文化心理学という分野について紹介する本。
そんな分野があると初めて知ったのだが…
認知心理学や認知言語学で文化がクローズアップされたことを思い出す。
あるいは渡邉雅子さんの文化と論理表現の話とか。
さて、文化心理学はというと。
1980年代ごろまでは、認知心理学が華々しかったころ。
人間を普遍的な「情報処理マシーン」と捉え、その性質を明らかにしようとしていたという。
その動きを反省的にとらえて出てきたのが文化心理学。
「生態・文化・社会環境」が心の持つ心理機能と、それを持つ主体を形成する、と考える。
とすると、文化の中で人間を理解しようとする文化人類学のことも思い出したりもするが、そこは心理学なので、心のありようをアンケート調査や実験(たとえば脳波を測定する)などの方法で実証しようとする分野であるのだろう。
これまでの心理学でモデル化されていた人間観が、無意識的に西洋人をモデルにしていたことをも、問い直していく。
さて、本書では文化にいくつかの次元(枠組み)を想定する。
多様な文化の中にも、独立性/協調性の次元、個人主義/集団主義の次元が認められるとか。
えっ、いきなり普遍化ですか? と思ったら、そうではないらしい。
たとえば同じ行動も、ある文化では独立性が高いと考えられ、別の文化ではそうではない。
さらに、独立性/協調性という規範に厳格であるか、ないかも、社会によって異なる。
規範に厳格な社会では、それに沿った行動や感情の表出が強化学習されやすいし、緩い社会ではそれほどでもない、ということだ。
筆者の調査によれば、自分が他の人を押しのけて経済的に成功することは、個人主義的な考え、と私たちは思ってしまうのだが、サブサハラ・アフリカの人たちにとっては、必ずしもそうではないという。
たしかに、身内とも熾烈な争いを辞さないが、成功することは自分の部族の繁栄につながり、集団として意味がある行動と評価される。
こうしたことをインタビューを通してあぶりだしていくのなら文化人類学っぽいが、ここに歴史的な環境要因や脳の使い方、遺伝子のことも重ねて考える。
遺伝子については、筆者は遺伝子決定論を否定していたが、影響を否定すべきではない、としていた。
ドーパミンD4受容体遺伝子の一部に七回と二回繰り返し多型を持つ人のことが出てくる。
これを持つと、文化学習の効率が高く、文化の複雑化が可能になると筆者は考えていた。
ただ、このタイプの人は、調査対象としたヨーロッパ系アメリカ人、東アジア系アメリカ人でも30パーセント程度にとどまるともあった。
また、独立性を尊ぶ文化、協調性を尊ぶ文化の人の脳を比較すると、使う部位の違いが見られるという研究も積み上げられているようだ。
この分野は、今後も新たに分かっていくことも多いだろう。
本書の最後には、文化的な特徴をグローバルな分断の解消に生かしていけないか、という展望を示していた。
そこへ話が向かうのかとは思っていなかったので驚いた。
例えば、筆者が挙げているサブサハラ・アフリカの自己促進(自分の利益や目的を達成すること)が協調性につながる考え方は、地球上の資源が限られているこの先の世界に何か益があるのかもしれないし、ラテンアメリカの感情表現と東アジアの紛争回避がつながれば、新しい問題解決の方法に磨き上げられるのかもしれないとも思われる。
学問も人間がよりよく生きる(素朴な言い方だが)のに資するものであってほしい。
文化心理学全体がそういう学問であるのかはわからないけれど、そんな風に利用していってほしいと思った。