今回も凄まじい見応えでした。
歴史の見方はさまざまなれど、榊せんせの切り口はつくづくおもしれー……!
シリーズものですが、3巻だけ読んでも楽しめます。口絵に開幕ネタバレがあるのであえてご紹介しますと、『青騎士』の動きだけでかわいいすぎてハマれます。笑 ゴブリンスレイヤーさんのちっちゃい姿が好きな人は特に。笑 ※漫画版ゴブスレのカバー裏イラスト等
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以下、ネタバレを含みます。
個人的雑記、政治的主張等も含みます。
時間の許す方はお付き合い下さいませ。
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とにかくものすげーおもしろかったです!
オシャレにキスしたり、お姫様だっこしたり、乙女目線で薫流ちゃん、そういうとこよ!とテンションしてしまうのもアリアリですし!今日の矢野はね、テンションしてるぜッ!※ヘルシェイク矢野
桜子さんと仲良さげである時点で、十分、ロリコンな節がある薫流さん、最後の一線はなんとしても守りなくため、一緒にお風呂してるときに茉莉音さんの裸を見て「おっき」しないようにしてるの、ほんと笑いました。笑 おっきするために色っぽく描かれた二次元イラストならいざ知らず、さすがの私も実際のロリさんに反応することはございません。 とはいえ、世の中にはエプスタインだの伊藤穰一だの、ペドフェリアだらけなので、よーわからんですが……(苦笑)
光蜥蜴の光線を避けるためには、光を「観て」からでは遅いので、あらかじめ相手の気配を察して避けるという動作も、殺陣の迫力が増していて、楽しめました。これまで、基本的には「騎士」のような、はぐれ系の強さでないと薫流さんを圧倒する敵はいなかったので、ダンジョンの変化が規格外である、緊張感が楽しめる作りになっていて見事でした。後に明らかにされる「安全設計がぶっ壊れた遊園地」としての管理者が、あれよあれよとサービス盛り盛りにしていたのかと思うと、微笑ましくはあります。
そして、前述の通り、本作のダンジョンとは、人を招き、楽しませるための娯楽施設であったという真相を知ると、神のような力を得た存在が、感情を持たないことの「欠点」があるとは、なんとも魅力的な意外性でした。私が好きな作品に『甘神さんちの縁結び』があり、かの作品における神様は、ヒロイン三姉妹の義母が、この世を去り、別世-わかつよ-に行ったことで神通力を得たことに由来しており、つまりは、娘たちの幸福のために動くという、極めて独善的な行動原理の神様なのです。
その独善的である“はずの”神様は、街の人たちに慕われ、大勢の人を幸せにします。目的のために他を犠牲にするのではなく、あくまでも目的の過程で生まれた幸福をも守るのであれば、独善とは、人の感情の「原点」であり、愛そのものなのだと分かります。
これまた私の最愛の作品『装甲悪鬼村正』においても、己の愛のために彼の愛を壊す行い、これが戦いであるゆえ、正義とは、戦いとは、独善であり、この独善を滅ぼすことが平和をもたらすと信じた一族の物語です。けれど、その村正の始祖もまた、「友が遺した言葉」を愛するからこそ、そう信じたのです。彼も、独善であったのです。ゆえに、独善とは、滅ぼすためではなく、他者もまた独善であることを許し、認め、自他の快適な生存圏を互いに守ることこそ、最大幸福への道のりだと思えます。
それは途方もなく遠い道のりですが……そうするしかないのです。正義の争いは、終わりがありませんから。
つまるところ、ダンジョンの管理者は、感情がないからこそ、庇護するべき対象への悼みも共感もなく、犠牲が生まれることは「アトラクションの嗜好性」程度にしか考えられなかったのです。まさに、独善が争いをもたらすのであれば、感情のない彼こそ、平和をもたらすはずでしたのに、とんだ計算違いであったと、この作品の仮定が見えるのです。
榊せんせ、村正筆者である奈良原一鉄せんせと個人的な交流がないのであれば、独力でここまでたどり着いたということになります。やはり、作家という職業に生きる人は、なにがしか、「降りて」くるのかもしれませんね。私が愛してやまない、エンペドクレスの理念のようなものが。
※エンペドクレス 愛と争いの力 を説いた人物。人間は、地・海・空・陽 の四つの元素が、ほぼ均等に混ざることで生まれた。
そして、愛の力によって結びついた体が、傷・痛み・病などの争いの力によって引き離されることで命を失う。愛によって結びつき、争いによって引き離される、この無限の繰り返しによって、世界の万象は現れることを説いた。
前述の『装甲悪鬼村正』における、善悪相殺の理、独善を滅ぼすための理念も、エンペドクレスに由来している。敵を◯ろすには、味方を◯らさなくてはならない呪いの力である。
呪術もまた、徐福、秦氏、ユダヤ、と、日本に永く関わるものだが、そこを掘り下がるともはや歴史の本が一冊書けてしまうので、ここでは紙幅の都合で割愛する。
そして紫音さんの必殺技がね!
