火山灰に埋もれていたおかげで大量の埴輪が良好な保存状態で残されていた群馬県の保度田古墳群、その調査に当たった若狭徹氏による埴輪解説書である本書は、同古墳群で発掘された品々の解説を序章で展開し、それを元に全国的な埴輪の分布状況、年代特定、埴輪の意義などを論じていくかなり本格的な内容となっている。予備知識なく読んだだけでは理解しづらい内容が多いため、同著者による『もっと知りたいはにわの世界』や朝日新聞出版『楽しく学べる はにわ図鑑』を読んでおくことを強くお勧めする。
埴輪の発掘において一番重要なこととは何か。私は漠然とそれぞれの埴輪の形状的特徴や想定される年代こそ重要だと思っていたが、筆者は「発掘された位置」こそが最も大事な部分だと述べている。これはその後の展開でわかることだが、埴輪の利用目的がなんであったかを解明するためには、それぞれの個体の特徴を調べるのではあまり意味がなく、むしろそれぞれの埴輪を使って何を表現したかったのかを調べる必要があるとのことであった。これは目からウロコで、博物館に置かれている状態でしか物品にお目にかかることのない我々には想像にも至らないところであった。実際のところ、古墳が王の存命中から建設されていたのに対し、埴輪は王の死後に急ピッチで製作が進められたとのことである。顔の造形や線の粗さもあり、正直あまり質が良いと思ったことのない埴輪であったが、大量生産に適した穴窯でスピードを意識した手法で作られていた事を知って合点が入った。無論「挂甲の武人」のように国宝に指定されている逸品もあるが、埴輪それ自体に価値があるわけではない。むしろ埴輪という形代を使って、亡くなった王の生前の事績を再現することに古代人は重きを置いていたと言ってよい。
治水や灌漑に関わる水に関わる神聖な儀式、王位の正当性を示す猪狩り、武人として出兵する場面、貴族の嗜みとして鷹狩に興じる姿、こういった王が関わった複数の場面を埴輪を使って演出し、顕彰することが目的であったとするのが著者の主張であり、そのため再現される場面の全てに王を表す埴輪が配置されているという。最初は俄かには信じ難かったが、足を省略して作られている人物埴輪によって表現される場面の全てに両足を持った埴輪が一人か二人のみ配置されているという説明を見る事で理解に至った。王や、それに準ずる臣下など上位の人物のみに全身表現が適用される埴輪の特徴を理解することで、それぞれの埴輪を配置していた理由がはっきりと見えてくるのである。
埴輪の年代、製作された窯の特定といった専門的な部分の解説も詳細に為されている。製作場所の特定には窯跡から見つかった廃棄品や未完成の品々に残された、埴輪の形成に使ったヘラによる溝の広さをそれぞれの古墳から見つかった埴輪のものと比較することで特定していくのだという。これだけでも気が遠くなるような作業に感じられるが、X線装置を使って土や鉱物の組成を調べたり、形状の特徴を分析したりなど実際はさらに多くの手順を踏んで特定に至るらしい。地方の古墳や埴輪の研究がなかなか進まない話を聞いてなぜだろうと疑問に思っていたが、たった一つの埴輪の特定のためにここまでの手間がかかることを考えれば頷ける話だった。我々歴史ファンは研究者の方にはまったくもって頭が上がらない。感謝の限りである。
動物埴輪の特徴、特殊器台から円筒埴輪への変遷の流れ、首長クラスの女性の埴輪の解説、大和に反旗を翻した磐井の勢力圏にて見つかった埴輪とは違う古墳の装飾品「石人」についての言及など、埴輪や古墳だけに止まらず、派生知識や当時の勢力図も含めた広い視野を持って展開される主張や解説は強い説得力があり、付け焼き刃ではない本物の知識を得たい人にはうってつけの書籍となっている。著者があとがきで述べていることだが、埴輪を知って「かわいい」と思ったあなた、そのかわいさの奥に潜む深淵の世界に足を踏み入れてみては如何だろうか。その際には本書が何よりも頼れるガイドとなること間違いなしだ。