●第1の変革経路(産業化先行アプローチ)は、顧客体験が業界平均程度で、デジタルディスラプション(デジタル化による破壊的影響)の脅威が高くない企業にとって合理的な選択である。第1の経路を主導するのはCIOがふさわしい。
●第2の変革経路(顧客志向先行アブローチ)は、顧客体験が平均を大きく下回っていて、 改善を後回しにできない状況、または新たな競合相手の脅威がある場合に適している。経路2を主導するのは、顧客体験の向上に熱心で、デジタルに精通している役員がふさわしい。
●第3の変革経路(階段的アプローチ)は、顧客体験は特別優れたものではないものの、大きな効果が得られることが明らかな取り組みの場合に適している。まず顧客体験向上の取り組みから始め、その後、業務効率化に重点を移し、これを繰り返す。経路3を主導するのは、顧客体験と業務オペレーションのどちらにも関わるCDO(最高デジタル責任者) が適任だろう。
●第4の変革経路(新組織創設アプローチ)は、企業が生き残るため、あるいはチャンスを逃さないために、現在の企業文化や顧客体験、業務オペレーションを素早く変革する方法を見出せない場合、合理的な選択と言える。通常、新たな組織のリーダーの任命権限を持つCEOが経路4を主導するのに適している。
複数の経路で変革を進めている企業において変革を管理する上で何が重要になるのだろうか。統計的に検証すると、最も変革が進んでいる企業は、以下の3つの活動を非常にうまく行っていることが分かった。
1.コーチングとコミュニケーション志向の醸成:複数の経路による変革は、通常複雑すぎて一元的に管理することは難しいため、従業員それぞれが変革に積極的に参加し創造性を発揮することが求められる。成功のためには、企業は指導統制型の管理スタイルから脱却し、ピジョンと計画を伝え、成功の方法を教える必要がある。
2.複数商品をまたいだ顧客体験の重視: 商品自体の統合は困難であるものの、顧客の問題を解決するには、複数の事業部門の商品やサービスを組み合わせて提供しなければならない場合が多い。それぞれの事業部門で別々の変革経路をとっている場合、複数の商品にまたがる顧客体験をつくるのはより難しくなる(新商品やサービスのモジュールをどのように連携させる必要があるかを考えてみるとよい)。だからこそ、顧客体験担当のトップなどによる特別な配慮と調整が必要なのである。商品・サービスをまたいだ顧客体験を特に重視すれば、それぞれの体験をシームレスにつなげることによって統合された顧客体験を提供できるだろう。
3.イノベーションの活用:複数の経路による変革は難易度が高い一方で、イノベーションの成果が別のイノベーションに利用される(再利用される)ことが増えるため、全体としてより大きなイノベーションの効果が期待できる。複数の経路をうまく連携させることができれば、イノベーションからより多くの価値が得られる。
4つの爆発的変化
・意思決定権限
・新たな働き方
・プラットフォーム思考
・組織体制の外科手術
我々の最新の調査では、全産業の約25%の企業が変革経路1を採用している。これらの企業は概ね良質な顧客体験を提供しており、今後5年でデジタルディスラプションの脅威にさらされる収入は最も小さいものの、それでも相当な額になると考えている。デジタル化を進めなければ収入は5%減少すると見込んでいるのだ。経路1は、フューチャーレディ・フレームワーク上ではアイスホッケーのスティックを横に倒したような形であり、(左から右方向へ)真っすぐに伸びる柄の部分と、先端が(上方向へ)曲がったフックのように見えるブレード部分の2つの段階でできている。このため、価値の蓄積が少ない最初の段階で大きな脅威に晒されるりスクを考慮すると、脅威の影響が相対的に小さいことが重要になる。2つの段階とは、業務オペレーションのデジタルモジュール化やAPI連携を通じたブラットフォーム化能力を構築する段階(柄の部分)と、その能力を用いて素早くイノベーションを繰り返す段階(ブレードの部分)である。組織能力の構築には時間がかかるものだ。顧客体験の面で後れを取っている企業には経路ーだけで進む余裕がないことが多い。
