あなたには、「怖いトモダチ」がいますか?
(*˙ᵕ˙*)え?
多い少ないこそあれ、それを知り合いという言葉まで広げればこの世のすべての人に『トモダチ』の存在があります。その関係性は人それぞれでしょう。ほんのちょっとしたキッカケから知り合った先に一生涯深い繋がりをもつ関係性が築かれる場合もある一方で、二度と顔も見たくないと、離れていく場合も少なくないと思います。なかなかに『トモダチ』との関係性も難しいものだと思います。
さてここに、そんな『トモダチ』との関係性の先に一人の女性の姿を浮かび上がらせていく物語があります。
・『ああいうのを、カリスマっていうんですかね』。
・『人の心を...続きを読む 操る達人ですからね』。
・『ものすごく苦しんで、悶え死んで欲しい』。
『トモダチ』に対するさまざまな思いが浮かび上がるこの作品。16人の人物が次から次へと”証言”を続けていくこの作品。そしてそれは、”16人の証言”のその先に「怖いトモダチ」の実像に読者が恐怖する”ミステリー”な物語です。
『読者のみなさんへ。
これから私は、とある「トモダチ」について、
関係者への聞き取りを始めます。
「いい人」、「悪魔」、証言は食い違う…
本当のことを言っているのは誰で
トモダチは一体、何者なのか?
知れば知るほど謎が深まる
ミステリーの世界へようこそ。』
一人目の証言: 『こんにちは。面談、今終わったの?わたしはこのあと。久し振りだよね、学校行事、ぜーんぶコロナで飛んじゃったから…』と話し始めたのは『隆(りゅう)くんママ』。『わたし、ちょっと気になってるんだよね、木下先生のこと』と語り始めた『隆くんママ』は、『オンライン授業』で『板書が間違ってるのを指摘』されたことで『そんな言い方されたら、先生、悲しい気持ちになりますっ』と反応した木下のことを『小学二年生相手に、教師があんな言い方するって、ありえる?』と話題にします。『来年こそはいい担任に当たりますように』と話す『隆くんママ』は、次に『在宅勤務が増えて』きたことで『オンライン・サロン』に入ったという話題を持ち出します。『中井ルミンさんて人が主宰してるサロン』と説明する『隆くんママ』は、彼女は『エッセイを一冊出してる』、『すっごく素敵な考え方をする人』、『彼女の書いたものを読んでると、目からウロコがポロポロ落ちて、世界が広がる』と中井ルミンのことを説明します。そして、『彼女の本「あなたはもっと輝ける!」』を『貸してあげる』と続ける『隆くんママ』は、この本を読んだことで『ネガティブな感情や思考と向き合えるようになった』と続けます。本を読んで『気に入ったら、オンライン・サロンにも参加してみたらいいよ』と続ける『隆くんママ』。
二人目の証言: 『サロンへの入会を検討中だということでしたよね。だったらわたしなんかじゃなくて、現役の会員に訊いたほうがいいんじゃないですか?…辞めた人に訊きたいことがある?へえ、何でしょうか?』と話し始めたのは『元サロン会員S』。『ルミンさんのブログ』が『入会したきっかけ』と話す『元サロン会員S』は、『辞めた理由』は『トラブルがあったわけじゃな』く『月三千円の会費がきつくなっ』たという『経済的な理由』だと続けます。『ルミさんですか?あの人は、すごい人です。ああいうのを、カリスマっていうんですかね』と話す『元サロン会員S』は、『わたし以外に、あのサロンを辞めた人』を『一人だけ、知って』いるとも話します。しかし、『退会理由』は『入会検討中の方に、あまり余計なことは言いたくないなあ』とも話す『元サロン会員S』。『ここだけの話にしてもらえます?端的に言えば、出禁になったんですよ…ちょっと一線を越えちゃった人だったんで』と話す『元サロン会員S』は、その原因が『退会した女性』が書いた『大石キラリ公式ブログ』にあったと説明します。『ルミンさんて、カリスマ性がある反面、ものすごく傷つきやすい人らしくて、その誹謗中傷ブログを読んで、半月くらい寝込んじゃった』とも話す『元サロン会員S』。
三人目の証言: 『あのう、メールくださったの、あなたですか?…どうも、はじめまして』と挨拶するのは大石キラリ。『ブログは放置してるんで。読んでくれる人がいたなんて、感激しちゃった』と語る大石は『で、ご用件は何ですか?わざわざ会わないといけないなんて、ちょっとびびってるんですけど』と続けます。『えっ、中井ルミン?知りませんよ、そんな人』と初めは否定から入った大石ですが、『オンライン・サロンの元メンバーから聞いた?ああ、そういうことですか』と反応が変わります。『その人もサロンを辞めたんですか?ってことは、わたしみたいに、あの悪魔にやられたクチかな。違います?』と逆に聞いてきた大石は、『もしかして、あなたもそうですか?あの悪魔に何かされました?』と続けます。そして、『とある「トモダチ」』の正体が徐々に明らかになっていく?『ミステリーの世界』を垣間見る物語がはじまりました。
