1. 問いかけとタイトル
【読書体験記】祭りのあとに、もう一度未来を夢見るために。『万博100物語』
「未来」という言葉が、少しだけ古臭く、けれど愛おしく感じるのはなぜだろう?
2025年の熱狂が過ぎ去った今だからこそ響く、170年分の「人類の夢」の記録。
2. 出会いの文脈(プロローグ)
2026年1月、東京・新宿。
昨年の大阪・関西万博(2025年)の閉幕から数ヶ月が経ち、世間を賑わせた「ミャクミャク」の姿も、日常の風景の中に溶け込み始めていた。
私の中にあったのは、祭りのあとの独特な寂寥感だ。
賛否両論あった開催前、実際に訪れた時の圧倒的な熱量、そして訪れた静寂。
「結局、万博とは何だったのか?」
そんな漠然とした問いを抱えていた時、書店でふと目が合ったのがこの『万博100物語』だった。
1851年のロンドンから、2025年の大阪まで。
テクノロジーの進化史としてではなく、そこで笑い、驚き、あるいは怒った「人間たちのドラマ」として万博を描く。その切り口が、今の私の空っぽな心に何かの種火を灯してくれそうな気がして、私はこの本をレジへと運んだ。
3. 私を変えた「視点」(ハイライト)
この本が面白いのは、教科書的な「歴史」ではなく、徹底して「現場の生々しさ」にフォーカスしている点だ。特に私の心を鷲掴みにしたのは、以下のエピソードだった。
* 「エッフェル塔」はパリの恥だった(1889年 パリ万博)
今やパリの象徴であるあの塔が、建設当時は芸術家たちから「醜悪な鉄の塊」「パリの恥」と猛抗議を受けていたという話。新しい価値観は、いつだって既存の美意識との摩擦から生まれる。
* 「月の石」と「迷子センター」(1970年 大阪万博)
4時間待ちの「月の石」の熱狂の裏で、当時の最新技術を駆使した「迷子センター」がフル稼働し、迷子の子供たちを親元へ返し続けていた話。未来志向の会場で、最も切実に機能していたのが「人の絆」を守るシステムだったという皮肉と温かさ。
「万博とは、成功した見本市の記録ではなく、人類が『あがいた』痕跡の集積である」
読み進めるうちに、そんな核心が浮かび上がってくる。
4. 思考の対話(メインエッセイ)
ページをめくりながら、私は自分自身の記憶とも対話をしていた。
正直に言えば、昨年の万博に行く前、私は少し冷めていた。「今さら万博?」と。ネットで世界中どこへでも繋がれる時代に、わざわざ現地に行ってパビリオンに並ぶ意味なんてあるのかと。
けれど、この本にある19世紀の人々が「動く歩道」に腰を抜かし、1970年の人々が「ワイヤレスフォン(携帯電話の祖)」に夢を見たように、2025年の私たちもまた、あの場所で「理屈抜きのエネルギー」に当てられたのではなかったか。
本の中で紹介される数々の失敗談――動かなかった機械、予想外の雨、資金難――は、今の私にこう語りかけてくるようだった。
**「効率だけで未来は作れない」**と。
私たちはつい、スマートで無駄のない人生を正解としがちだ。しかし、過去の万博で提示された「未来」の多くは、当時の人々にとっては「滑稽で、無駄に巨大で、熱苦しいもの」だった。それでも、誰かが汗をかいて、恥をかいて提示したその「妄想」の延長線上に、今の私たちの暮らしがある。
この本を読んでハッとしたのは、**「未来は予測するものではなく、意志を持って『騒ぐ』ものだ」**という感覚だ。
冷笑するのは簡単だ。でも、泥臭く「これが未来だ!」と叫び続けた人たちの系譜に、私も連なりたい。読書中、何度も胸が熱くなったのは、きっと私がまだ「未来」を諦めたくないと思っている証拠なのだろう。
5. 未来への栞(エピローグ)
本を閉じると、新宿の街のネオンが少し違って見えた。
この景色もまた、かつて誰かが夢見た「未来都市」の成れの果てであり、同時にここから始まる次の未来への入り口でもある。
「祭りは終わったけれど、物語は続く」
この本から受け取ったバトンは重い。でも、それは心地よい重さだ。
明日は、少しだけ目線を上げて歩こう。そして、誰かに「そんなの無理だ」と笑われるような夢を、こっそりと、でも真剣に描いてみようと思う。
6. 記憶のアンカー(要約一文)
「未来とは、スマートな予測ではなく、泥臭い熱狂の果てに生まれる『予期せぬ遺産』である。」
たっくんからのご提案
この本に興味を持たれたなら、次は実際に1970年の大阪万博の跡地(万博記念公園)にある「太陽の塔」を再訪してみませんか? 本書のエピソードを噛み締めながらあの塔を見上げると、岡本太郎氏が込めた「ベラボーな」エネルギーが、2026年の今だからこそ、より鮮烈に響いてくるはずです。