作品一覧

  • 対立と協調が生んだ大河ドラマ 新日本プロレスVS全日本プロレス半世紀闘争 1972ー2025

    対立と協調が生んだ大河ドラマ 新日本プロレスVS全日本プロレス半世紀闘争 1972ー2025

    ビジネス・実用

    -
    1巻2,530円 (税込)
    新日本VS全日本「50年超の闘い絵巻」の全貌! 始まりは馬場vs猪木! いずれも1972年に旗揚げされた新日本プロレスと全日本プロレス。両団体の関係を振り返れば、まさに日本プロレス栄枯盛衰の真実が浮かび上がる。50年を超える闘い絵巻を繰り広げてきたのだ。 両巨頭が対立した時代、果てしなき引き抜き戦争が勃発。所属選手、外国人レスラーが両マットを行き来し、時に蜜月期を迎えたかと思えば、また裏切りが発生する。 そんなBI時代が終焉すると、協調路線も生まれた。リング上の闘いでは、三銃士と四天王がしのぎを削り、両団体ともに平成のプロレスブームを牽引したのである。 99年に馬場が逝去し、全日本は分裂。それでも、新日本との対抗戦で踏みとどまった。企業戦争から共存共栄へと時代は変わり、元号も令和となった。2022年、猪木もこの世を去る。 これからの半世紀がまた幕を開けたのだ。 【第1章】猪木が新日本、馬場が全日本を旗揚げ! 【第2章】BI対立が生んだプロレス黄金時代 【第3章】企業戦争の中で馬場&猪木のBI砲復活 【第4章】仁義なき引き抜き戦争から蜜月へ 【第5章】新日本に激震!その裏で馬場は… 【第6章】馬場が本気で新日本潰しに! 【第7章】企業戦争の果てに歩み寄った馬場と猪木 【第8章】長州の新日本Uターンで再び緊張状態 【第9章】BI対立時代の終焉 【第10章】黒船SWS襲来に協調路線で対抗 【第11章】時代は闘魂三銃士、四天王に 【第12章】新日本最強神話崩壊!そして馬場逝去 【第13章】全日本の看板を守った新日本 【第14章】武藤・全日本vs蝶野・新日本 【第15章】企業戦争から一致団結の時代に 【第16章】新日本一強時代を経て両団体は…
  • 馬場・猪木をもっと語ろう!

    馬場・猪木をもっと語ろう!

    ビジネス・実用

    -
    1巻880円 (税込)
    『昭和プロレスを語ろう!』で好評を博した小佐野氏と二宮氏がジャイアント馬場・アントニオ猪木という、昭和プロレスの熱狂を支えた両巨頭を語り尽くす! 日本プロレスを牽引した二人がやがて袂を分かち、色合いの違うプロレス道を歩いた足跡や名勝負を振り返りながら、その裏にあった二人の本質的違いなどなども探る。 日本のプロレスを作った力道山の愛弟子として昭和プロレスを牽引したジャイアント馬場・アントニオ猪木の両雄。しかし1971年12月、突如として「猪木追放」の衝撃的ニュースが駆け巡った。それ以降、全日本の馬場、新日本の猪木として対立を繰り返した二人。果たして二人の本当の関係、本当の姿とは? 「信頼の馬場、疑心の猪木」「知られざるBI協定」とは? 馬場が猪木に語った最後の言葉とは? ――プロレス界を超えた不世出の二人をとことん語り合ったファン悶絶の書。

