これまで村を出てから長きにわたって二人が活躍してきたウィンフィール王国での憂いも無くなったおかげで、本作では物語の舞台もいよいよ教会組織がはるかに強固な大陸側に移ってきている。これまでは何か困ったことがあれば、ハイランドに頼ることができた二人も、この大陸では大っぴらな活動ができないために、何か問題があれば自分たちで解決しなければならない。とはいえ、人ならざるものや教皇庁から抜け出してきたカナンのおかげで、それほど実際には問題なく冒険を進めていけることができるようだ。
そして、大陸で最初の冒険の舞台となるのは、かつてコルが進学の勉強をするために訪れた学問都市であるアケント。この街では、学問の勉強に夢破れた元学生たちや、神学の学位を求める人間に多額の寄付金や謝礼を要求する教授たちといった様々な現世の欲が渦巻いており、コルは久しぶりの訪問とともに苦い思い出を飲み下す必要がある。
今でもコルがいた頃と変わらぬ問題が存在するこの街で、ミューリとコルは一匹の狼の「人ならざる者」と出会う。「賢者の狼」という二つ名を持つ彼女はルティアと名乗り、ミューリにとっては旅に出て初めて出会う狼の人ならざる者だ。前シリーズの『狼と香辛料』では、ミューリの名の元となった”狼の人ならざる者”によって構成されている傭兵団であるミューリ傭兵団いたはずなのだが、どうやらこのルティアというのは大陸のかなり奥まったところにいたらしく、そのような狼の人ならざるものには出会っていないらしい。ミューリもすっかり傭兵団のことを忘れていたのか、普通に狼の人ならざるものたちと初めてであったかのような振る舞いを見せる。
第8巻では、そのルティアとホロ、そしてミューリがこのアテントの街で学生たちのトラブルを解決し、同時にコルの昔の怨念も見事に消し去るという展開を見せるわけだが、おそらく著者が本当に描きたかったと思っているのはそこではないだろう。
あとがきで自分が書きたかったプロットを無事に書けたと言っていたのだが、今回のテーマは「人ならざるもの」が永遠に生きることの悲しみを久しぶりに正面から描きたかったのではないだろうか。
思い出してみれば、前のシリーズである『狼と香辛料』では、永遠に生きることの虚無を抱えたホロに対して、ロレンスが彼女の人生から見れば一瞬であったとしても、その後永遠に残る何かを残すために奮闘するというのが一貫したテーマだった。
その後、永遠に残りつづけるであろうミューリが生まれたおかげで、ホロにとっては少なくとも孤独はなくなった・・・というのが、本作の形だ。
しかし、その他の人ならざる者にとっては、このテーマは永遠に考え続けなければならないことは変わらない。これまでにこの『狼と羊皮紙』シリーズで出てきた”人ならざる者”は、時にはその運命を悠久の中で受け入れ、時には人と交わることで、ひと時とはいえ、生きる張り合いを得てきたように見える。しかし、本作におけるルティアは、その”ひと時”をすでに失ってしまった。人ならざる者がどのように生きていかなければならないのか、といったテーマを改めて読者とミューリに突きつける結果となる。
この8巻では、コルの神学上の悩みの一つとなっている「この世界が本当は丸いのか」といった世界に関する大きな問題の解決を託すという、やや変化球の課題をルティアに与えることで、彼女の心の穴を一時的に埋める方法をコルは選択する。しかし、劇中でミューリが一時暴れたように、この冒険が終わってしまえば、コルも曖昧にしているジューリとの関係と、ミューリだけが永遠に生き続けるものであると言う事実と向き合わなければならない時が来る。
『狼と香辛料』が最終的にホロとロレンスの間に横たわっていたその問題を一時的にとはいえハッピーエンドで解決したように、このシリーズでもきっと何らかの方法でハッピーエンドを迎えるようにするのは間違いない・・のだが、なにせコルは今の所ミューリと結婚する気はないし、一方で世界のはてを探しに行くには残された巻数が少なすぎるということで、一体どのように決着をつけるのか、その辺りも本作の楽しみとして提示されたというところだろう。