西洋人と東洋人のあいだに生まれた「僕」と、西洋人でありながら中国で生まれ育ったイザベルは惹かれあい、夜ごとに古今東西の食人文化を語り明かした。ウィットに富んだカニバリズム薀蓄トークの果てに、イザベルと「僕」が選んだ愛のかたちとは。
イザベルの死の謎にまつわる導入をササッと終えたあと、澁澤の手帖シ
...続きを読むリーズかと思うくらい、おもしろカニバリズムエピソードが上流階級の男女の小気味いい寝物語というテイで延々と続く。原題は「僕は白い中国人を食べた」だったといい、「白い中国人」とは中国育ちの白人であるイザベルを指すのだが、恋愛(不倫)関係以上にこの周縁的アイデンティティによって語り手とイザベルが強く結びついているというのが本書のキモだ。
この小説における食人文化はヨーロッパから見れば「未開」の「野蛮」な生き方をシンボリックに表しており、イザベルと「僕」との会話のなかでは徹底的に肯定される。「僕」の先祖が食べられたという話すらもカニバリスト視点から語り、ブラックな笑いに変えているところは特に印象に残った(テンペストを下敷きにしたエピソードで、この二人は完全にキャリバンの味方なのだ)。カニバリズムを嬉々として語る二人のやりとりは、「文明的」な態度で自分たちを締めだす西洋社会への密やかな復讐だったということが読み進めるうちにわかってくる。
そして、本編と同じくらい面白いのが訳者による著者紹介。恥ずかしいことに私はクーデンホーフ光子という女性を知らなかったので、著者ハンスの来歴に驚くことばかりだった(EUの父と呼ばれている弟のリヒャルトも知らなかった!)。著者の人生を小説に重ね見るのはそんなに好きではないけれど、解説を読んだあとは語り手「僕」の優雅な物腰の裏にある切実さがより迫って感じられるような気がした。自身も複数のルーツを持つ訳者のハンスに対する思い入れの強さが伝わってくる文章だった。