作品一覧

  • なぜ休むことに罪悪感を覚えるのか

    なぜ休むことに罪悪感を覚えるのか

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻1,540円 (税込)
    ★★★話題沸騰につき発売即重版! ★★★世界的ベストセラー『BUTTER』著者・柚木麻子氏推薦!! ベストセラー『ファスト教養』著者レジー氏推薦! 「生産性向上と効率化に取りつかれた社会を生き抜く御守りとしての1冊」 【社会心理学者が「働きすぎの時代」に警鐘を鳴らす!】 米フィナンシャル・タイムズ紙はじめ 全米各紙で絶賛! いつも頑張りすぎている人に希望をくれる。もっと人間らしい、良い生き方はできるのだ。 ―ニューヨーク・タイムズ ベストセラー『デジタル・ミニマリスト』『DEEP WORK 大事なことに集中する』著者カル・ニューポート 一読の価値あり。 ―『フィナンシャル・タイムズ』紙 資本主義に翻弄されて疲れた人のための科学に基づく自己啓発書だ。 ―『シカゴ・リーダー』紙 人はそんなに働かなくていいし、価値は外からの評価で決まらないし、 すべてに詳しくなくていい、すべての人を助けなくてもいい。 休むことに罪悪感を味わう必要はない。 なぜなら「怠惰=悪」は植え付けられた "信念" に過ぎず、しかも誤っているからだ。 【「はじめに―『自分は怠惰じゃない』と気づくまで」より抜粋】 何年も、私はひどい生活パターンで生きてきた。朝から5~6時間、休憩も取らずに働いて、片っ端から業務を処理していく。この時間帯は、メールの返信やレポートの採点に猛烈に集中していて、軽食をつまむどころか、席を立って少し歩くのも、トイレに行くのも忘れていた。 こんなふうに超生産的でいられるのはいい気分だった。前日の夜に考えて不安になっていた「やることリスト」のタスクを全部片付けられる自分が好きだった。そう思うと短距離走のように全力で凄まじい量の業務を処理できた。 だけど、そんな働き方をしていると、その後、使い物にならなくなる。午後は生産性ゼロに等しい状態で、SNSを何時間もただ眺めているだけだった。終業後はベッドに倒れ込む。暗い部屋でポテトチップスを食べながらネット動画を見る以外のエネルギーは残っていない。 こうして数時間、「充電」をすると今度は、時間を有意義に使えなかった罪悪感が押し寄せてくる――友達と出かければよかったのに。なんで執筆しなかったんだろう。どうせなら健康的で素敵な晩ごはんを作ればよかった――そうして、翌日にやるべきことを考えてストレスに襲われる。そしてまた翌朝になると、罪悪感から働きすぎて疲弊、というサイクルが始まるわけだ。 この本は、一般に「怠惰」として切り捨てられている行為を全面的に肯定し、社会から「怠け者」だと排斥されている人びとを全力で擁護する一冊だ。 生活のあらゆる場面で、頑張りすぎそうなリスクがあるときに、どのように一線を引いて自分を守ればいいか、実践的なアドバイスをたくさんお伝えする。「これ以上はできない」と相手に理解してもらうための具体的な伝え方も盛り込んだ。何より、「自分はどうしようもなく怠惰な人間だ」という恐怖心は見当違いだから捨てていい、という根拠を示すので、読んで安心してほしい。 【目次】 はじめに 「自分は怠惰じゃない」と気づくまで 第1章 「怠惰のウソ」 第2章 怠惰を再考する 第3章 そんなに働かなくていい 第4章 人間の価値は業績では決まらない 第5章 すべてに詳しくなくていい 第6章 疲れる人間関係はそのままにしない 第7章 社会の「べき」を払いのける 結び 共感で「怠惰のウソ」を終わらせる ※本書は2024年5月に小社より出版された単行本『「怠惰」なんて存在しない 終わりなき生産性競争から抜け出すための幸福論』の携書版です。本書の内容は同じですので、あらかじめご了承ください。
  • 「怠惰」なんて存在しない 終わりなき生産性競争から抜け出すための幸福論

