戸津井康之の作品一覧
「戸津井康之」の「終わらない戦争 復員船「鳳翔」“終戦”までの長き航路」「生還特攻~4人はなぜ逃げなかったのか~」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「戸津井康之」の「終わらない戦争 復員船「鳳翔」“終戦”までの長き航路」「生還特攻~4人はなぜ逃げなかったのか~」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
アジア•太平洋戦争でアメリカに対して重工業力、資源量、科学技術力の全てに劣る日本は、人命を投げ打つ、特攻作戦に手を染めた。空に陸に海に戦闘機やモーターボート、そして爆弾を自らが抱えるなどして、的に対して突っ込んでいくその姿は、我々戦後の平和しか知らない世代からすれば、想像も出来ず、また想像に絶する行為としか思えない。それらはイスラム過激派による車両やハイジャックした民間航空機を使った自爆攻撃にも例えられるなど、今なお、自らの命をも犠牲にする究極の攻撃方法は我々に恐怖感を抱かせる。勿論、現在のテロリズムに基づく攻撃と、かつての特攻を同列で語る事は、亡くなった特攻隊員やその遺族にとって甚だ失礼ではあるし、それをするつもりは毛頭ない。だが、窮地に陥った体制側の考える究極の攻撃方法である事は間違いない。かつての日本はそこまでアメリカによって追い込まれたし、それでも戦争を止めようとは思わなかった。そして国のため、天皇のため、愛する家族のため、自身の信念に基づき、更には命令により強制的になど、理由の如何を問わず、数千人の若者が戦場に散った。自らが抱えた爆弾が超至近距離で爆発するから、その言葉通り空気中に自らの肉体と共に「散る」。
本書はかつての日本が行ってきたこの特攻を体験しつつもさまざまな理由で生還を果たした、元特攻隊員4人へのインタビューから得られた、特攻の真実および、そこから現代に生きる我々が学ぶことの大切さを教える一冊である。教えるといっても、ただの行為としての記録として捉えて仕舞えば、それ以上のものは無い。実際にそこに従事し、一度は死を覚悟しながら、それを生き延びた数少ない証言者の言葉からは、その事実以上の生き様(死に様)の一端を窺う事ができる。今の感覚ではとても理解に苦しむ事かもしれないが、当時戦時下に於いて、自分自身や家族、大切な恋人、友人が今日か明日か死ぬかもしれないという時代。徹底した軍国教育で生まれながらにして戦争に勝つ事、戦争で自らを犠牲にする事が美しい事だと教えられた若者達。悲しいかな彼らは操縦桿を握り、爆弾を抱え、最後の瞬間まで大切な何かを守ろうとし、若い命の火を最大限まで輝かせ、そして消えていったのである。こう書きながらも勿論私自身がそうした体験をしたわけでも無いし、前述した様にこの平和な世とは全くかけ離れた世界を想像するには限界がある。だからこそ、こうしたその後を生きた人々の証言に耳を傾ける事は非常に重要な事だと思うし、将来に向かって平和を維持し続けるために必要な知識であると感じる。
大量の爆弾を抱えて日本上空10,000メートルを悠々と飛び回るアメリカの超大型爆撃機B29。それに挑み、自らの戦闘機「屠龍」を体当たりさせた操縦士の野辺重夫軍曹、そして後部座席で野辺に命を預けた高木伝蔵兵長。本書はその2人の壮絶な特攻シーンから物語を始める。彼らが激突の瞬間まで何を考え、そして後世に何を伝えようとしたか、今となっては誰も真実はわからない。だから、その後を生きた4人の証言を聞きながら考えるのは我々自身である。
Posted by ブクログ
世界初の空母「鳳翔」は、呉港空襲を生き残り、
戦後、復員船として新たに生まれ変わる。
本書は、海軍通信兵・山本重光の復員船・乗務員としての日々を取材し、
また、同じ任務についていたそれぞれの証言も拾いながら、
復員船に焦点を当てる。
終戦後、海外に残された、日本人は、軍人民間人を合わせ、
660万人が取り残されたという。
当時の日本の人口が7200万人だったことを考えれば
1割にあたる。
山本は「鳳翔」で赤道を8往復し、いわゆる南洋の人びとを救い、
旧満州へも向かう。
「鳳翔」が引退・解体されると、小型の海防船に移り、
復員船の仕事を続けた。
当時ハタチそこそこの若者は、自ら、この道を選んでいる。
というのは、敗戦時、上官から「長男は帰れ。次男以下は船に残って欲しい」と
言う言葉に応じ、後には上官から「おまえは大学へ行け、あとは俺たち年配者が
引き受ける」とまで言われたのに残り続けたのだ。
それは復員船に乗り込んでくる人たち、ガリガリに痩せた復員兵、
笑顔の全くない引き揚げ者・・・
を連日、見続けたからだろう。
このあたり、当事者でなければ、わかりえることではない。
今まで、引き上げの苦労は、さまざまな本やメディアで見聞きしてきた。
でも、そのための手段については意識していない。
「引き揚げ船」に乗り込んだ・・・で、おしまい。
その船が、どんなものであり、どんな人びとが動かしていたのかなど
考えたことも無かった。
その乗務員とて人生ががあり家族がいるのに。
しかも俸給は雀の涙。
かつて北米航路の豪華客船だった氷川丸が、
病院船となり、後に復員船として船の命を終えたことは
おぼろに聞いたことがある。
今、山下公園で、ふたたび、豪華客船時代の姿に修復を施され、
美しい姿を見せる、あの船だ。
まだまだ知らないことばかり。
体験者が存命のうちに・・・と時間との勝負だ。