なかなかに愉しく読んだ文庫本ということになる。出会うことが叶って善かったと思っている。漫画に着想を得て綴られた小説を集めた一冊ということになる。9篇が収められているので、各篇毎に順次読み進めるというような感じで愉しんだ。
「石ノ森ヒーロー」というような表現が在る。この『009』を含めて、幾多の“ヒーロー”の作品を手掛けた石ノ森章太郎に敬意を表し、その創造物であるヒーロー達を呼ぶ言葉だ。
幾多の作品に親しんでいる自身としては、「石ノ森ヒーロー」というのは「期せずして得てしまった常人離れした能力を活かして闘う路を自らの意思で択んで行く」という特徴が在るように思っている。幼少の頃から親しんだ『仮面ライダー』がそういう形で、そして初登場の時期がそれよりも以前である『009』もそうである。『009』には少しだけ長じた小学生時代から親しんでいる。
『009』は色々な形で、何度も作品の休止と復活を繰り返し、結果的に石ノ森章太郎が最晩年辺り迄作品を創り続ける、または創ろうとしていた。聞けば、最晩年に「何とか描きたい」と構想を練り続けていたのがこの『009』の新作であったのだという。旺盛な活動を続け、夥しい作品を発表し続けていた漫画作家の石ノ森章太郎の「代表的作品」として、真っ先に挙げても差し支えないのが『009』ではないかと思う。
『009』は、世界の紛争に裏から介入し、非常識な迄の超科学で色々な兵器を製造し、人類を陥れるようなことをして利得を得ようとする「黒い幽霊団」(ブラックゴースト)が在って、「黒い幽霊団」(ブラックゴースト)が世界中から拉致した人間を改造し、様々な凄まじい能力を有してそれを駆使することが出来るサイボーグを産出し、自分達の活動に利用することを画策した。その企ての最初期に「00ナンバー」と呼ぶ一団が産出された。“001”から“009”の9人である。この9人の改造に纏わる事等に協力してしまった科学者のギルモア博士は、彼らを引き連れて「黒い幽霊団」(ブラックゴースト)を離れ、彼らの企てを挫かなければならないと考える。そして9人は闘う路を択んで行くのである。
こうして「黒い幽霊団」(ブラックゴースト)に関連する事案やその他の事案に向かう9人が描かれるのが『009』だ。各人が協力して総力で事案に立ち向かうという物語も、何人かが関わった事案に関して別の何人かが援けに行くという物語も、メンバーの誰かが出くわす出来事という物語も在る。そして時代のテーマや、人生のテーマが織り込まれる。常人離れした能力を有するサイボーグというSF設定と相俟って、色々と奇想天外な事案が展開する。そして9人が能力を発揮するアクションが在るが、9人と同等かそれ以上の能力を持つサイボーグ集団と対決するような物語も在る。そういう作品が長く送り出され続けていた。
本書はそうしたことを踏まえ、9人の作家達が各々に「トリビュート」として綴った9篇の小説を集めた一冊だ。過去の作品に見受けられた様々な形が巧みに組入れられている。過去の作品を踏まえて、その事後の事や裏側や側面というようなことを想わせる物語も在るが、過去の或る時期に展開した独立的な物語を創っているという作品も在る。更に「半世紀以上を経て」と、現代や現代に近い年代を想定し、そこで活動している9人に関する物語というのも在る。その現代や現代に近い年代の物語だが、「半世紀以上を経て」いても9人は陳腐ではなく、アップデートが図られており、更に「イマドキの…」という問題提起めいたことも含む「『009』というのはこんな感じ!!」という様子で凄く好い。
本書の各篇は何れも凄く好いが、個人的には赤ん坊の肉体に凄まじい頭脳と超能力が閉じ込められている“001”の目線で語られる1984年のレニングラードを舞台にした物語、全身の武器で戦う“004”が仲間達と共に「半世紀以上を経て」いても蠢いた「黒い幽霊団」(ブラックゴースト)の残党に立ち向かった物語、そして他界したギルモア博士の知識や人格に依拠したAIである“ギルモアシステム”に関連する事案に立ち向かう9人という物語が殊更に好かった。恐らく、読む方の数だけ、こうした「個人的に気に入った」が出て来る、秀逸な作品集になっていると思う。
石ノ森章太郎が他界して四半世紀を経ていて、『009』の最初の作品が登場して60年にもなるのだが、各々の背景と特徴を有する多彩な主人公集団を擁して様々な形の物語を綴った本作は非常に奥深く、存分にアレンジして「今日の世界」での物語にさえなり得る。改めて「作品の力」に心動かされる。『009』に懐かしさを覚える方、ファンを自認する方に限らず、作品を知らない方にも「過去の豊かな拡がりを有する作品の設定等を活用したSF的な描き方の、時代を問う長過ぎない作品」として本書の各篇を御薦めしたいというように思う。