ユーザーレビュー 戦争の記憶 コロンビア大学特別講義 学生との対話 キャロル・グラック 歴史について考える際に歴史と記憶に分けるアプローチは新鮮でした。 歴史を自国に都合のいいように記憶として解釈するのは世界共通であり、簡単に他国の歴史認識を批判するが、歴史や記憶は相対的であり時代と共に変化し得るもの。 つい自分たちの理解が正しいと思ってしまうが、戒めのために歴史を学ぶ際に常に置いてお...続きを読むきたい1冊。 Posted by ブクログ 戦争の記憶 コロンビア大学特別講義 学生との対話 キャロル・グラック 私が本を読む理由の一つは「なぜ戦争が起こるのか」それを一つの方向からでは無く、各国=多数の折り重なる歴史の中から原因を探ってみたいと考えているからだ。だから著者の国籍に関係なく戦争に関する本を兎に角読み漁り、地政学や時には人間の心理を知るために心理学や精神医学の本まで漁っている状況だ。私はインターネ...続きを読むットやテレビからの情報収集はあまり好まない(とは言えNHKだけは会話ネタとして観る)。理由は判りやすい映像や他人が話す言葉は、頭で考えるよりも感覚的に入ってきてしまい、ともすれば何も考えなくても記憶に焼きついてしまう。真実を導き出すのは自分の頭で考える行為しか無いと考えているからだ。書籍は嫌でも視覚から入ってくる文字を一度頭に焼き付け、前後の文脈やそれまでの流れの中から筆者の意見や主張への理解を導き出そうとするとから、自分の頭をより使うことになっている。読んでいて違和感を覚えればよく考えている証拠であり、素直に次の文字を期待する時は筆者の意見を過去の自分の知識と照らし合わせて、新しい考えや考えの補強として受け容れている証拠だ。本を読むことは私にとって考える時間だ。 本書は戦争に関する歴史認識がどの様に形成され、本来どうあるべきかについて、学生達との対話形式で一緒に考えていくような構成になっている。ふと気付くと私もまるでその場で一緒に授業を受けている感覚に陥る。参加するメンバーは日本人だけでなく(コロンビア大学で行った)、韓国人、中国人、アメリカ人、インドネシア人など多岐にわたる。これは授業の主要なテーマが「第二次世界大戦」と呼ばれる世界規模の戦争を対象にしている事にも関係するようだ。その中でも日韓で問題になる慰安婦問題、日米の太平洋戦争における主要な解釈の隔り、さらに中国の抗日戦争などいくつかテーマを絞って議論が進められる。 本書を最高評価した理由は、もちろん結果的に発生し終結という結果をもたらした事象に対して、世界中の国々の抱える問題、さらに国家間の対立、各国の国内問題など要因が複雑に絡み合っていると言う当たり前だが理解が難しい理由を改めて考えさせてくれるきっかけになった事が挙げられる。判っているものの第二次世界大戦という呼び方すら、アメリカやイギリスの呼び方であり、日本なら大東亜戦争や太平洋戦争、中国は最近抗日戦争と呼び始めるなど国により様々だし、もっと言えば開始された年度も全く異なっている。これは国ごとに捉え方が全く違うという事を改めて考えさせられた。 次に現在我々の頭の中にあるものが果たして「歴史」なのか「記憶」なのかという事。私は本書でこの考え方に触れた瞬間、何か長年考えてきた事の答えを探す手法を一つ見つけた感覚に陥った。そうなのだ、私の知っている歴史もたかだか数百冊の記述から得られたものであり、メディアや教科書から入ってきたもの、父が戦時中の記憶として話してくれた事、言わば寄せ集めた「記憶」にしかすぎない。これは大半が「記録や歴史」では無く記憶なのだ。そしてそれらをわかりやすく四つの領域に分けて考えている。国が政治的に導く「公的(オフィシャル)」、新聞や民放各局のメディアが、出版社が伝える「民間」、そして父のように実際の体験者や戦時の栄養不足が要因となり父親を失った母などから聞く「個人」、そして何が真実かを議論するような場・誌面などを第三者的に眺めることによって入ってくる「メタ・メモリー」。私の記憶もこれら四つの領域から入ってきたもので形成されており、しかも私が過去に触れてきた範囲からしか形成されていない。 筆者はそこに警鐘を鳴らす。一つの国や立場から作られた歴史は、決して各国共通の記憶にはなり得ないのである。