渡部宏樹の作品一覧
「渡部宏樹」の「コンヴァージェンス・カルチャー」「ファンたちの市民社会 あなたの「欲望」を深める10章」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「渡部宏樹」の「コンヴァージェンス・カルチャー」「ファンたちの市民社会 あなたの「欲望」を深める10章」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
すごく深い本なのに、終わりの方になるまで、全然的を絞れず読み続けていた。
タイトルの「ファン」、さらに はじめに で出てくる「推し」という言葉、
さらにAKB48の「ヘビーローテーション」、マドンナの「ライク・ア・ヴァージン」
ときて、完全に混乱。
はやり言葉の「推し」の研究本なのかと、、、
そのせいでぼやーっと読んでいたのだが、ふと気づく。
欲望、快楽がテーマなのでは?と。
あ、サブタイトルに書いてある。
資本主義のもと「これを買えば幸せになれますよ」と、欲望、快楽を押し付ける。
どうやってこの魔の手を逃れ、自身の欲望に素直になれるか、生きていけるか、
それを問うている本だった。
そのために、現実もフィクションである、と著者は言う。
男女、人種、国籍、、、一見わかりやすいようで、
実はそんな単純ではない。スペクトラムに分かれている。
・・・これを単純化する連中が、今や政治を動かす。トランプがその最たる例だ。
結果少なからぬ人が傷つけられることになる。
主張する人は自分は安全な場所にいると思っているが、いつどうなるともわからんのに。
これは哲学本なのか?
幅が広すぎて、、、
消化しきれなかったが、すごい本、いい本だとはわかった。
はじめに なぜファンの欲望と快楽を考えるのか?
「私」を守るためにファンになる/ファンダムの欲望と快楽の「悪さ」…
〈第Ⅰ部 欲望と快楽を育てよう〉
第一章 あなたの欲望を大切にしよう
アイドル文化を見下してはいけない/男に媚びたマドンナ?…
第二章 感じたことを誰かに話してみよう
ヤフコメとツイッターを見るジョーカー/社会運動の出発点としての怒り…
第三章 欲望に形を与えよう
資本主義の中で自分の欲望を練り上げるDIY文化/レイス・ベンディングとコスプレ…
第四章 人に教えたり教えてもらったりしよう
セーフキャストの非現場主義/遊びと社会運動…
第五章 「キモい」自分を生きよう
主体化とレイシズム/「キモい」欲望とどう折り合いをつけるか?…
〈第Ⅱ部 現実を二次創作しよう〉
第六章 システムにゲリラ戦をしかけよう
「この商品を買うとあなたは幸せになりますよ」と資本主義は囁く/性的欲望を共有するコミュニティー…
第七章 支配欲を変形させよう
異世界転生とコンテンツ・ツーリズムと観光の悪さ/公共の場で萌え絵を見せたいとしたらそれはなぜなのか?…
第八章 英雄のいない世界を作ろう
安倍首相によるポピュラー文化の利用/インターネット時代における感情の政治とポピュラー文化の動員…
第九章 自炊して盗み、盗まれよう
自炊は文化の盗用か?/盗まれる実践としての自炊…
第一〇章 楽しい殺し合いができる相手を育てよう
在野の研究者としての武道家/記号的コミュニケーションとしての殺し合い…
おわりに 楽しい推し活をしよう
「現実」というフィクションを通して生きる/悪さを引き受けることと成熟…
Posted by ブクログ
2006年に初版、2008年にペーパーバック版が販売された、Henry Jenkins『Convergence Culture:Where Old and New Media Collide』の邦訳書。邦訳が出版された2021年の時点から見ると、15年以上前に存在していたメディアの風景は「過ぎ去ったもの」のような印象を持つものもあるし、メディアテクノロジーが可能にする市民参加についてやや楽観的なのではないか、と思える部分もある。
しかしそれでも本書は、2023年の現在でも、読む価値がある。いや、時を隔てた今だからこそ、ここに記述されたファンたちの活動とメディア産業、そして宗教右派を含めた様々な宗教や政治との関わりの具体的なありように、学ぶべきところがあるように思う。
原題の副題「Where Old and New Media Collide(旧メディアと新メディアが衝突するところ)」にあるように、本書で焦点が当てられるのは、2000年代前半に旧メディアと新メディアとが出会い、混在する中で出現した様々な動きである。
著作権をめぐる攻防とそれを逆手にとったような企業戦略、知識コミュニティ化したブランドファンたちと企業の関係、「何を(どのようなメディアで、どのように発話されたものを)政治的に『正当な』発言とするか」をめぐる攻防など、どれも、現在も、対象や文脈を変えながら生じている様々な出会いや衝突を想起させるものばかりだ。
SNSの隆盛以降、新メディアの動向とその活用のされ方にばかり注目があたりがちな現在だからこそ、あらためて、旧メディアと新メディアとがいかに出会い、衝突し、そこで何がおきているのか、を考える必要があるように思う。
本書はその議論の出発点を与えてくれるのではないか。
Posted by ブクログ
ただ資本主義経済に流されて消費するような推し活ではなく、まっすぐ自身の欲望に向き合い、そこから生じる結果を引き受けつつ楽しい「推し活」をしましょうと啓蒙しアジテーションする一冊。
この本では、英語圏における「ファン研究」をベースにファン活動と市民活動を結びつけて語られていく。何冊か「推し活」についての本を読んだがこの方面の分野は読んだことがなくて、概念を読み込むのに時間がかかったのが実際のところだ。特に飲み込みづからかったのは、「イメージに縮減された他者を利用することの根源的な悪さ」というフレーズ。人間は言葉を使う以上、どんなに気をつけても他者をイメージに縮減してしまう、ここまでは分かる。けれどもそれがどう悪さを振るうのか、他者に記号的暴力を振るうということがどういうことかというのが結局のところ観念的で、私には理解しづらく感じた。