1 組織文化とは何か
1人ひとりがまったくばらばらに行動し物理的にある空間を共有しているだけでは、 その集まりを社会とは呼ばない。社会は凝集性を持たなければ、社会自体を維持できない。凝集性とは、明示的あるいは暗示的に行動のルールがあることを前提としている。
一定の方向に意識を向け行動するからこそ、凝集性が発揮される。ある目的のために協力するという行為は凝集性の具体的な表れである。
別の見方をすると、人の行動を規制するのが社会である。独自のルールをその構成員に強制することによって、社会は成立しているともいえる。社会が違えば、ルールも異なる。転職の経験がある人は、会社によって行動のルールが違うことを実感したことがあるだろう。会社に入るということは暗黙のうちにその会社独自のルールに従うことに同意することを意味する。
そして、行動ルールのなかで、特に価値観、つまり何に価値を見出すかが組織全体で共有されている場合、それを組織文化と呼ぶ。組織文化が明示的に表現されることはほとんどない。しかし、組織のメンバーであれば、時間と共に受け入れ自覚することなく組織文化のなかで行動するようになる。
組織文化の力は巨大である。カリスマの経営者の能力を超え、時間と共に強化される。 そして、組織文化は組織メンバーの知的活動つまり価値をいかに見出すか、あるいは価値をいかに創造するかということを規定する。
2 組織文化の機能
堅固な組織文化を維持することができれば、組織は存続できる可能性が高くなる。それはなぜだろうか。
◎実務面での効果
①意思決定や行動の迅速化
組織文化はある事柄をどのように解釈すべきかの基準を与える。個人は、判断に迷った時、組織文化が教える基準に従うことによって解決できるようになる。つまり、価値判断の基準が合意されており、意味解釈の仕方が決まっているので、ある程度手順を踏めば意思決定でき、さまざまな案件を処理するうえで効率がよくなるのだ。
もちろん、あらゆる事柄は組織文化に従えば、自動的に処理できるというわけではない。重要なことは何か判断に迷った時の拠り所になるということだ。たとえば、ジョンソン・エンド・ジョンソン (J&J) には、クレドと呼ばれる企業理念があり、これが企業文化に強く影響を与えている。同社はさまざまな事業に進出しており、数百を超える事業会社を傘下に持つが、さまざまな場面で意思決定に悩んだ時はクレドに従って意思決定するという。
なお、行動の拠り所があることは、ルーチンな仕事よりも不測の事態や難しい判断が求められるシーンでより強みを発揮する。言い換えれば、組織としての環境適応力が高いということだ。事実、J&JやGEは、競合他社に比べ遅れて進出しながら優れた業績を誇っている事業を多数持っている。まさに柔軟な行動が功を奏したのだろう。
②凝集性の向上と自由の付与
組織は、組織文化に基づくことで一丸となって意思決定し行動できる。言い換えれば、 価値観に反する、あるいは合わない意見は取り上げられないから、組織として求心性が高い状況を維持しやすくなるともいえる。
また、組織として凝集性の高い行動がとれる一方、組織文化が示す価値にしたがっている限り、自由に行動ができることも指摘しておきたい。組織文化が共有されていれば、 細かなルールで行動を縛る必要はない。その分だけ裁量の余地が広まり、弾力的に行動できることになる。
将来、何が起きるかを予測することは不可能であり、事前に完璧な対策ルールを具体化しておくことは難しい。むしろ重要なのは、一定の価値観に従って行動できるという規律を持っていることなのだ。
③知恵の結晶
組織文化は、長期間にわたって組織メンバーの行動基準となってきたがゆえに、個人の能力以上の確かさを持っているといえる。つまり、組織文化はある意味、そこで働いてきた人たちの知恵の結晶であると考えられる。ある銀行における、「不良な取引先は、 コストをかけてでも早い段階で切る」はそうした知恵の一例だ。
その知恵は、当然ながら数え切れない人たちの経験を基礎としている。そして、時間をかけて洗練されてきたものである。組織に共有されている価値に従って考えるということは、スーパーコンピュータを駆使して考えることと同じ効果をもたらす。
このように、組織文化は組織メンバーの価値解釈や価値創造に影響を与える。行動基準が共有化されることで、組織内部での行動が統一性を持つ。同時に、基本的な行動基準さえ守っていれば、裁量は広がる。環境変化を敏感にとらえたら、すぐ行動に移すことが可能となる。行動基準の範囲内であれば上司の判断を仰いだり、決裁を待ったりすることはほとんど必要ない。1人ひとりがこのように行動することで、結果として組織は外部環境への適応力が高められる。
◎心理的拠り所としての組織文化
組織文化は実務の効率性を高めるだけでなく、心理的な機能も持っている。
好業績を生み出し、企業市民として尊敬されるような文化を持つ組織のメンバーであることは、それ自体が誇りとなる。ソニーやホンダの社員が周りから好意的な目で見られるのは、単に大企業の社員として見られているからではなく、創造性や挑戦を好む組織のメンバーと見られるからだ。社員は、優れた組織のメンバーであること自体に誇りを感じると共に、組織で働く自分自身も優れているという感情を抱くようになる。このような感情は、仕事に積極的に取り組む態度を形成するうえで役立つ。
