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ユーザーレビュー

  • ホモ・ルーデンス 文化のもつ遊びの要素についてのある定義づけの試み

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    さいきんまたフットサルをやりはじめて、そのなかでどうして部活動の練習・試合はあんなに苦痛だったのだろう、という問いが頭をもたげて、(部活動に限らないが)ボールを蹴ることの喜びを増幅させるはずの勝敗やルールという装置が目的化してそれにそぐわないプレーはそのひと自身を批判される対象に仕立てあげてしまうからではないか、ということを考えて、そのあたりを掘り下げるために遊びのことをもっと知らなければならないと思い、手にとった。遊びは利害とは無縁の、時間と場所が区切られたもので、そこには(それを遊びとして成立させるために決して無視されてはならない)規則があり、対立的な要素をもつことが多い。そして遊びには道

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    2026年07月21日
  • ホモ・ルーデンス 文化のもつ遊びの要素についてのある定義づけの試み

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    ネタバレ

    古典である。半世紀前に読んだ記憶はあるので再読である。裁判や戦争や国会での議論も遊びということでくくっている。日本の俳句も一部引用している。学生は読んでみてもいいだろう。

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    2026年03月31日
  • ホモ・ルーデンス 文化のもつ遊びの要素についてのある定義づけの試み

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    遊びから文化が生まれるならば、今の時代からは文化は生まれないな、と。
    面白い視点でした。読みにくかった。

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    2025年01月13日
  • ホモ・ルーデンス 文化のもつ遊びの要素についてのある定義づけの試み

    Posted by ブクログ

    すべての文化は遊びからはじまっているのではないか。
    ホイジンガの問いと解釈は非常におもしろい。

    日々の生活に照らしあわせると、会話や仕事、ファッションや散歩。乱雑に思い浮かべるだけでも遊びの要素はたくさんある。

    すべて、と言い切ってしまっていいものか。
    感覚的には、すべてのことに遊びが、と言いたいが、それは危険だろう。
    しかし、ものごとに遊びの要素を見出すのは大切だと思う。

    発展させれば、物事に遊びの要素を付け加えるということも、またいいのではないか。

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    2020年09月30日
  • ホモ・ルーデンス 文化のもつ遊びの要素についてのある定義づけの試み

    Posted by ブクログ

    ヨハン・ホイジンガ(1872~1945年)は、オランダのフローニンゲンに生まれ、ライデン大学の歴史学教授として、広く西欧にその名を知られた文化史家である。1938年に発表された本作品のほか、『中世の秋』(1919年)などの著作を残している。
    ホイジンガは、「遊びは真面目な機能を果たしていて、人間文化の本質的基盤と密接にかかわりあっている」として、人類は「ホモ・サピエンス(知恵ある人)」ならぬ「ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)」であるといい、本書の題名を付けたのである。そして、本書の中で、いったいどの程度まで文化は遊びの現象で説明されうるか、遊びと文化の関係はどのくらい密接かを明らかにしようとしている

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    2019年11月23日

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