千早耿一郎の作品一覧
「千早耿一郎」の「悪文の構造 ――機能的な文章とは」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「千早耿一郎」の「悪文の構造 ――機能的な文章とは」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
コンテンツ産業(特にテキスト主体)、広告・広報系の仕事に従事している人は読んだほうがよい
※こういうのって自分の書いた文章で指摘されて初めて認識できるものだから、本を読んだだけでどこまで反映できるか(直せるか)、わからないけど。
この本に書いてあることは当たり前といえば当たり前なので、大抵の人はこの本で挙がってる例を見ても、「書いてある通り、これだとわかりにくいよね。こんな下手な(わかりにくい)文、自分なら書かないわ」と上から目線で読み、そして日常で、そのわかりにくい文を生成し続ける。
(「こういう文は駄目」と頭でわかることと、実際に書かないようにすることは別ものなので。野球で150キロのボールの打ち方に関して、フォームやスイングのタイミングは頭では理解はできても、実際に打てと言われたらできないみたいなもの)
ぶっちゃけ、このレベルの指摘ができる人から指摘をもらえる経験や機会を得られるかどうかが、ほぼすべてかな(よほど優秀な人でない限り)。
これは国語のテストができるとか、学校の作文や読書感想文が得意(好き)だったとか一切関係ないスキルで、普通に生きてると学ぶことのないものだしね
(大学〈小中高は指導範囲的に無理〉の指導教員が論文のロジックとか接続詞の使い方を厳しく見るタイプの人だった場合、この本に書かれてるミスは身に覚えがあったり、指摘されたりしたことがある人がいるかも、という期待薄なレベル)。
※「書く」ことと「正確に書ける」ことは異なる。なんなら、「文章書くの苦手なんです」とか言ってる人のほうが、いざ書かせると正確な文を書けることすらある。正確な文を書くことはとても難しいので(言葉が湧き出ることとは違う)、おいそれと「書くの得意なんです」とか本当はいえるものではないし、苦手だと認識できてるということは難しさを理解できているのかも。
Posted by ブクログ
対象格語
方向格語
位置格語
体言どめとなっていることが、文を簡潔で力強いものにし、緊迫したリズム感を生み出すのに役立っている
「の」が多いときは、・を使う
修飾語を並列関係の一方の句にかけるのは、不均衡をもたらす。
連用修飾語は用言を、連体修飾語は体言を修飾する
「は」は、所有格語と同様の働きを持つ。題目を提示する。
題目語を作る「は」は同じ引き出しに「は」があることをよしとしない
「は」のイキは長い
並列の語句の四原則
A・Bの語句が共通部分Cにつながる合流点が明確であること
合流点を媒介として、AからC、BからCと一定の法則でそれぞれ完璧に繋がる分に分解できる事
AとBが等価であること
AとBと、なるべく等量であること
「とを」で二つ目を重ねる方がリズミカル
とをがあることで、省略しなくても大丈夫かを考えられる
AとBの、ここの「の」は共通の、という意味があるので文が成り立たなくなることがある。ここは、「や」を使えばいいらしい
「やを」を重ねる方が良いとされる
鯛やひらめやの舞い踊り
並列関係を示す時は、箇条書きや数式を使えば文を短くしたり、表現をすっきりさせるのに有効である
〇〇は次のとおり。数式
並列のときに、最後に─────をかくのは日本経済新聞が発祥
句点は、小文の時につけるといい。
題目語、意味の切れ目
逆に、修飾語と被修飾語の関係がわかりづらくなる時は使わない。
鉤括弧、山括弧
指示代名詞は先行のもっとも近い、先行の体言を代表する。
読者に誤解を与えるかもしれない時は、代名詞を使わないで、同じ体現を繰り返した方がいい。読者に不必要な負担をかけるかもしれない時も、同様である。
固有名詞に対して数字を使うと、誤解を招く
不具にする
執り行う
鼻持ちならぬ
人を食う
「のように」は、例えた先が同じか違うのかわからないので「とちがい」のように明確にしておいた方がいい
頭韻と脚韻が合ってた方がリズム的に良い
日本語は、二音一単位を基準にしている。二音を一泊として、二泊とか三泊とかの繰り返しがリズム感を生む。
調べはビートのまとまり
悪文と名文
悪文は潰せる。定義が簡単。社会に通用する。
名文は定義が難しい。主観による。芸術。
谷崎潤一郎は、長文ではないとあの風味のある流麗な文体は生まれなかった。口語体の文章が長たらしくなり豊満に陥りやすいこと。
いい文章は機能的である。
日本語文は枝上である
入子型構造論
文章は文の統一ある集合である。統一ある集合であるから、文の単なる羅列は文章でない。
零記号
存在してないけどあるものとして仮定すること
辞と詞は異なる
辞は文を統一するのに必要な引き手であり、詞はひきだし。詞は、事物や事柄の客体的・概念的な表現である。
辞は助動詞、助詞、接続詞と感動詞を加えたもの。
詞は体言・用言・連体詞・副詞
文は具体的な思想の表現を必要とする。
山や森、涼しいだけだと文にならない