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  • 至高の三冠王者 三沢光晴<電子特別版>

    至高の三冠王者 三沢光晴<電子特別版>

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻1,870円 (税込)
    <電子特別版> 紙書籍に未収録の【電子書籍化によせて】を追加した電子特別版です。 幼少期、アマレス時代、2代目タイガーマスク、超世代軍、三冠王者、四天王プロレス……自然体でプロレスに心身を捧げた男の青春期。 関係者たちの貴重な証言を交えながら三沢光晴の強靭な心も解き明かす! 「本書は、純プロレスを貫き、プロレスファンを魅了した、三沢光晴を分析・検証するものである。それは〝三沢光晴〟というフィルターを通して、80年代、90年代の全日本プロレスを描くことでもある。また、三沢の一生涯を描くのではなく、あえて1998年5月1日の東京ドームにおける川田利明戦までに焦点を絞った。なぜかは最後まで読んでいただければご理解いただけると思う」(著者より) (著者プロフィール) 小佐野景浩(おさのかげひろ)…1961年9月5日、神奈川県横浜市鶴見区生まれ。幼少期からプロレスに興味を持ち、高校1年生の時に新日本プロレス・ファンクラブ『炎のファイター』を結成。『全国ファンクラブ連盟』の初代会長も務めた。80年4月、中央大学法学部法律学科入学と同時に㈱日本スポーツの『月刊ゴング』『別冊ゴング』の編集取材スタッフとなる。83年3月に大学を中退して同社に正式入社。84年5月の『週刊ゴング』創刊からは全日本プロレス、ジャパン・プロレス、FMW、SWS、WARの担当記者を歴任し、94年8月に編集長に就任。99年1月に同社編集企画室長となり、2002年11月からは同社編集担当執行役員を務めていたが、04年9月に退社して個人事務所『Office Maikai』を設立。フリーランスの立場で雑誌、新聞、携帯サイトで執筆。コメンテーターとしてテレビでも活動している。06年からはプロレス大賞選考委員も務めている。主な著書に『プロレス秘史』(徳間書店)、『昭和プロレスを語ろう』(二宮清純との共著/廣済堂出版)、『独学のプロレス』(ウルティモ・ドラゴンとの共著/徳間書店)、『永遠の最強王者 ジャンボ鶴田』(小社刊)などがある。
  • 永遠の最強王者 ジャンボ鶴田<電子特別版>

    永遠の最強王者 ジャンボ鶴田<電子特別版>

    ビジネス・実用

    4.3
    1巻1,870円 (税込)
    <電子特別版> 紙書籍に未収録の【電子書籍化に寄せて】を追加した電子特別版です。 「普通の人でいたかった怪物」 今でも根強い“日本人レスラー最強説”と、権力に背を向けたその人間像に迫る! 天龍源一郎、長州力、川田利明、田上明、小橋建太、渕正信、秋山準、佐藤昭雄、和田京平、鶴田恒良(実兄)、池田実(日川高校バスケ部同級生)、鎌田誠(元中大レスリング部主将)、磯貝頼秀(ミュンヘン五輪代表)他、当時のコメントと多くの新証言をもとに、誰もが踏み込めなかったジャンボ鶴田の実像に、元『週刊ゴング編集長』小佐野景浩が初めて踏み込んだ大作。 「鶴田の何が凄かったのか、その強さはどこにあったのか、最強説にもかかわらず真のエースになれなかったのはなぜなのか、総合的に見てプロレスラーとしてどう評価すべきなのか――などが解き明かされたことはない。 もう鶴田本人に話を聞くことはできないが、かつての取材の蓄積、さまざまな資料、関係者への取材、そして試合を改めて検証し、今こそ“ジャンボ鶴田は何者だったのか?”を解き明かしていこう――」(著者より) 【著者プロフィール】 小佐野景浩 (おさの かげひろ) 幼少期からプロレスに興味を持ち、高校1年生の時に新日本プロレス・ファンクラブ『炎のファイター』を結成。 『全国ファンクラブ連盟』の初代会長も務めた。 『週刊ゴング』創刊からは全日本プロレス、ジャパン・プロレス、FMW、SWS、WARの担当記者を歴任し、94年8月に編集長に就任。 以後、同社編集企画室長、同社編集担当執行役員を務め、2004年に個人事務所『Office Maikai』を設立。 フリーランスの立場で雑誌、新聞、携帯サイトで執筆。 コメンテーターとしてテレビでも活動している。 2006年からは、プロレス大賞選考委員も務めている。
  • 独学のプロレス

    独学のプロレス

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻1,683円 (税込)
    日本デビュー31周年記念出版 ジャパニーズ・ルチャを世間に広めた元祖「逆輸入レスラー」が語り尽くしたワールド・クラスのプロレス論。 メキシコ、日本、WCW、WWE… 世界中を飛び回る究極龍はなぜ、オファーが絶えないのか?  セルフプロデュース術からサイコロジーまで、プロレスビジネスのリアルに迫る! 「日本のメジャー団体出身ではない彼がどうやってプロレスを学び、ジャパニーズ・ルチャを確立し、 指導者及びプロデューサーとしてのプロレス頭を培い、世界に通用するワールドクラスのプロレスを身に付けたのか? 今回の出版にあたって、共著という形でタッグを組ませていただき、 彼の歴史を掘り起こしながらプロレス観、ビジネス観、旅することで培ってきた感性と世界観に触れることができたのは本当に幸福な時間だった」 (小佐野景浩氏による「あとがき」より)
  • 昭和プロレスを語ろう!

