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先生はエラそうだし、ボールは怖い!★体育なんか嫌いだ!という児童生徒が増えています。なぜ、体育嫌いは生まれてしまうのでしょうか。授業、教員、部活動。問題は色々なところに潜んでいます。そんな「嫌い」を哲学で解きほぐせば、体育の本質が見えてきます。強さや速さよりも重要なこととは? 「『体育』なんて好きにならなくてもいい」のです。最も重要なことは、みなさんが多様な他者とともに、自分自身のからだで、賢く、幸せに生きていくことです。そのためにも、たとえ体育の授業や先生、運動部やスポーツが嫌いになったとしても、みなさん自身のからだだけは、どうか嫌いにならないでください。(「おわりに」より)■はじめに/第一章 「体育ぎらい」のリアル/第二章 体育の授業がきらい「規律と恥ずかしさ」/第三章 体育の先生がきらい「怖くても、ユルくても」/第四章 運動部がきらい「体育教師らしさの故郷」/第五章 スポーツがきらい「残酷で、すばらしい文化」/第六章 そもそも運動がきらい「だからこそ、からだに還る」/おわりに
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Posted by ブクログ
僕は体育がきらいだった。SNSの出現で、体育がきらいだった、という人が意見を表明し、ああやっぱりみんなきらいだったのね、という人が増えているそうだ。
だが、その「きらい」とは何なのか。体育を教える側の立場から見た、「きらい」を探る本。
僕が体育がきらいだった小学校、中学校の時代に、このような本と出会えていれば、体育はきらいにならなかった可能性が高い。
学校教育で体育を小中高、大学までやっておきながら、人々はジムやフィットネスなどでパーソナルトレーナーをつけてまで、自らのからだを整えようとする。体育ではそういうことを学べなかったのだ。著者はこれを「体育の敗北」と呼ぶ。
しかし、体育がきらい、にはいくつかのレイヤーがある。
運動がきらい 命令口調の体育教師がきらい みんなの前で恥ずかしい思いをさせられるからきらい
僕もそれら全てに当てはまると言えば当てはまるけれど、一番納得がいったのは、体育が規律の強制をしてきたのでは、というくだりだ。
例えば、体育座りというものは、手も足も自ら固定させることで、子どもたちの自由を自ら縛るというものである、ということで、ハッとした。
僕が体育きらいなのは、そう、規律の強制に他ならない。
そういうことに気づかない人もいるわけなので、体育ぎらいは豊かな感性を持っているのでは、とも著者はいう。そうか〜、俺豊かか〜などと悦に入りながらも、さらに、体育とスポーツの違いなどにも突入していく。
今は、僕らの頃より少しは変わっているはずだけど、規律だとか、(代替戦争のような)スポーツだとかではなく、「自分のからだをしり、よりよく付き合っていく」ということに、もっと学校教育は特化したらいいのに。
学校では、歩き方も立ち方も、規律以外のために教わったことなど一度もなかった。
それを理解して授業にのぞめば、体育も楽しかったのかもしれない。
そういう後悔も残るが、とても良い本だった。
Posted by ブクログ
「体育がきらい」(タイトル)、「「体育」なんて好きにならなくてもいい」(序章)なんて言葉を、体育を専門にされている先生から聞くことになろうとは。
体育教師の高圧的な態度が嫌いだった。
バカみたいに熱血な体育教師が嫌いだった。
みんなの前で表現することが嫌いだった。
みんなに運動音痴がバレるのが嫌だった。
体育教官室が嫌いだった。
運動部の顧問に媚びへつらう態度が嫌いだった。
運動部の文化部を蔑む態度が嫌いだった。
本書を参考に「嫌い」を言語化してみることにした。こう列挙するとたしかに、体育をすることよりもそれらを取り巻く環境に辟易していたことに気づく。漠然とした体育ぎらいの要素が細分化されたような気がした。
Posted by ブクログ
タイトルを見て素通り出来ず購入しました。
体育なんて大嫌いです。
中学生の時、体育の教育実習生が来ました。
持久走でした。
周回遅れで最後にゴールすべく真面目に走っていた私に、実習生は「がんばれよー」と呑気に声をかけました。普通にゴールした同級生も和やかに談笑中。
私がゴールすれば授業は終わり、
みんな早く終わって着替えて帰りたかったんでしょう。分かりますよ。分かりますけどね。
私はサボっていたわけじゃなく、
必死に走っても遅いんです。惨めでした。
私に採点させてくれるなら、こんな奴に合格点はやらない、体育の教師になんかならないでくれ。
と思ったのはもう40年以上前。
先生になられたのか、他の職業に就かれたかは知りません。私の様な体育嫌いを増産するだけの教師として人生を過ごされてなければいいなと思います。