それぞれの考え方や立場を尊重し、聞く耳を持たなければ、それは単に南京虐殺を完全否定する日本人や世界中に慰安婦像を立てる韓国人の気持ちなどはわからないのだ。ついつい我々は教えられたもの、見たもの聞いたものを一つの真実として捉えがちだ。またそれに合わない考え方を誤りと決めつけ受け容れようとしない。この態度こそが現在の日中韓の歴史認識問題の根本的原因であり、日米戦争におけるヒロシマの原爆肯定感に対する対立的な考え方の元になっている。勿論私は原爆自体を全く肯定するつもりはないが、そう考えるアメリカ人を否定しようとは思わない。広島の被爆者に哀悼の意を示しながら、アメリカで我が子を失った母親の気持ちも理解する。 そういった多角的な歴史の見方を学ぶべきであり、さらにそこから私たちが負っている責任が何であるかを考える必要がある。日本の中でさえ、戦時生まれ、戦後高度成長期に入った時代、私のような沖縄変換後に生まれた昭和世代、そして平成・令和に青春を謳歌する世代と、それぞれ学んできたことも違う。世代の差を超越した理解や国境を越えた理解がこれからの世界の平和を齎すのは間違いない。テレビをつければ各国首脳が過去の他国からの侵略を非難し、ナショナリズムを掻き立て、更には自国の不満を他国への憎しみにより伏せようとする姿が映る。本書を読み終わった読者達はきっとそれを見て違和感を覚えるだけでなく、今その国の背景を知ろうとする人間になっている事だろう。 私の人生のテーマに大きなヒントを与えてくれた本書に感謝する。 Posted by ブクログ 戦争の記憶 コロンビア大学特別講義 学生との対話 キャロル・グラック 戦争の「歴史」として一般に語られるのは「記憶」であって、事実として公式に記録された「歴史」ではない。「記憶」は国や立場、年齢などの違いで異なる内容であり、それは変わってゆくものでもある。自分たちや他国・他者の「記憶」が、それぞれどのように作られてきたものか(個人の経験、公式の記録、マスメディア・・・...続きを読む)意識することで、自国・他国の歴史を尊重する視点を持てるし、過去の出来事に向き合った上で良い未来を築く責任が私たちにはあると。 ときどき、身近な人たちがごく自然に他国の人に対して酷い発言をするのを聞き「この人のこの考えはどこからきたものか」と不思議に感じることがある。それが個人の直接的な体験から来たものだと知り納得できたり、なんとなく想像できる場合もあるのだけど。 そのようなことに限らず、自分の考えがどう形成されてきたのかは常に意識していないと危険。正しいと思ってもそうでないことは意外と多いような気がしているし、いろんな本を読んで気づかされることも多い。 この本は、バックグラウンドの大きく異なる学生たちそれぞれから見た「歴史」の違いが具体的に語られ、とてもわかりやすかった。若いうちに実際にこういう勉強して、たくさん考えた人たちが政治家になってほしいのだけど。 #戦争の記憶 #コロンビア大学特別講義 #学生との対話 #キャロルグラック #講談社現代新書 #読書 #読書記録 #読書記録2022 #NOWAR Posted by ブクログ 戦争の記憶 コロンビア大学特別講義 学生との対話 キャロル・グラック 戦争は無くなれ、と、こうした本を読むと常に思うが、無くならないのは何故か? 戦争をしたいかと聞かれたら、みんなしたくない、あって欲しくないと答えると信じているが、戦争に踏み切る人々がいるのでしょう。 この本にあるように若い世代の様々な国の出身者を交えて世界中でこうした対話をして、歴史を学ぶと少しずつ...続きを読むでも良い方へ向かうように思いますね。 学生の一人が感情的になり過ぎずに冷静な議論ができたと言っていて、良い人材だと思いましたね。 日本ももっとこういう教養のあるやり取りをしていく仕組みや機会を多く産まれることを祈念します。 自分も頑張ろー!! Posted by ブクログ 戦争の記憶 コロンビア大学特別講義 学生との対話 キャロル・グラック 自分が知っている歴史上の事件の情報がどこからきているものか振り返り、記憶と歴史を区別して考え、物事が起きた複雑な背景を整理・理解する作業の大切さが、今いかに求められているか、ちょうど隣国の中傷を煽る社会風潮の中で、立ち止まって皆に読んでほしい1冊になりました。 Posted by ブクログ キャロル・グラックのレビューをもっと見る