薫流さんの必殺技を擬似的に模倣したものであるところもアガりましたよ!
ベルさんとの友情でもあり、茉莉音さんと遊んだゲームの思い出もあり、そして薫流さんと過ごした経験が、全て合わさったゆえの奇跡の技!ジッサイものすごくつよい!どすえ!ワザマエ!
ベルさんの連れていたマシンワンチャンの姿がイラストで初公開されたのもアガりました。なんといっても、装甲悪鬼村正を慕う私にとって、技が、「レールガン」というのはズルいです。笑 無条件にアガるしかない! ※主人公湊斗景明の扱う技の名前が「電磁抜刀-レールガン-」
しかもそのレールガンをダンジョンという極めて狭い空間で使えるようになった経緯の解説まで、ジッサイ奥ゆかしい、ヒストリーのアトモスフィアなのである……。レールガンはその性質上、大量の電力を前提としていて、連射など不可能ですし、またその電力確保のための電池が、携帯不可能な超重量になるため、個人が持ち出して使う、ましてドローンに載せるなど現実的に不可能であることは当然なのです。その、当然の“前提”ごと覆すのが、ダンジョンが与える無限の供給源であるという解説、凄まじくおもしれーのです。
現実の令和八年の私たちは、中東戦争をきっかけに、石油・食糧危機を経験しています。その根本の問題は、「エネルギーを自分たちで開発できていない」ことに由来します。エネルギーさえ作れるなら、人は、国は、食糧も、武器も、インフラも、何も困ることがないのです。
ダンジョンの技術は、それらを一瞬で解決する力を持つことが証明されたのです。そしてその力の一部を、自らを端末として創られた茉莉音さんや紗音さんは、『外に持ち出すことが出来る』(!!)、これがどれだけ凄まじい技術の進歩を生み出すかは、想像に容易いでしょう。
同時に、携帯食の開発や工場の発展は、暮らしを便利にするはずが、戦争の終わりがなくなっていったという歴史が明かしていますように、レールガンを持ち運べるどころか、ドローンに載せられるなどとなれば、戦争の規模は恐ろしいことになるでしょう。ゆえに、ダンジョンの管理者は、あくまでもこの技術は、ダンジョンの中で使えるものとしてきたのだと思います。オズワルド博士の開発したレールガンも、結局外界に出ればただのマシンワンチャンですから。
まさに、ダンジョンという生態を維持するために、人の往復を必要とする管理者が、人間を支配してそうしようとする派閥と、人間に娯楽を求めて来てもらおうとする派閥と、中立派閥とに分かれたことは、自分たちが与える影響が、人類に、地球にとって、あまりにも大きすぎることをよく知っていたからだと思います。けれど実際問題として、彼らは存在を維持するために、人間に来てもらわなくてはいけません。この傍迷惑な、そして限りなくありがたい、安全設計のぶっ壊れた遊園地に、人はどう関わるのか。読む人ひとりひとりで意見がさまざまにございましょう。その意見の分かれ道こそ、戦争のない、平和な世界への道標になるように思います。
ギャルとダンジョン、タイトルからは想像もつかないほどに深い作品です。ポリフォニカの頃から厚く信頼する榊せんせ、さすかです!
それにしても、クーロンロン、ほんとにおもしれーやつです。笑 迷惑系から更迭して健気に奉仕する姿は、どこか、へずまりゅうさんにも重なります。
以下、個人的脳内劇場配役です。
一巻時点での登場人物は割愛、本書初登場のみとします。
茉莉音:鈴代紗弓 or 若山詩音 or 本渡楓
紗音:斎藤千和
青騎士:梅原裕一郎
です。※敬称略
茉莉音さんの「ママ!」はそこはかとなく、高町ヴィヴィオさんの面影がありますので、水橋かおりさんを推したいところですが、すでに桜子さん役にお招きしておりますので、このような印象で。
若山さんと本渡さんは前述の『甘神さんちの縁結び』の姉妹から、鈴代さんは千変万化の演技力から。青騎士はもちろんゴブリンスレイヤーさんから。プラカードの「ちかみち」をちょっとかわいい声でよみあげたり、アクティブスキル発動儀式「えっほえっほ」をよみあげたりしてくれたら、めちゃ萌えなんですけどォォォッ!?っと紫音さんみたいにアゲアゲになれそう。笑笑