    「怠惰」なんて存在しない 終わりなき生産性競争から抜け出すための幸福論

    ビジネス・実用

    3.7
    1巻2,530円 (税込)
    フィナンシャルタイムズ紙はじめ 全米各紙で絶賛!! 社会心理学者が解き明かす「怠惰」の誤解(ウソ) いつも頑張りすぎている人に希望をくれる。もっと人間らしい、良い生き方はできるのだ。 ―ニューヨーク・タイムズ ベストセラー『デジタル・ミニマリスト』『DEEP WORK 大事なことに集中する』著者カル・ニューポート 一読の価値あり。 ―『フィナンシャル・タイムズ』紙 資本主義に翻弄されて疲れた人のための科学に基づく自己啓発書だ。 ―『シカゴ・リーダー』紙 人はそんなに働かなくていいし、価値は外からの評価で決まらないし、 すべてに詳しくなくていい、すべての人を助けなくてもいい。 「怠惰」であることに罪悪感を味わう必要はない。 なぜなら「怠惰=悪」は植え付けられた "信念" に過ぎず、しかも誤っているからだ。 本書が指摘する3つの「怠惰のウソ」 1. 人の価値は生産性で測られる。 2. 自分で限界だと思っても、信じるな。 3. もっとできることはあるはずだ。 上記が「真っ赤なウソ」だと言われて、 驚いた方もいらっしゃるでしょうが、 ・オーバーワークの常態化 ・燃え尽き症候群、うつ病 ・スマホ疲れ、SNS疲れ ・格差の拡大と競争社会の激化 が叫ばれる現代を生きる私たちの中には、 薄々そう感じていた方もいらっしゃるのではないでしょうか? 本書では「怠惰」にフォーカスを当て、 ・どうして私たちは「怠惰」であることを恐れるのか ・「怠惰のウソ」が世界中に広まり、正当化させたからくり ・「怠惰」であることの意義 ・「怠惰のウソ」から真に抜け出して幸せに生きる方法 を、社会心理学博士である著者が解説。 本書を読み終えた暁には、 自分自身が価値ある人間であるという感覚を取り戻し、 「怠けること」の罪悪感から抜け出して、 あなたにとって「幸せな人生」とはなにか? を再考したくなることでしょう。 【目次】 はじめに 「自分は怠惰じゃない」と気づくまで 第1章 「怠惰のウソ」 第2章 怠惰を再考する 第3章 そんなに働かなくていい 第4章 人間の価値は業績では決まらない 第5章 すべてに詳しくなくていい 第6章 疲れる人間関係はそのままにしない 第7章 社会の「べき」を払いのける 結び 共感で「怠惰のウソ」を終わらせる
  • 自閉スペクトラム症の人たちが生きる新しい世界 Unmasking Autism