“あなたは見破れる?16人の証言をもとに大人気エッセイストの正体を暴け!16人のさまざまな証言をもとに、女の正体にせまる1作。女は一体何者で、なぜ嗅ぎ回られているのか…?読めば読むほど謎が深まり、ゾッとするラストは頭から離れない…。「怖いトモダチ」、ひょっとしたらあなたの隣にもいるかもしれませんよ…?”という内容紹介に恐怖感が募るこの作品。顔のど真ん中を楕円形にくり抜かれた女性と対峙する右手を上げた女性の姿が不気味に描かれた印象的な表紙が頭から離れなくもなります。
そんなこの作品は、本の帯にも記された”16人の証言から浮かび上がる女の正体”、”彼女は悪女 or 聖女?”という言葉に集約された物語が展開していきます。そんな物語の特徴は”16人の証言”によって明らかになっていく『女』=『トモダチ』=中井ルミンに視点は移動せず、中井ルミンのことを話す人たちの言葉の中から自然と中井ルミンという人間の実像が浮かび上がってくるという手法をとっているところです。似たような想定を取るものとしては柚木麻子さん「伊藤くんAtoE」、川上弘美さん「ニシノユキヒコの恋と冒険」、そして瀧羽麻子さん「さよなら校長先生」などが挙げられます。いずれも本来主人公となるべき人物に視点が移動せず、あくまでそんな人物を知る側の人間たちが話す言葉の中に当人のイメージが浮かび上がっていく物語です。そして、この岡部えつさんの作品も中井ルミンと何かしらの関係がある人物たちが章ごとに中井ルミンについて語っていきます。その点では上記した三つの作品と同じような考え方とも言えますが、一方で大きく異なるのが、岡部さんの作品では、”16人の証言”を聞いて回る人物(”女X”とします)が設定されているところです。まずは、それがわかる表現を見てみましょう。
・隆くんママ: 『こんにちは。面談、今終わったの?わたしはこのあと』
→ “女X”は『隆くんママ』のママ友であることがわかる
・元サロン会員S: 『サロンへの入会を検討中だということでしたよね』
→ “女X”は『サロンへの入会』を装って元会員だった人物へ接触したことがわかる
・大石キラリ: 『あのう、メールくださったの、あなたですか?』
→ “女X”は、『元サロン会員S』からの情報を元にして、大石キラリへ接触したことがわかる
“女X”と三人の人物との関係性を見てみましたが、この作品は中井ルミンとは何者なのか?を探っていくメインストーリーの他に、読めば読むほど気になり出す”女X”の正体を追い求める物語でもあるのです。これは間違いなく面白いです。それぞれの章において16人の人物たちは”女X”に向かって語りかけます。それは、形式的には”女X”を介したものですが、この作品を読む読者に向かって語りかけてくるものでもあります。また、”女X”が、中井ルミンの実像を浮かび上がらせていくそれぞれの面々とのやり取り、こちらもよく練られています。上記で3つの作品を取り上げましたが、この特徴はそれらには全くみられないものであり、この作品ならではの魅力です。そんな”女X”の正体は作品後半で中井ルミンという人物の恐ろしさを倍増させるように明らかになりますが、このレビューではこの程度としておきたいと思います。これから読まれる方には中井ルミンだけでなく、”女X”にも是非注目してお読みいただければと思います。
さて、では、中井ルミンという人物がどのような人物なのかを複数の人物の語りの中に見てみましょう。
● 中井ルミンってどんな人?(好印象編)
・『オンライン・サロン』を主宰。『エッセイを一冊出してるんだけど、すっごく素敵な考え方をする人なんだ。彼女の書いたものを読んでると、目からウロコがポロポロ落ちて、世界が広がる』 by 隆くんママ
・『とてもいい人で、わたしたちをぐいぐい引っ張りながら、思考トレーニングをしてくれる』、『ずっと胸につかえていたものを、次々に言語化してくれる』 by ゆうきくんママ
・『一言で言えば真面目ですよ。真面目過ぎるくらい、真面目な人。責任感も強いし、努力家だし、他人に優しく自分に厳しい。頭もいい。非の打ちどころがなかった』 by 富野道隆(元夫)
いかがでしょうか?とても前向きな評価が並んでいます。元夫の『真面目』、『責任感も強い』、『努力家』といった表現からは中井ルミンに対する印象が極めて良くなります。一方で『隆くんママ』の『書いたものを読んでると、目からウロコがポロポロ落ちて…』という表現には若干きな臭いものを感じるところはあります。しかし、全体としてはイメージは悪くありません。では、次に逆の証言を見てみましょう。