興味深いことに、変革経路を選ぶ企業の割合は業種によって差が見られる。例えば、我々の最新の調査によると、製造業や重工業では平均を大きく上回る35%の企業がこの経路を選んでいる。これらの企業にとって、業務効率を飛躍的に向上させることを優先するというアプローチが取り組みやすいということだろう。一方、教育関連、非営利団体、政府系企業では、経路ーを選択したのはわずか6%で、銀行や保険会社も同じような割合だった。経路を選択する企業の割合が最も高かったのはテクノロジー関連の2%で、概してこれらの企業は、まずプラットフォームを構築あるいは再構築し、それを活用して優れた顧客サービスを生み出している。
多くの場合、経路を選択しているのは、顧客サービスをシンプルにし、コストを削減するための新たな組織能力を構築する時間的余裕のある企業である。プラットフォームには専門的な定義があるが、ここではプラットフォームを単純に捉えることにする。自社が得意とするごと、自社が飲むよりも秀でていること、その見込みがあること、すなわち競争優位の源泉となるものが、低コストで信頼性が高く、再利用可能で標準化されたデジタルサービスの形で実装されているものだと定義する。
リーダーが重視すべきこと
変革経路1に沿って変革を順調に進め、フューチャーレディとなるためにリーダーに求められる最も重要な責務は、自分たちが進んでいる経路について従業員に繰り返し明確に説明し続けることである。従業員は経路1にはプラットフォームの構築とその後のイノベーションの加速という2つの段階があることを正しく理解しておかなければならない。それぞれの段階で注力すべき価値創出と爆発的変化の種類は異なる(図3-3参照)。
変革経路2(顧客志向先行アプローチ)では顧客を感動させることを目指す。全社から様々な専門性をもつ人材を集めて組織横断チームを作り、デジタル技術、有用なデータ、新たな働き方を駆使して、顧客を惹きつけ感動させるようなイノベーションを起こすというものだ。大半の会社ではこの手法はとてもうまくいっており、ほとんどの顧客を満足させることができている。顧客は新しいサービスが大好きなので、顧客体験に関するスコアが上昇することになる。
ネット・プロモーター・スコア(NPS) が20ポイント以上上昇し、それに伴い売上高成長率が向上することも珍しいことではない。フューチャーレディ・フレームワークの、統合された顧客体験の象限に移行した企業は、サイロとスパゲッティの象限にいる企業の平均値と比べ、売上高成長率で(業界平均と比較して) 9・6ポイント高く非常に大きな差が出ている。
組織横断チームはこれまでにないやり方でイノベーションを起こし、新規サービスを提供することで顧客を感動させる。しかし、このようなイノベーションは個別に行われているため、
商品・サービスやシステムの複雑性の問題をまったく考慮しておらず、状況をさらに悪化させ、 顧客対応コストを押し上げることになる。また、変革経路2では初めのうちは社内の各部門に負担をかけることになる。例えば、カスタマーサービス担当者は、複数のサービスやチャネル、 システムにまたがる顧客体験を統合して提供しなければならず、いつも大変な目にあっている。 組織横断チームは大抵の場合、イノベーションを個別に生み出していくものの、この種の問題を解決しようとはしないからである。そのためカスタマーサービス担当者は、よりよい顧客体験を提供するために、いくつものシステムを飛び回って、データや商品コードを記憶し、サイロとスパゲッティの状況にその場しのぎで対応することになる。また通常、IT部門もこれらの新サービスを統合し、安定的に運用するか、少なくともサービス間の互換性を確保しなければならないため、負荷がかかってしまう。そして財務部門はかかったコストを査定する役目を負っており(実際には行われないことが多いが)、経路2で変革する場合、その難しさに直面することになる。
変革がある程度進むと、上級役員層は変革の重点を業務効率化に移し、組織をフューチャーレディ・フレームワーク上で右方向に移動させる。この時点ですでに顧客を感動させるという目的を達成しているので、大抵の場合、業務オペレーションの効率化は変革経路1(産業化先行アプローチ)のデジタル化砂漠の時期よりも容易に進められる。