    自閉スペクトラム症の人たちが生きる新しい世界 Unmasking Autism

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻2,750円 (税込)
    米Amazon高評価★★★★★1,600件以上 社会に適合するために無理に「普通」を装い、自分を見失っている方へ 本当の自分を見つけて、自分らしく生きるための本! 原題の「アン・マスキング(Unmasking)」とは、自閉症的な特徴を隠し、社会に適合するために表面的な仮面を取り去るという意味。 自らが当事者であり、そのことに誇りをもつアメリカの若手社会心理学者が、自身の体験をベースに自閉スペクトラム症の人々が自分自身を受け入れるまでの過程を描きだします。 ・ASDだけでなく、発達障害で苦しむすべての人に読んでもらいたい1冊 ・自分に自信を持つための書き込み式エクササイズつき 【第一章】ASD(自閉スペクトラム症)とは何か ASDのバーンアウト(燃え尽き)/ASDの神経学的側面/ASD者は危険にさらされている/ASDは多様である/なぜASDといえば「鉄道好きの白人少年」なのか/ASDの推奨用語・非推奨用語 【第二章】どういう人が仮面ASD者になるのか? 「女性のASD」によく見られる特徴/言語能力が高く、外向的なASD/「高機能」なASD/仮面ASD者との出会いとコミュニティで居場所を見つけるということ 【第三章】仮面の研究 切り替えが難しい―クリスタルの場合/オタク趣味を隠して強く見せる―ティモテウスの場合/「大人」のふりをする/「お行儀良く」することによる二重の苦しみ 【第四章】仮面がもたらす犠牲 ギフテッドの期待から逃れたくて―ドリアンの場合/「ロボット」のようになりたい/解離―脳内自分ワールドに入り込む/デジタルの世界に逃避/メディアが作るASD=「ムカつく天才」というイメージ 【第五章】ASDをとらえ直す ASDのステレオタイプを再構成する/ASDの特性を肯定的に言い換える/敏感さが仕事に役立つ/ピート・バーンズが好き―クララの場合/特別な興味の効用/自分の価値観を再発見する 【第六章】ASDに合わせた生活を構築する 成功したインフルエンサーの素顔/ASDの感覚に合わせてインテリアをデザインする/特別な興味に没頭して回復する/ペースを落とそう/自分の好きなことを、自分なりの形で 【第七章】ASDらしい人間関係を育む 他人からの否定的な反応にひるまない/自己開示が合理的なのはどのような場合か/仮面を外した友情を育む/本当に優しい人を遠ざけない 【第八章】ニューロダイバーシティを世界に広げるには 必要なのは社会の変化/障害者に対する法的保護の拡大/神経多様性に関する公教育・専門教育の拡大/だれもが仮面を外せる世界に ※本電子書籍は同名出版物を底本として作成しました。記載内容は印刷出版当時のものです。 ※印刷出版再現のため電子書籍としては不要な情報を含んでいる場合があります。 ※印刷出版とは異なる表記・表現の場合があります。予めご了承ください。 ※プレビューにてお手持ちの電子端末での表示状態をご確認の上、商品をお買い求めください。

ユーザーレビュー

  • なぜ休むことに罪悪感を覚えるのか

    Posted by ブクログ

    休むことに罪悪感を抱く必要はなく、疲労や眠気は身体がもう頑張れないと警告しているサインと受け入れる。
    頑張れないのは決して悪ではない。

    0
    2026年03月26日
  • なぜ休むことに罪悪感を覚えるのか

    Posted by ブクログ

     約400ページの大作でしたが、むさぶるように一気に読み上げた。もっと早くこの本に出会っていたら、私の人生はとても心地よいものになっていたと思う。私は仕事で疲れて、完全に燃え尽き症候群になった経験がある。この本のフレーズにある怠惰だとみなされている事は、実際には、自己防衛本能の強い現れであると言う表現に、はっとした。頑張りすぎのリスクがある時に、どのように一線を引くか、様々な事例を通して深く感銘を受けた。
     私たちは完全向けの生産用ロボットではなく、『生産性=善』と考えてきたその思い込みは、捨てなければいけないと思う。『怠惰のウソ』のせいで、個人主義と教えられていると言うことに気づき、自分を労わりたいと思う。

    0
    2026年03月04日
  • なぜ休むことに罪悪感を覚えるのか

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    人の本質があるかどうかは分からないが、人は時に怠惰に見えてしまうことがあるものだし、それはその人が無価値であることの証明にはならない。怠惰な自分を克服しようといつも一生懸命頑張る必要はないし、人の価値は生産性では決まらない。仕事が人生の中心であるのは限らず、途中で辞めてしまうことや、頑張れないことがあったとしたも、それは不道徳なことではない。

    0
    2026年02月10日
  • 「怠惰」なんて存在しない 終わりなき生産性競争から抜け出すための幸福論

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    ◯「怠惰」は存在しないという主張:

    ・一般的に「怠惰」とされる行動は、個人の道徳的な欠陥ではなく、心身の疲労や限界、社会的な困難や障壁(文脈)から生じる警告信号である。

    ・私たちは資本主義社会によって植え付けられた**「怠惰のウソ」**(人の価値は生産性で測られる、限界だと思っても信じるな、もっとできることはあるはずだ)に囚われている。