● 中井ルミンってどんな人?(悪印象編)
・『あの悪魔に何かされました?』 by 大石キラリ(元サロン会員)
・『憎い。今すぐ死んで欲しいわ。ものすごく苦しんで、悶え死んで欲しい』 by 優美(元クラスメイト)
・『この世には、息をするように噓をつく人間がいるって、知ってます?…それですよ。ブログに書いてあることも、嘘ばかりに決まっています』 by 沙世(元クラスメイト)
いかがでしょうか?”好印象編”からは全く想像もできない言葉が並んでいます。『悪魔』、『死んで欲しい』、そして『息をするように嘘をつく』とまで言われる中井ルミンとは一体何者なのか?証言者は、中井ルミンとの関係性を振り返りその思いを聞き役でもある”女X”に切々と吐露していきます。そして、それと同時に読者の中には間違いなく中井ルミンという女に対する恐怖感も湧き上がってきます。
そして、物語にはさらに興味深い仕掛けが用意されています。それこそが、視点こそ移動しないものの中井ルミンが記した『エッセイ』が”小説内エッセイ”という形で記されているのです。一つだけ見ておきましょう。
『中井ルミンのエッセイ「マウント」
先日のオンライン・ミーティングのテーマが「マウント」だった。… 先日、仕事のために、ある専門知識が必要となった。たまたま知り合いに、その専門分野で働く人がいたので、教授を願うことにした…わたしはまず、彼女にその仕事の概要を訊ねた。さして難しい質問ではない。しかし、そのとたんに、彼女の表情が曇った。あれ?と思ったが、理由がわからなかったので、もう一度同じ質問をした。すると、こんな、思いもよらない返事がきた。「概要と言われても、困ります。ご存じのように…」』
ここで取り上げた『エッセイ』のテーマは『マウント』です。『自分のほうが優れていると相手に示す行動のこと』を指すその言葉で表される状況は、この『エッセイ』に先立つ『とある人物』の証言とも関連していくものであり、その証言の次にこの『エッセイ』が置かれることで読者はその意味するところ、その背景にあるところを理解していきます。これが極めて絶妙です。”16人の証言”だけでは見えなかった部分がこの『エッセイ』の存在によって補完され、中井ルミンという人物の姿がよりくっきりと浮かび上がってくるのです。数多の小説の中には、その作品中に小説を埋め込む”小説内小説”の構成をとるものがありとても魅力です。そして、この作品が用いる”小説内エッセイ”は、その指し示すところがそれ以外の部分である”16人の証言”と鮮やかに絡まり合って物語を深く見せていきます。このような構成の作品は私にとっては初となりますが、非常に面白い、巧みな構成だと思いました。
そんな物語は、上記した通り”16人の証言”によってさまざまな方向から中井ルミンの正体を浮かび上がらせていきます。そんな証言者たちは、”ママとも”からはじまり、”元クラスメイト”や”元夫”など中井ルミンの人生に関わってきた人たち広範囲に及んでいきます。上記した通り、この作品は”女X”がそんな人物たちに接触を試みていくからこそ成り立つものであり、読者が得ていく知識は”女X”と同じものでもあります。そうです。”女X”の中に浮かび上がっていく中井ルミンという人物の実像に迫る物語は、読者の中に中井ルミンという人物像を鮮やかに浮かび上がらせていくのです。そんな物語は、後半に至って読者の中に浮かび上がっていた中井ルミン像をさらに強固なものとすべく極めてリアルな説明をもって肉付けを行っていきます。”ミステリー”と内容紹介にある通り、この作品の本質は”ミステリー”にあることには違いなく、これ以上掘り下げていくことはネタバレとなってしまいますのでそろそろ終わりとしたいと思いますが、”16人の証言”によって一人の女性、中井ルミンの実像を垣間見せてくれるこの作品には、まさしく「怖いトモダチ」という書名そのままに『トモダチ』という存在に恐怖をおぼえる物語が描かれていました。
『ああ、なるほど…あの人の正体を知りたくなったんですね』。
あの人=中井ルミンの正体を追い求める中に”16人の証言”が中井ルミンの実像を浮かび上がらせていくこの作品。そこには、「怖いトモダチ」という書名が伊達ではないゾクゾクするような物語が描かれていました。次から次へと登場する証言者の語りに読む手が止められなくなるこの作品。リアル世界にもそこかしこにいそうとも思えてくる分恐怖が増すこの作品。
なるほど、身近にいるあの人ってもしや…と考え出すと余計に怖くもなる、怪談よりも遥かに怖い物語でした。