坂本拓弥の作品一覧
「坂本拓弥」の「体育がきらい」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「坂本拓弥」の「体育がきらい」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
僕は体育がきらいだった。SNSの出現で、体育がきらいだった、という人が意見を表明し、ああやっぱりみんなきらいだったのね、という人が増えているそうだ。
だが、その「きらい」とは何なのか。体育を教える側の立場から見た、「きらい」を探る本。
僕が体育がきらいだった小学校、中学校の時代に、このような本と出会えていれば、体育はきらいにならなかった可能性が高い。
学校教育で体育を小中高、大学までやっておきながら、人々はジムやフィットネスなどでパーソナルトレーナーをつけてまで、自らのからだを整えようとする。体育ではそういうことを学べなかったのだ。著者はこれを「体育の敗北」と呼ぶ。
しかし、体育がきらい、にはいくつかのレイヤーがある。
運動がきらい 命令口調の体育教師がきらい みんなの前で恥ずかしい思いをさせられるからきらい
僕もそれら全てに当てはまると言えば当てはまるけれど、一番納得がいったのは、体育が規律の強制をしてきたのでは、というくだりだ。
例えば、体育座りというものは、手も足も自ら固定させることで、子どもたちの自由を自ら縛るというものである、ということで、ハッとした。
僕が体育きらいなのは、そう、規律の強制に他ならない。
そういうことに気づかない人もいるわけなので、体育ぎらいは豊かな感性を持っているのでは、とも著者はいう。そうか〜、俺豊かか〜などと悦に入りながらも、さらに、体育とスポーツの違いなどにも突入していく。
今は、僕らの頃より少しは変わっているはずだけど、規律だとか、(代替戦争のような)スポーツだとかではなく、「自分のからだをしり、よりよく付き合っていく」ということに、もっと学校教育は特化したらいいのに。
学校では、歩き方も立ち方も、規律以外のために教わったことなど一度もなかった。
それを理解して授業にのぞめば、体育も楽しかったのかもしれない。
そういう後悔も残るが、とても良い本だった。
Posted by ブクログ
自分は体育の研究をしているつもりでいるが、この題名の視点を深く考えてこなかったことにまず驚いた。
好きにならなくてもいいとは思っていたけど、じゃあ体育って何?やる意味ある?その答えは明確になっていなかった。しかし、この本を読む中である光が差した。それは、体と心は繋がっているということ。
体育はスポーツでもなく、部活でもなく、軍隊訓練でもない。体育の本質は体だ。体を使って考えて、体をさらして、体でコミュニケーションして、体を変えていく。それが体育でしかできない。
これだ!と思った。体育は嫌いになってもいい、体は嫌いにならないでほしい。そのために何ができる?まずは、強制と矯正をやめることだ。そして、選択肢を広げてあげることだ。
思い返せば、自分も体育好きじゃなかったなという発見が驚きであり、人間の思考ってそんなモンだなという諦めもあった。内容にそれほどの深さはないが、思考をとことん深めてくれるきっかけになった一冊。
Posted by ブクログ
「体育がきらい」(タイトル)、「「体育」なんて好きにならなくてもいい」(序章)なんて言葉を、体育を専門にされている先生から聞くことになろうとは。
体育教師の高圧的な態度が嫌いだった。
バカみたいに熱血な体育教師が嫌いだった。
みんなの前で表現することが嫌いだった。
みんなに運動音痴がバレるのが嫌だった。
体育教官室が嫌いだった。
運動部の顧問に媚びへつらう態度が嫌いだった。
運動部の文化部を蔑む態度が嫌いだった。
本書を参考に「嫌い」を言語化してみることにした。こう列挙するとたしかに、体育をすることよりもそれらを取り巻く環境に辟易していたことに気づく。漠然とした体育ぎらいの要素が細分化されたような気がした。