    ◯「生産性至上主義」への異議:

    ・社会に広がる「たくさん働く人=価値ある人」という固定観念は、プロテスタント思想や資本主義の拡大と共に広まったもので、私たちを追い詰めている。

    ・人間はロボットではなく、そもそも1日に8時間も働き続けられるようにはできていない。無理に働くことは生産性を低下させ、心身を壊す。

    ◯幸せな生き方への提言:

    ・「怠惰」であることへの罪悪感を手放し、自分を責めるのをやめる。

    ・心や体が発する「休みたい」という声、つまり怠けたい気持ちを大切にし、尊重する。

    ・生産性以外の基準で自分の価値を測り、社会の期待ではなく自分の本当の気持ちに従って生きる。

    ・非生産的な時間や休息を意識的に取り、仕事・お金・健康・余暇のバランスを見直すことが、結果として健やかな生活と幸福につながる。

    0
    2025年10月07日
  • 自閉スペクトラム症の人たちが生きる新しい世界 Unmasking Autism

    Posted by ブクログ

     教育の目的は感じよく従順に振る舞えるようにすることではない。しかし、親は子どもの行動がどれだけ自分を困らせ、多くの時間と注意を必要とするかに基づいて、重症度を評価する。ASD者は、医療や支援を与えられずに、わがままだとか自分勝手と言われると、仮面をつけざるを得ない。
     仮面ASD者は脅迫的に人の機嫌を取りがちだ。行きすぎなほど感じがよく、素直で、受け身になる。私もみんなに変な人だと思われたくなくて、優しく穏やかで自立した素敵な女性を演出しようとしていた。自分の行動や言葉が他人にどう受け取られるかという計算を常に頭の片隅でしている。そのため人と深くつながれず、孤独な状態となり、消耗も激しい。どんなコミュニティでもくつろげることはほとんどない。マスキングをしていると、人間関係に満足できなかったり、本当の自分に忠実ではないと感じたりする。なぜならそのつながりは、私たちが反射的に相手のニーズに応え、常に相手が聞きたいと思うことを話さなければ成り立たないものだからだ。なので相手の愛が条件付きの愛だと思ってしまう。
     中高生の時、学校を休みがちだった。学校は刺激が多すぎて、状況の変化についていけなかった。先生の話を聞き、周りの人たちの様子を伺い、一瞬一瞬どう振る舞うのが正解か、どんな表情でどんなことを言うか、誰となら話せそうか、どんなことをすればいいのか考えることが多すぎて辛かった。浮いていると思われていないか、気持ち悪いと思われていないかが常に不安だった。周りから浮かないように仮面を被るのに必死だった。仮病を使うことで、刺激が多すぎる教室から抜け出し、必要な休息を取ることができた。しかし、自分は怠け者でダメな人間だと自己嫌悪に陥っていた。学校を休んだことも周囲にどう思われているかも不安でしょうがなかった。周りに天然で純粋だと言われて、そのように振る舞うことを押し付けられていると感じていた。中学生の時、仲良しの子たちが私には聞かせられないと私を仲間外れにして下ネタをヒソヒソ話しているのが悲しかった。私は気にしていないふりをして、困った笑顔を作っていた。そんな表情に見えていたかは分からないが。
     ASD者は過剰に自分を修正してしまう。私は母に仏頂面で可愛げがないと繰り返し言われて笑顔を貼り付けるようになった。母にいつも「あんたは空気が読めない」と言われて、必死にその場の会話の流れを考えるようになった。傲慢だと思われないように、謙虚さを装った。後輩に指導する時、威圧的な人だと思われるのが怖くて、遠回しに言いすぎて何にも伝わらなかった。意地悪だと言われて、温かく、親切な人だと思われるように、一生懸命に人の話を聞き、自分のことは話さなくなっていった。人とうまく会話をすることができず、ぎこちなくなってしまうため、脳内で会話の予行練習をしておき、苦もなく他人と話せる人間だと思わせた。みんなについていけないと思われたくなくて、何が起こっているかわからないときでも、うなずいたり笑ったりする。