我々日本人にとって馴染みのないイランが手に取るように分かる。
馴染みがないからこそ知らないことが多くて、読んでいてワクワクした!内容を思い返してみればシリアス寄りだったんだけど、イラン愛が強い著者の語りが面白くて、ワクワクの方が優っていたかな。日本人にイランを知ってもらおうとする著者の努力も沢山伺えたし。
そ!し!て!解説には高野秀行氏!!著者自身、学生時代から氏の大ファンだったみたいで、道理で同じ匂いがしたわけだ…!ちなみに高野氏は、本書執筆における影の功労者でもある。
まず念頭に置かねばならないのが、著者および彼がインタビューしたイラン人たちは皆仮名だということ。
イスラム体制下の検閲システムは国外にも及んでおり、イランの政策に批判的な日本人は全て諜報機関にマークされる。本書では、長年暮らしてきたからこそ分かるリアルな国内情勢や人々の実際の暮らしぶりなどが綴られているので、(長年暮らしてきた)著者自身も仮名の使用を余儀なくされた。
だからジャーナリストのルポみたいに緊迫感に満ちた仕上がりなのかと思ったんだけど、こりゃまたどこか陽気なんだよなぁ…。まるで多くの矛盾点を孕んだイランの国民性みたいだ。
「もし神がいるとしたら、それは人間の心のなかにいるんじゃないかな。[中略]いずれにしても、遠い宇宙の彼方から、僕たちにあれこれ命令してくるアッラーなんて神は存在しないよ」(P.62)
もう第1章から我々の持つイメージを打ち破ってくる。
ベール(女性が頭髪を隠す布)については、着用を拒んだ女性が不審死した事件を例に、現地での着用事情を掘り下げている。
事件を受けて着用拒否する割合も増えてきているが、ベールを出世や成績アップに利用する実情もあるのだとか…。まさに目から鱗である。そういう狡猾な人間ほど信仰心が薄いという著者なりのデータも興味深い。
「イスラムは本来信者の内面だけでなく、外面(装いや日常的な行為)も厳しく規定する」らしいけど、現実、信仰心と身なりは必ずしも比例しているわけじゃないんだな…
一方で、親近感がわく点も少なからずあった。日本で我々が抱く感情が面白くなるほど似通っていて、「何で今までイランについて何も知らなかったんだろう」と不思議に思ったくらいだ。
自国よりも、戦乱で苦しむ他国に支援する政府への不満。(我が国でいうところのウクライナ支援) イランがルーツの史跡を平然と自国の歴史に組み込んだトルコを「歴史泥棒」と呼んでなじる。(京都と奈良の関係や、邪馬台国の所在地をめぐる論争を想起させた)etc…
謙遜の表現(「タアーロフ」)が豊富なのも、日本人にとっては親しみ深い。
例えば「大変恐縮です」に対しては「あなたの敵が恐縮すべきです」と、えらい誇張されて返ってくる(笑) 他の例を覚えるのも楽しそうだし、「ちょっとペルシア語勉強してみようかな」という気さえ起こった。
更に本書のレイラさんをはじめ、イラン人には親日家が多いという。せっかく好いてくれているんだし、いつか必ず「初めまして」と歩み寄りたい。大のトーク好きだから、話題を蓄えておくことも忘れずに!