我々の最新の調査では、全企業の約18%が変革経路2を第一に選択している。概してこれらの企業には、顧客体験を飛躍的に向上させたいという願望やニーズはあるものの、経路1に沿って、全社を挙げて新たなデジタルサービスを提供するための組織能力を構築する時間の余裕かない。こう考えるのは、多くの場合、今後5年間で収入の大半がデジタルディスラプションの脅威にさらされると認識しているからである。
変革経路2における課題の1つは、顧客対応に関わっているすべての部門が(それぞれの場面での)顧客体験を改善するためなら、局所的なイノベーションを優先してもよいと考えていることだ。こうした考えは、自分は創造性を発揮し、顧客に新しい価値を提供しているという高揚感を生む。顧客体験に注力すれば、ほとんどの場合、ネット・プロモーター・スコア (NPS)が向上し、売上高が増加するため、このやり方には「中毒性」があると言える。経路 2において企業は顧客からの価値を蓄積・測定している。さらに、多くの企業は、パートナーのデジタルサービスの中から必要なものを選んで、自社のチャネルに取り込むことで、早期にエコシステムから価値を引き出すことができる。そのため、これまでうまくいっていたことをさらに推し進め、局所的なイノベーションへの投資を加速させてしまいたくなる。そして、次もこのようなイノベーションをうまく進められれば、さらに顧客体験は向上し、収入は増加するだろう。
しかし、業務から価値を引き出すためのデジタル化に重点を移していかない限り、こうしたイノベーションプロセスを続けても成果は次第に減っていくことが明らかになっている。4回目のイノベーションで、1回目ほど良い成果が得られることはないだろう。これは、すでに複雑化している業務プロセスやテクノロジーの上に、さらに何層ものシステム、特に局所的なシステムを積み重ねた結果、コストが増加し、対応スピードが低下してしまうためである。さらに悪いことに、経路2は従業員体験という点では4つの経路の中で最悪である。なぜなら、顧客ニーズを満たすためにシステムからシステムへと飛び回らなければならないため、従業員の認知負荷が高まるからだ。そして、新サービスは雪崩のように襲いかかり、カスタマーエクスペリエンスの担当者は次々と新しいことを学んで、今までの知識と統合しなければならないのである。経路2を選んだ企業では、カスタマーエクスペリエンス担当者の不満や、燃え尽き症候群に陥る割合が最も高いということが分かっている。
図4-1 セメックスは爆発的変化にいかに対処したか
● 意思決定権限
・CEOが全面的に関与し、顧客体験向上のための集中投資を主導
・変革をコントロールする責任をエグゼクティブコミッティに移管
・デジタル開発チームに、より高い自律性を付与
● 新たな働き方
・顧客中心主義に基づいた活動にも、効率的な業務オペレーションと安全性に関する既存の規律を適用
・よりアジャイルで、協調的で、仮説検証を繰り返し、上下関係にとらわれないというデジタル思考を全社に浸透させるための研修を実施
・変革の足並みを全社で揃えるため、上級役員向けのエグゼクティブ教育プログラムや経営層主催のワークショップを実施
● プラットフォーム思考
・エンド・ツー・エンドのカスタマージャーニーをカバーするマルチデバイス対応の統合デジタルプラットフォームを開発
・業務プロセスとソリューションを標準化し、シャドーITを排除
・「セメックスゴー」の外部開発者向けプラットフォームの立ち上げに続き、APIを利用したオープンなエコシステムを模索
● 組織体制の外科手術
・IT部門をデジタル化推進部門 (顧客向け) とグローバルITオペレーション部門(社内向け)の2つに分割
・各地域に顧客体験を統括するオフィスを設置し、デジタルに特化した機能(顧客体験とデザイン、デジタルアーキテクチャーなど)を新設
・「持続可能性と事業と業務オペレーション開発」、「デジタル・組織開発」の2つの部門を新設
出典)同社役員へのインタビューと社内資料
■図5-2 KPNは爆発的変化にいかに対処したか
● 意思決定権限
・変革に関する権限をCEOから委譲讓
・すべてのビジネスプロセスの再設計、ITアーキテクチャー、システム開発機能を事業部門からデジタル部門に一元化