自立しているように見せかけるため、自分の健康や幸福を犠牲にしてでも、自分の人生が表面上ではしっかりしているようにつくろった。浪人や留年・休学をせずストレートで進学・就職することにすごくこだわった。幼稚園児の頃、母に「好きな人いるの?」と聞かれて「今恋はお休み中です」とCMの台詞を使って答えたら死ぬほど揶揄われた。泣き虫でうんざりすると言われてきたため、泣きたい、あるいは怒りを表明したいとき、そんな自分が恥ずかしいと感じる。自分語りや自分の好きなことなど他人を退屈させる話題は避け、「正しい」話題や質問を一生懸命に考えた。ネガティブな話題ばかり話したり日記に書いたりしたことを怒られて、人に愚痴を話さなくなった。社交性に欠け、人の気持ちを読み取るのが苦手なので、人を遠ざけ興味のないフリをした。感覚過敏で要求が多い自分は不平不満だらけの赤ちゃんのようで、我慢して気にしていないフリをした。
     ASD者はフルタイムの仕事で、1日に8時間も穏やかな仮面を維持することに力を注いでいる。私は、教員として活躍する裏で、家で自己破壊的な行動を繰り返していた。職場では笑顔でテキパキと仕事をこなしていた。愚痴や弱音を吐くことすらしなかった。家に帰ってから尋常じゃない量のお菓子を食べたり、夜通し泣いたり、家出をして自殺を考えたりしていた。男性に依存して、孤独をまぎらわし、ストレスを発散しようと癒しを求めていた。
     社会生活やコミュニケーションがぎこちない人に寛容になれないのは、自分自身が頑張ってできるフリをしているからなのだと思った。空気が読めない人や余計なひと言を言う人に対して過剰に反応して裁いてしまう。私は、涙を流して同情を引く女性に嫌悪感をもつことがある。天然だねと言われている子がいると居心地の悪さを感じる。どちらも自分が人から注意を受けたことがあることだ。
     マスキングは、自分の感情をかえりみず、他人の機嫌をとって社会規範に合わせることに集中する行為にすぎない。私たちは溶け込みたい一心で、アルコール、過度の運動、働きすぎ、孤立、共依存といった自己破壊的な手段を使う。しかし、自分が欲しているものより、社会的承認や定型発達として合格をもらうことを優先させていれば、害が大きいのは明らかだ。
     私は脅迫的に人の機嫌をとり、人との会話で何を言うかを相手が何を望んでいるかを基準に考えていることに気付いた。マスキングをするのをやめていいのだと言われても、元々の私は思ったことを衝動的にベラベラ喋る人間だった。面と向かって人を傷つけることを言い、相手の話に割って入って自分の言いたいことを一方的に話していた。だから、自分勝手で空気が読めないと非難され、私は「正しいこと」を言わないといけないと考えるようになり、会話が円滑に盛り上がるように計算するようになった。それが当たり前だと思っていた。年々先の展開を計算して会話をコントロールしたり、ほとんど反射的にうまく切り抜けたりすることがうまくなっている。今更、自分の特性を隠す必要はないと言われても、相手も自分も傷付ける言動をあえてするのか?と腑に落ちなかった。しかし、そんな中で月に1回のデイリーインベントリーで仲間から、相手に共感を求められても、必ずしも共感する必要はなく、自分の言いたいことを言って良いということを聞けたことで大きな気づきを得た。私はASDの特性によって失敗した経験から、脅迫的に人の機嫌を取るようになっていたが、相手の期待に応え、相手に共感して相手を賞賛し会話を盛り上げることは私の義務でも責任でもない。私はお笑い芸人でもカウンセラーでも風俗嬢でもない。つまんない人間でいいのだ。本当に共感した時には共感するし、相手の良いところは積極的に言葉にしたい。私が楽しく会話をしたい時は会話を楽しむ。まずは、そこから仮面なしの生活を始めてみようと思う。

    0
    2025年08月10日

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