新聞やテレビ、スマホ以外にも街中や電車などさまざまな場所で発信されている広告。その広告のキャッチコピーや視覚表現に、実はジェンダーロールを強化させるようなイメージが溢れているのだという。
本書は特に一部の業界で乱造される”男らしさ”表現を宿した広告に目を向ける。
缶コーヒーや栄養ドリンクといった商品広告から、筋トレやスキンケア、ムダ毛処理といった美容広告、転職や働き方などの求人媒体の広告、また都市圏に集中するホスト広告や、選挙広告などでも男性特有の表現方法があることが示される。
上記に上げたような広告類は特に同じようなパターンで作られていることがまず示される。
缶コーヒーや栄養ドリンクでは働く男というキーワードが使われる。ただこれらは令和の今では古臭さもあって最近では見なくなってきている。
最近、よく見かけるのは美容業界や筋トレ業界での男磨きやモテという文脈だ。
この数年で男性のスキンケアも当たり前になってきている。だがそこにあるのはセルフケアとは別文脈である。男性のスキンケアはモテるためにやるものとされるのだ。
女性獲得のためにムダ毛を処理して、スキンケアして、筋トレをするという男磨き、モテに接続されてしまう。
更に女性からの意見といった声も加わることでより強化されてしまうのもキツいところである。
そして転職広告でも同じ表現の使いまわしがされている。
高層ビルを背景にした男性や、見上げるように遠くを見ている男性表象はよく使われる。また量産されるスーツ姿の男性や男性の顔といった表現もよく使われている。
これらも缶コーヒーや栄養ドリンクほど直接的に打ち出されないが、働く男や社会的地位や年収が高い男性というメッセージを裏に内包して押し出されている。
これまで特に意識して広告に目を向けてこなかったが、本書を読むと身の回りにどれだけ男性的な男性性を強化するような広告が溢れているかがわかる。
世の中のあらゆるところに広告が織り込まれており、我々はほぼ無意識にそういった広告を摂取している。そのせいでいつの間にか広告のメッセージ(それが発信する側が意識しているかはともかくとしても)を内面化してしまっているのかもしれない。
更に発信する側も、受け取る人々にそういった感情やジェンダーロールを強化してほしい、なんてことはまったく思ってなさそうで無意識にこういった表現が続いてそうに見える。
ただもしそうだとしたら、よりたちが悪い気もするが……。
結局、受け取るこちら側が広告表現を判断する目を養うしかないんだろうな、とも思ってしまった。
本書はその広告表現の目を養う意味でも、一助になる本だった。
また男性は世間の広告表現でも"男らしさ"が強化されているかもしれない。
正直、本書で扱われている業界が打ち出す男らしさを内面化することで得られるものは危ういと自分は感じてしまう。無意識で享受するよりも広告表現を批評的に見て、一旦考えてみることも大事だと感じた。