尾身茂の作品一覧
「尾身茂」の「1100日間の葛藤 新型コロナ・パンデミック、専門家たちの記録」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「尾身茂」の「1100日間の葛藤 新型コロナ・パンデミック、専門家たちの記録」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
最近の仕事で感じていた「有識者および専門家と政策形成の関係・役割のあるべき姿とは」という問題意識に合致し非常に面白かった1冊だった。シーシャ屋で軽い気持ちで読み始めたら最後まで一気に読んでしまった。
本著では新型コロナに対応した尾身茂氏が、時系列に氏を中心とした有識者の振り返りと、それらを踏まえた課題を整理されている。
有識者と政府がメディアで思われている以上に同一の存在ではなく、緊張関係にありつつ、専門的観点から政府に提言し続け、その都度政府側が様々な反応があり、様々なやり取りをしつつ、コロナ対応を推進する模様を描かれているのは、回顧録としても非常に面白かった。
本著からは「専門性の重視とリスペクト」・「専門性組織としてのプロフェッショナル」を強く感じた。前者では例えば尾身茂氏は自分の専門ではないと判断すれば他の専門家のアサイン・助言を乞い、他方で提言等で政府を助言する際にその提言に専門家が参加を断った時には「非常に困る」としつつ、彼ら専門家としての判断を尊重した。後者では専門家の役割は提言でありその採否の判断や実行は政府の責任としつつも、データが足りない状況でもその判断を支え実務を推進を後押しすることに力点が置かれているように感じた。特に同氏の以下のコメントはその点を端的に表現している。
【ここは学会ではない。政府に助言するための組織だ。厳密な意味での科学的根拠がなくても、専門家としての判断や意見を言わなければ、専門家としての役割を果たせない】尾身茂著「1100日間の葛藤 新型コロナ・パンデミック、専門家たちの記録」
専門家組織と官庁は両輪の存在であるものの、感染症分野に限らず上手くいっているとは限らない。情報がすべてある状態が望ましかもしれないが、現実の実務ではそういった状態ではなくとも意思決定し政策を推進することが必要な場面が必ず存在する。そういった場面でも、学会的な感覚ではなく、実務的な要請を理解しつつ、官庁側の意思決定を専門家の立場から支えることが必要不可欠だと考える。
Posted by ブクログ
新型コロナ発生から関わってこられた尾身先生による手記です。読んでみて印象に残ったのは、平時への移行フェーズに関しては専門家と社会の齟齬が生じて、尾身先生をもってしても舵取りに苦慮したという下りでした。
ステークホルダー間の利害対立を調停するのは本来政府の役割であって、専門家が主導する(あるいはそのように見える)のは望ましくないというのが本来のお考えでしょうけど、危機的状況にあたりあえてそこを越えたことについては、今後評価されることになるのでしょう(個人的には当時政府のメッセージが弱すぎたと感じました)。
5類化の議論については、分科会内では重症化だけでインフルエンザとは比較できないという至極当然の議論はあったようです。なぜか大竹委員の主張がメディアで大きく伝えられ政治的に5類化の流れになったあたり、どうも釈然としないのですが、そのあたりも「立場や価値観」ということになるのでしょうか。
全体を通して、時系列に沿った対応の経緯と関連した膨大なデータから、これを「記録」として残したいという意思が伝わります。いずれ来る「次」への備えとしたいとの思いもあるのかもしれません。
Posted by ブクログ
長かったコロナ禍。いろいろな方面から矢面に立ちながらも方向性を提言・構築してくれた尾身さんはじめ専門家の方々のご苦労に心からの敬意を表します。この本の発刊を知った時、すぐにでも読みたい衝動に駆られました。コロナ禍の3年余り、私も管理職の立場にあり、常に判断と決断を迫られる日々を送っていました。葛藤もありました。本書の中で様々な分野の専門家たちが集まり、それぞれの知見をぶつけ合う。感情論になることもあり、人間関係がギスギスする中、尾身さんは「そんな内輪もめをしている場合か。仲間内の人間関係についてくだくだ言うよりも闘うなら、もっと大きな目的のために闘おうではないか。私たちに与えられたミッションを忘れちゃだめ」の発言の場面がありました。尾身さん自身の覚悟が伝わってきて、胸を打たれました。このメンバーの立場には上下関係もなく、年齢差もなく、お互いの忖度もない。政府に対しても同様のスタンスでありました。そこに専門家それぞれの卓越した識見に対する誇りと矜持を感じました。
Posted by ブクログ
本書を読むと、特にコロナ禍の後半では政府の情報の取り扱いや意思決定が非常に軽かったのが目立ってくる。 日本ではこれまでも、そして現在も日々当たり前のように事前リークが行われているが、政治や行政では既成事実を作って物事を進めると言うのが1つの様式になってしまっているように見える。
また実際には専門家に相談していないにもかかわらず、専門的な知識から決定したと言うのは、厳密には嘘のわけで、この辺もわが国の政治における言葉の軽さが如実に現れていると感じた。
本書が書かれた理由の一つでもあり、専門家の奮闘を支える原動力の一つとなっていたが「対策は最終的には歴史が判断する」という価値観だ。言葉が軽い、あるいは情報の取り扱いが軽いという人の価値観はいわばその対局にあるわけで、究極的には「今を生きる」政治家や官僚と、「歴史の一部である」専門家たちの価値観と違いがそこにはあったように思う。もちろん個人的には、自分は後者にシンパシーを感じているのは言うまでも無い。
一般的には「終わった」ことになっているコロナとの戦いがまだ続いていることを改めて思い出させるとともに、何があったのかを当事者が残す貴重な一冊になっている。