。始めのうちはあまりにも突拍子もない非現実的な出来事の連続で戸惑ったものの、慣れてくると他の小説では味わえない何とも言えない心地良さに変わっていきます。
言葉遊びも非常にユーモアです。例えばカクテルピアノという言葉はバーなどで会話の邪魔にならないピアノ音楽のことですが、この作品では音によって混ざるお酒の種類が変わって実際にお酒が作れるカクテルピアノとして登場します。そういった不思議な世界観の中でも人生の浮き沈みが人間ドラマとしてしっかりも表現されていて、単なる色物作品として終わっていないところがさすが名作ですね。
好き嫌いはハッキリしそうですが、私は非常に好きな作品でした。翻訳によっても雰囲気が大きく変わりそうな作品なので違う出版社でも再読してみようと思いました。
Posted by ブクログ
2011年刊の新訳。原著は1947年刊。
第二次世界大戦終結後、実存主義が抬頭し、アメリカナイズされるパリ、青年たちの熱気の充満するパリ、この作品はそうした状況のなかで生まれた。だから、現代の文脈ではなく、当時のアクチュアルな文脈で読んでみたい。野崎歓訳は、当時はだれでも知っていた(でもいまは知らない)固有名詞に訳注を添えてくれていて、助けになる。
シュールさ&ことば遊びは、レイモン・クノーに近い。ジャン゠ソール・パルトルを登場させるところも洒落がきいている。ハツカネズミもいい役回りをしている。肺の中の睡蓮の蕾も、肺結核のメタファーとして絶妙。
原題はL'Écume des Jours。ずっと『日々の泡』(曾根元吉訳&伊東守男訳)に慣れ親しんできたが、やはり『うたかたの日々』が適訳。
Posted by ブクログ
ずっと夢日記を読んでいる感覚だった。
「コランは道を走っていた。 「きっとすばらしい結婚式になるぞ……。明日、明日の朝だ。友だちはみんなきてくれる……」 クロエに通じる道だった。 「クロエ、あなたの唇はやわらかい。あなたの顔は果物のようにつやつやだ。あなたの目はしっかりとものを見ている。そしてあなたの体はぼくを熱くしてくれる……」 ビー玉が道を転がり、子どもたちがそのあとを追いかけてきた。 「あなたに十分キスしたという気持ちになるまでには、何カ月も、何カ月もかかるだろう。あなたに、あなたの手に、あなたの髪に、あなたの目に、あなたの首にキスしたいというぼくの想いが尽きるまでには、何カ月も、何年もかかるだろう……」 小さな女の子が三人いた。まん丸の輪舞曲を歌いながら三角を作って踊っていた。」
こんなふうに人を想えたら素敵だなーと思う
「明日は一緒に森に行こう、またあのベンチを訪れるんだ、彼女の手はぼくの手の中に、彼女の髪はぼくの髪のそばにあって、枕には彼女の匂いがして。ぼくはいつでも彼女の枕を取り上げる、夜は決まって枕の取り合いになるんだ、ぼくの枕は詰め物をしすぎだと彼女はいう、頭を載せてもまん丸なままだって。そこでぼくは自分の枕を取り戻す、そこには彼女の髪の匂いが移っている。ぼくが彼女の髪の甘い匂いをかぐことはもう二度とないだろう。」
「あの人、岸辺にいるのよ」ハツカネズミはいった。「じっと待っているの。そして時間になると、板を渡っていって真ん中で立ち止まる。水の中をのぞきこむの。何か見えるんだわ」
「たいしたものは見えないだろう」猫はいった。「睡蓮の花くらいかな」
「そうよ」ハツカネズミはいった。「あの人は睡蓮が水面まできて自分を殺してくれるのを待っているの」
由希さんのオススメは全部良いな
Posted by ブクログ
詩的な表現を多く含んだ小説なのか、と思ったがこれは違う。
うたかたの日々は、一文一文を真に受け、作中世界の在り方に没入していかなければならないタイプの小説で、伏線や隠喩を解き明かすといった読書をする人にはこの作品の良さが分からないだろう。
我々が生きている世界では、肺に睡蓮は生えない。ハツカネズミは踊らない。わりとちゃんと働く。
だからこの小説はレアリスムではない。が、その反面、圧倒的にレアリスムだ。
世界が綿密に描かれ、作品固有の運動していく。
それを真に受けて読んだ我々がこの本を閉じる時、今読んだものがファンタジックな世界だとは微塵も感じることはないだろう。
そこには圧倒的なリアリティがある。
リアリティとは現実に即していることではない、我々がさも現実であるかのように感じてしまうということだ、作品が世界に向かって開かれているということだ。
うたかたの日々はだから、レアリスムだと言っても良い、かもしれない。
それから、パルトルとボヴァール公爵夫人だけではなく、実存主義的なシーンはかなり沢山出てくる。
他者の死はゲームで倒された雑魚キャラのような扱いを受ける。それが社会のルールであって、主人公の一人であるクロエでさえもあり得ないほど適当に葬られる。
「醜いものは要らん」ということがまえがきに書いてあるが、この作品は生を美しく描き、死んだものには興味が無いという立場を貫いている。
俯瞰的な読み方をするなら、まず一番に浮かぶのは、生きていることの美しさと死んだ者の醜さやそれに対する社会の無情さのコントラストだと思う。