鹿子裕文の作品一覧
「鹿子裕文」の「へろへろ ──雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
- 作者をフォローする
- フォローすると、この作者の新刊が配信された際に、お知らせします。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
「鹿子裕文」の「へろへろ ──雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
小説・文芸
Posted by ブクログ
一万円選書で手にして、積読になっていた本。
はちゃめちゃでパワフルな人たちが特別養護老人ホームの開所にこぎつけるまでの話なのだが、介護の話ではなく、介護施設の話。
自分が普段手に取るものとはずいぶんテイストが違うので最初は読みにくさも感じたのだが、このへろへろワールドに馴染んでいくと、どんどんとページをめくっていくことになった。
話に出てくる人たちはどの人も個性的だし、ちょっと変わっているけど、多分、人として大事なものを持っている。そして、決してバカではない。
下村さんの「もらっていいお金」の発言や、村瀬さんの住民説明会での「これからの老い」の話だったり、その節々に、芯のようなものを感じる。
決して華々しくはなくて、憧れられるようなものでもなく、とても地道なもの。お金のつながりとは違ったつながりが、そこには確かにあると思えた。
Posted by ブクログ
制度があるからやるのではない。施設が作りたいからやるのではない。思いがあるからやるのではない。夢を実現したいからやるのではない。目の前になんとかしないとどうにもならないような人がいるからやるのだ。その必要に迫られたからやるのだ。それは理念ではない。行動のあり方だ。頭で考えるより前にとにかく身体を動かす。要するに「つべこべ言わずにちゃちゃっとやる!」のだ。
.
介護に疲弊した家族が、涙を浮かべながら窮状を訴えるとき、施設はその存在意義と力量を問われる。専門職として、その専門性が試される。この仕事を生業とする者が、今、自分たちに何ができるのかを突きつけられる。
.
自分が実際目にして、耳にして、鼻でにおいをかいで、そして心の奥で感じたもの。人と人とが顔を合わせ、たわいもない会話を交わしていく中で自然に育まれていく、情のようなもの——そういうものを大事に思う人たちがいる。
.
もらっていいお金と、もらってはいけないお金がある。意味のあるお金と、意味のないお金がある。自分たちの力と呼べる力と、自分たちの力とは呼べない力がある。間違っていることと、間違っていないことがある。その違いがわからなければ、僕が何を間違おうとしていたのかはわからない——。
.
臆病風に吹かれなければ、事は少しずつ動き出す。大切なことは、申し訳ないと思う気持ちを、ありがとうという気持ちに変えることだった。それができれば自然と腹は据わってくる。調子に乗ることもなければ、間違うこともなくなっていく。
.
思えば「自己責任」という言葉が「老い」という不可抗力の分野にまで及ぶようになって以降、人は怯えるようにしてアンチエイジングとぼけの予防に走り出した。のんびり自然に老いて、ゆっくりあの世へ行く。それを贅沢と呼ぶ時代が来てしまったのかもしれない。とにかく国は生存権に帰属する介護問題を、サービス産業に位置づけ、民間に託して解決を図る道を選んでしまった。(中略)サービスとはつまり、手間という手間をひたすら金で買い続けるしかない代行システムのことなのだ。
.
僕はとても個人的な人間だし、団体行動も苦手で、人の役に立とうと思ったことは特にない。今だってそうだ。僕が今も「よりあい」と付き合っているのは、そうした志があるからではない。単に下村恵美子や村瀬孝生、そして若い職員の人たちと仲良くなってしまったからだ。そういう友だちみたいな人に「ねぇ、ちょっとお願い!」と頼まれれば、僕は嫌とは言わない。それが友だちというものだからだ。
.
地位とか名声とか、そういうものが欲しくてやっているわけじゃない。やるべきことがそこにあるから、それをやることでしか前に進めないから、ただそのことだけを懸命にやっている。そのシンプルさが、なぜか人を魅力的な顔にしていった。
.
贅沢が言えるわけではないから、集まってくるのは年代もデザインもすべてバラバラのものたちだ。けれど不思議なことに、こうして集めてうまく組み合わせていくと、その雑多さが逆に落ち着いた雰囲気を醸し出し始める。人と一緒だ。同じような顔をした人たちしかいない世界は案外つまらない。それに居場所を無くしかけたものでも、集う場所がどこかにあれば、もう一度やり直すことができる。
.