バスケットの授業の時、教師はバスケ部の生徒に指導を振りました。興味もなかったのでルールも知らず、見様見真似で動いたら「はいファール!」と高らかに叫ばれて固まりました。何がいけなかったのか、どう直せばいいのか、何も分からないまま試合がありました。ボールが来ない様にひたすら逃げ回りました。
バスケットボールが人気スポーツなのは知っています。でも私はこの授業以来、バスケットボールに何の関心も持てません。今この瞬間に世界からバスケが消えても私の人生には1ミリも影響がない。
体育の授業がなければ、私は今ほど運動する事に嫌悪感を持たずにすんだのではないかと思う事はしょっちゅうあります。体育とスポーツとは違う、という主張には同意します。保健体育を必修とするなら、教えるべきは、自分が健康に生涯を過ごすために自分の身体をどう扱うかという事でしょう。それは性教育にもつながる事の様に思います。寝方、緩め方。そんな事、習ったことないけど、身体を労わる、身体の声を聞くためには、スポーツの技能なんぞよりよっぽど伝えなければならない事の様に思えます。
体育嫌いなんで、便乗して語りました。
大人になってよかった事のひとつが、体育の授業が無くなった事だと心から思います。
Posted by ブクログ
体育の先生が書いた、「体育ぎらい」の本。
「「体育」なんて好きにならなくてもいい」、ただし「体育なんてどうでもいい」わけではない、とのことだ。
体育を嫌いになる理由を、いくつかの要素に細分化していく過程は興味深く、「体育ぎらい」の当事者としても気づきが多かった。
集団行動を身につけるために、規律を植え付け管理するという体育教育の性格。いわゆる「公開処刑」と言われる、みんなの前で運動をやらされ、失敗したときに感じる「恥ずかしさ」。そもそも「体育の先生」が嫌い。そうした「体育教師像」はどこからくるのか、それは運動部。体育の授業をレベルの低い運動部と捉える見方。そこからくる「運動部」への嫌悪。。。
どれも身に覚えがある。昨今では体に悪いとされる「体育座り」が、集中力のない小さな子どもが砂いじりに興じるのを防ぐための、「身体をコントロールする技術」として用いられているという指摘には、身体じゅうに嫌悪感が走るのを感じた。
「体育ぎらい」は、スポーツ嫌い、さらには運動嫌いなのか?と言うと、それは違う。筆者は体育教育のスポーツへの偏重を指摘していたが、べつにこっちはスポーツだって嫌いではないのだ。ただ本書でも指摘があったが、スポーツには勝ち負けが付き物で、やるからには勝ちを目指さなければ成立しないものだ。それはわかる。体育の授業では、時間の関係もあるから仕方ないとはいえ、習熟度が人それぞれの中、運動音痴たちがまだ必要な動きを身につけられていないのに、ゲームに放り込まれる。そしてクラスメイトからの罵倒にさらされる羽目になるのだ。
バスケのシュート練習は楽しかったし、バレーのパス練習も楽しめていたのに。そうした嫌な経験とともに、そのスポーツ自体が嫌いになり、スポーツや運動に触れる機会をどんどん失っていく。そして中年になって健康のためにと思い腰を上げてジムに通いはじめて、身体を動かすことの楽しさに気がつくのだ。これを「教育の失敗」と言わずして何というのか?
「体育ぎらい」の当事者すぎて、つい熱くなってしまった。とはいえ、体育の先生が「体育ぎらい」の本を書くなんて良い時代になったものだと思う。最後のほうで触れられていた、「寝方」の授業なんて面白そうじゃないか。運動があまり得意じゃなくて、画一的な体育の授業に落ちこぼれがちな「体育ぎらい」たちが、スポーツや運動ごと嫌いにならないような教育を、ぜひお願いしたいところである。
Posted by ブクログ
文字通り、体育の授業が大嫌いだったので、本書を手に取りました。
教育者としてのご自身の経験から、体育嫌いを量産する教育現場のあり方について思うところを書きつつ、読者には、体育を好きにならなくてもいいよとわかりやすく語りかけてきます。全体的に読みやすいです。
体育は大嫌い、かつ、スポーツも大嫌いでしたが、大人になり、公開処刑の機会や、スポーツの話題に乗れなくとも関係なくなってからは、自分のゆったりペースで運動の楽しさと有用性がわかってきました。
動画アプリなどで一日5分の軽い筋トレでも、翌朝身体を動かすのが気持ちがいい、階段が苦にならない、ことを知った時には、目からウロコでした。
ただ、筆者が指摘しているように、本来はそうした運動の効用や、身体を動かす楽しさを伝えるのが体育の授業のはずが、実際は本末転倒になることが学校の課題であることは大いに賛同します。
また、歴史的に軍隊の名残としての体育の分析は興味深いと感じました。
全体的に、体育が嫌いな人よりも、体育嫌いを量産させないためにどうしたら良いのか?と悩む学校の先生方にとって響く本であると思います。
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