    昭和プロレスを語ろう!

    ビジネス・実用

    3.5
    1巻990円 (税込)
    元・週刊ゴングの名編集長・小佐野氏とプロレスファンとしても知られる二宮氏がジャイアント馬場・アントニオ猪木から、藤波、長州、鶴田、天龍、タイガーマスクまで、人々を熱狂させた昭和プロレスを数々の名レスラー、名勝負を語りながら懐かしみ、さらにはその本質論、タイガージェットシンなどのヒール論にも迫る。

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ユーザーレビュー

  • 永遠の最強王者 ジャンボ鶴田<電子特別版>

    Posted by ブクログ

    プロレスファンで集まると必ず出るのが誰が1番強いか?
    196センチの長身でバスケットボールオリンピック代表候補に見切りをつけ数ヶ月レスリングを始めてオリンピックに出場なんて考えられない身体能力を持った
    ジャンボ鶴田
    当時最強の外国人レスラーのハンセン、ブロディー
    と体格と共に互角に戦い、天龍との抗争など凄まじい試合をやっていたのだがどうしてもプロレスラーらしい荒くれた態度、ふてぶてしい風貌がなく淡々と試合をこなしている感があり熱いプロレスファンにはどうしても物足りず圧倒的に強いのはわかるが…僕もそんな感じに思っていたが1989年あたりから、三沢、川田、田上、小橋ら若手が伸びてきてその強すぎる鶴田に向かっていく姿を暑く応援し熱狂してました
    今回の書籍にあたり色んなレスラーからインタビューをもらってますがみんなやはり鶴田のパワー、持久力、体感、誰に聞いても最強という
    あとは後輩も呼び捨てにしない優しすぎる面とか第一線から退いて大学教授になったりとか色んな一面を知ることができ僕の中のジャンボ鶴田最強伝説がまた色濃くなりました
    最強でも勝てなかった病が本当に残念でなりません


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    2026年07月06日
  • 永遠の最強王者 ジャンボ鶴田<電子特別版>

    Posted by ブクログ

    本の見た目の分厚さと、ページ数の多さ(592ページ)にたじろいではいけない。
    なぜなら、プロレスに関して“ずぶの素人”の私のような者でも、デビュー前から引退までの間で次々と現れる鶴田の作り物でない本物の伝説に読む手が止まらず、最後には「鶴田こそ歴代日本人最強レスラーだ!」という熱い思いを著者と共有できるようになったから。

    そもそも私はプロレスに対する一定の考え方を持っていて、つまり、プロレスを「①スポーツ」「②ショウ」「③パンクラチオン(死闘)」を頂点する三角形のちょうど重心の位置にあるものと思っている。だからプロレスはスポーツではないとか、あれはショウだという議論は無意味だ。言い換えればどれにも当てはまると言える。つまり、3つのテリトリーの一部を含みつつも独立したジャンルがプロレスだと言えるのではないか。

    こう考えると、アマレス出身の鶴田がデビューからしばらくはプロレスから少し浮いた中途半端な状態だったという記述も理解できる。なぜなら当初の鶴田はスポーツの方に寄りすぎていたということだ。だが鶴田が天才的だったのは、天性のパワー、センス、テクニックによってスポーツの枠を軽く越えて、「ショウ」と「パンクラチオン(死闘)」の領域を自分なりに取り込めたこと。(だと思う。)
    一方で、私がプロレスをテレビで見ていた80年代は、プロレスが「ショウ」の方に片寄り出して一種の見た目の派手さ(いわゆるパフォーマンス)を競い始めた時期だったと思っている。だがそのころの鶴田はその恵まれた体躯からも実力者なのは間違いないものの、彼のプロレスの中に一種の「無難に置きにいったかのようなソツの無さ」を私は素人目で見ていた。

    でもこの本を読んでよかった。鶴田のプロレスが無難だなんて大間違いだった。アグレッシブで、試合巧者。そして何よりも「観客に今ある最高のプロレスを見せるために自分がやれること」を流されることなく周到に体現できる人だったのだ。そして私がなるほどと改めて納得できたのは、鶴田の対戦相手の多くが鶴田を「疲れ知らず」とコメントしていることだ。もちろん疲れない人間なんて存在しない。では鶴田はどうしていたかというと、自分の攻撃によって荒れた息を何と相手の攻撃を受けながら整え、スタミナを回復させていたというのだ。攻撃の派手さが売りのレスラーの多くが試合後半に進むに従い疲労が蓄積するのとは逆に、岩盤が鉄板になるかの如くにマットの上で威容を強めていく鶴田の姿を想像してほしい。「怪物」と呼ぶに十分な資質ではないだろうか。