● 新たな働き方
・フロントエンド人材の内部化を進め、250もの「最高にアジャイルな」 (自律的、 機能横断的、かつ権限を持った) チームを設置
・従業員がクラフトマンシップ (職人気質)を持ち、学び続けることを重視。顧客志向かつデータに基づく行動特性の浸透
・ほぼすべての公式な報告・承認制度を廃止
● プラットフォーム思考
・API接続を可能にするデジタルエンジンを開発し、レガシーサービス機能をすべての開発者に開放
・KPNにおけるIT環境のオープンソース化と独自のクラウドソリューションへの移行を担当するインフラおよびプラットフォームチームを設置。開発者に対してできるだけ自動化するよう奨励
・スパゲッティ構造のITを新たな(簡素化された) バックエンドシステムに置き換え
● 組織体制の外科手術
・商品の80%を廃止し、プロセスを整合させることによって、サイロを破壊
・デジタル部門の管理職を9割削減
出典) 同社役員へのインタビュー、社内文書
■リーダーが重視すべきこと
経路4で変革を巧みにリードするには、バランスをうまく取らなくてはならない。スタートアップのような情熱と意欲を持ち、旧来の業界視点ではなく顧客の問題ドメインに重点を置いたソリューションを提供する必要がある。サービスを迅速に開発し、顧客から認められ、徐々にソリューションを構築し、パートナーを迎え入れて補完的な商品やサービスを提供する。これらは旧来の感覚では、破壊的行為とも言える。親会社には通常、新たなビジネスを立ち上げるにあたっての制約があり、ガバナンスに関する制約や物事の進行を遅らせる何重もの承認や調整という制約を課してくるものである。反面、大企業の傘下にいることで、顧客にアクセスできたり、データや様々なリソース、人事やテクノロジーなどのサービスを利用できたりするなど、数多くのメリットを受けられる。
この変革経路で成功するには、リーダーは、新たな働き方、組織体制の外科手術(再設計)、 意思決定権限の明確化という3つの爆発的変化に最初から取り組まなければならない(図61 4参照)。その後、リーダーは先端技術を活用して成功したエコシステム企業に学び、プラッドフォーム思考を養う必要がある。プラットフォームは最初は完璧なものにはならないだろうから、再構築する必要が出てくるだろう。
その際、プラットフォーム思考があるのとないのとでは大きく違ってくる。経路4で成功した企業は、現在の経営陣にこだわらず、新部門のCEOを任命することが非常に多い。この種の事業立ち上げの経験があり、それをもう一度繰り返すことに意欲的で、新しくて純粋なフユーチャーレディ文化を築き上げてくれるような人材が必要なのだ。親会社とのやり取りは、経営陣の他のメンバーに任せることもできる。
変革経路4では、業務オペレーション、 顧客、エコシステムの3つの源泉からどのように価値を引き出すのかを早いうちから検討することが重要である。複数の源泉から同時に価値を獲得することと、それを実行する能力を持つことが必要であるという点が、デジタル新組織と既存企業を隔てる大きな違いである。経路4ではダッシュボードの構築が特に重要となる。なぜなら、価値の創出と獲得にあたっては軌道修正が発生することが多いからである。チームもそのような変更に迅速に対応できるよう少人数にすることが多い。
デジタルを理解している取締役が1名以上いればよいわけではない。我々の調査によると、デジタルに理解のある取締役が3名以上いる企業だけが、高い業績を上げている。
■フューチャーレディ組織能力の構築
業務オペレーションに関する能力
①モジュール志向、 オープン、アジャイルになる
②両利きになることを追求する (コスト削減とイノベーションの両立)
顧客に関する能力
③複数商品・サービスをまたいで素晴らしい顧客体験を提供する
④パーパス志向になる
エコシステムに関する能力
⑤エコシステムのリーダーまたは参加者になる
⑥ダイナミックな(かつデジタルの)パートナーシップを推進する
基盤的な能力
⑦データを戦略的資産として扱う
⑧適切な人材を育成し、定着させる
⑨個人とチームの行動を会社のパーパスにリンクさせる
⑩スピーディな学習を企業全体で促進する