一般に自己に対する肯定的な感情は、より積極的な行動を起こさせる要因となる。好感情とは脳内物質であるドーパミンが大量に分泌する現象であり、これが学習や動機に影響を与える。一度ある行動を起こし、それが心地よいものであることを経験すると、 それが動機となって、さらに特定の行動を繰り返すようになる。
そして、行動を起こした結果が好ましいものであれば、さらに行動が強化される。仕事を通じて一度自信を持つと、次の仕事もできるように思えるのだ。これを自己効力感と呼ぶ。自己効力感が高まると、一見不可能と思われることにでも挑戦しようとする。
組織で分業を検討する際には、いくつかの基本要件が満たされる必要がある。第1に、個々の業務が手順どおりに遂行されることであり、第2に、組織を超えて調整がなされることである。
コラム コミュニケーションを活性化する仕掛け
組織図のリポーティング・ライン(指示命令系統)は社員が思っている以上にコミュニケーションの頻度や質を変えてしまう。ほとんど同じ業務をやっているにもかかわらず、組織図が変更になったとたん、特定の人とのコミュニケーションが激減(あるいは激増) した経験がある読者も多いだろう。
さらに言えば、コミュニケーションの頻度や質が変わるだけではなく、所属部門が変わったとたんに自部門を「うち」 「こっち」、他部門を「向こう」「あっち」などと呼ぶようになるケースもよく見られる。人間の習性とはいえ、これでは組織全体としての力は伸びない。
こうしたことを避け、組織内外のコミュニケーションの活性化を図るべく、組織はいろいろな工夫を凝らしている。
たとえば、週末ごとに軽食を伴う会合 (ギャザリング)をオープンスペースで実施したり、社内SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を活用することで、社員の顔や人となりを理解する場を提供したりすることだ。イギリスのオックスフォード大学やケンブリッジ大学などでは伝統的に、ティータイムになるとさまざまな研究室の研究者が三々五々集まり、会話を楽しむ習慣があるようだ。そうした会話から触発されたインスピレーションが、ノーベル賞を獲得するような優れた仕事につながっているのである。
たとえば、人材に乏しいベンチャー企業などでは、事業部別の組織が望ましい場合でも、事業部長職を担当できる人間が不足しているため、職能別組織を維持する場合もある(もちろん、あえて難しい役職に就けて成長を促すというやり方もあるだろう)。
そのため、組織設計の場面では、既存の人材を出発点とすることが現実的な対応である。あるいは、組織外の人材を手当てできることを前提として組織を設計する場合もあ 。いずれにせよ、組織の設計において、人材は非常に重要な条件なのだ。
このように、どのような能力を持った人材を抱えているかによって、組織のつくり方は異なってくる。同じ一般環境やタスク環境のなかにあっても、組織ごとにその構造はさまざまなものとなるのだ。
トヨタの事例
たとえばトヨタで特にこだわっているのが、「型」と企業文化の伝承である。「型」とは、その組織における標準的な仕事の進め方、成果を導き出すプロセス、そのベースにある思考方法のことである。型としてはいわゆるトヨタ流問題解決、組織文化としてはトヨタ・ウェイをあらゆるスタッフが身につけ、組織としての生産性を高め続けることを強く意識している。あらゆるスタッフがこれを身につけることで、究極の品質管理を実現するというトヨタの経営方針がその根底にある。ここではトヨタ流問題解決について簡単に触れよう。
トヨタ流問題解決は、表面的には次ページの図表4-11に示したような手順に基づく問題解決プロセスであるが、これを現場で生かすためには、単なる技術的なスキルとしてこれを理解するのではなく、その裏側にある、トヨタの企業文化とも密接に関わってくる基本原理を体得することが不可欠である。
ハーバード・ビジネススクールのスティーブン・スピアは論文 「トヨタ生産方式はこうして再現される」 (『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー」 2004年9月号)において、その基本原則として以下の4つを指摘した。
「じかに観察するにしかず」
「提案する変更は必ず実験する」
「従業員もマネジャーも極力頻繁に実験すべし」
「マネジャーはコーチでありみずから問題を解決してはならない」
スピアは、トヨタは表面的な技術以上に、OJTやOFF-JTを通じてこうした原則を理解・体得したマネジャーやスタッフを育成することにとことんこだわっており、現場においてあらゆる作業や業務が継続的な「実験」として組み込まれている点がトヨタの強さの根源であると考察している。
トヨタは従来より、新入社員の頃からこのトヨタ流問題解決を教育することに時間を使ってきたが、最近では以前に増してカリキュラムを充実させ、新人への教育に時間と手間をかけている。