    先にも書いたように、私はプロレスについては完全な素人なので、鶴田vs.長州、天龍、三沢、川田、etc.との具体的な戦いのほとんどが、今は記憶に残っていない。だが本書343ページからの「第9章 鶴龍対決」は一気に読めた。私が思い出したのはマンガ「柔道部物語」(小林まこと作)。主人公の三五とライバルの西野とが金鷲旗高校柔道大会での直接対決(再戦)で事実上の日本一を競うまでに至る一連の描写は、まさにジャンボ鶴田と天龍源一郎との闘いそのままでは、とも思えた。たとえば決勝大将戦で三五と西野とが無駄な組み手争いをせずに瞬時に組んだところは、鶴田と天龍とが見せたという「バシッというタイアップ(全日本の選手はロックアップではなくタイアップと呼ぶ)だけで迫力があった」という本書の描写にも重なる。そして三五と西野の双方が時には相手の意表を突いた技を仕掛けるなどの丁丁発止のやり取りや、最後の紙一重での劇的な勝利の瞬間など、「小林先生、もしかして、鶴龍対決を下敷きにしているのじゃないでしょうね?」と、ほくそ笑んでしまった。

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    2024年03月10日
  • 永遠の最強王者 ジャンボ鶴田<電子特別版>

    Posted by ブクログ

     鳴り物入りのデビュー、大物外国人とのタイトルマッチ、AWA世界王者としてのサーキット、インターから初代三冠王者。間違いなくスターであり、トップレスラーではあったが、現役時代はファンの声援を一身に集めるレスラーとは言えなかった。”プロレスに就職します”など、今では当たり前の考え方かもしれないが、レスラーの生き様を投影する当時のファンたちには凄さの表現力が不足しており、支持されなかった。天龍革命、超世代軍によって徐々に引き出されていったのも、立ちはだかる壁としての、ある意味ヒールとしての表現だった。そして突然の病による入院から第一線を退く。鶴田最強説の由縁はレスラーとしての歴史そのものだった。同世代の長州、藤波、天龍と異なる不世出のレスラーだった。と同時に、その生きざまはまさしくプロレスラーだった。

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    2023年01月29日
  • 至高の三冠王者 三沢光晴<電子特別版>

    Posted by ブクログ

    渡部のコメントが素晴らしかった。三沢と大人になりきる前に共同生活を送り、ともに尋常じゃないレベルの汗と涙を流した、銭金なしの関係があり、そしてその後も変わらぬ付き合いが続いてこそ、ああいうコメントができるのだろう。渡部に追悼コメントを促す佐山の言葉も深い。
    その意味で川田との関係も渡部と同じ。余人にはわからない独特なものである。

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    2022年07月19日
  • 至高の三冠王者 三沢光晴<電子特別版>

    Posted by ブクログ

    「至高の三冠王者」三沢光晴。
    週刊ゴング編集長として、また同世代の友人として、取材し続けた筆者が、その軌跡を丹念に綴った。

    リング上での衝撃の逝去から13回忌に、リング上での三沢の活躍と苦悩を徹底的に描き尽くした。

    母子家庭で苦労し抜いた少年時代。

    プロレスラーになるために進学した、アマレスの強豪校足利工業大学付属高校。

    全日本プロレス入門。

    越中詩郎、冬木弘道、ターザン後藤らと切磋琢磨した若手時代の佐藤昭雄からの教え。

    メキシコ修行時代。

    2代目タイガーマスクの苦悩。

    ターニングポイントとなった天龍源一郎戦、ジャンボ鶴田戦。

    マスクを脱いで、鶴田超え。
    そして、超世代軍の結成。

    川田利明、小橋建太、田上明との、四天王プロレスは至高のプロレスへ。

    初の東京ドーム進出。

    四天王プロレスの終焉とプロレスリング・ノアの旗揚げ。

    リング上の戦いが全て。
    会場にきたファンを満足させること。

    「さりげなく命懸け」との帯のコピーが、胸に迫る。

    渾身の文章と、鮮やかなグリーンの本の装丁が、在りし日の激闘を蘇らせる。

    0
    2022年02月21日

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