J・G・バラードの作品一覧

「J・G・バラード」の「旱魃世界」「太陽の帝国」ほか、ユーザーレビューをお届けします!

作品一覧

  • ハイ・ライズ

    ハイ・ライズ

    小説・文芸

    3.6
    1巻968円 (税込)
    【映画化原作】ロンドン中心部に聳え立つ、知的専門職の人々が暮らす、新築の40階建の巨大住宅。1000戸2000人を擁し、マーケット、プール、ジム、レストランから、銀行、小学校までを備えたこの一個の世界は事実上、10階までの下層部、35階までの中層部、その上の最上部に階層化されていた。その全室が入居済みとなり、ある夜起こった停電をきっかけに、建物全体を不穏な空気が支配しはじめた。3カ月にわたる異常状況を、中層部の医師、下層部のテレビ・プロデューサー、最上層の40階に住むこのマンションの設計者が交互に語る。バラード中期の傑作。/解説=渡邊利道
  • ハロー、アメリカ

    ハロー、アメリカ

    小説・文芸

    3.7
    1巻1,078円 (税込)
    エネルギー問題が引金となった経済破綻により、21世紀初頭、アメリカ合衆国は崩壊し放棄され、さらには世界的な気候制御の失敗によって砂漠と化した。そして1世紀が過ぎたある日、蒸気船に乗った小規模な探険隊がイギリスを出港し、ニューヨークに上陸する。密航した21歳の青年は、自分がこの国の新しい支配者、第45代大統領となることを夢見るが……。わずかな残存者のいる諸都市を探訪し、アメリカの夢と悪夢の残滓に邂逅した探険隊の記録を通じて、予言者バラードが辛辣に描き出す強烈な未来像!
  • 旱魃世界

    旱魃世界

    小説・文芸

    4.7
    1巻1,188円 (税込)
    十年ほど前から徴候を見せていた世界的な旱魃は、ここ五カ月のあいだ、各地で急速に文明社会を崩壊させつつあった。マウント・ロイヤル市の住人たちが競うように水を求めて海岸へと殺到する中、医師ランサムはハウスボートの船上で、破滅まで引き延ばされた時間を緩慢と生き続けていた。やがて、妄執に囚われた建築家ローマックスの不穏な企みをきっかけに、彼も海を目指して南下を試みるが……生物を拒絶するように変質する世界をシュルレアリスム絵画のように描き出した、バラード〈破滅三部作〉の一端をなす『燃える世界』の完全版、本邦初訳。/解説=牧眞司
  • ミレニアム・ピープル

    ミレニアム・ピープル

    小説・文芸

    4.0
    1巻1,300円 (税込)
    首謀者不明のうえ犯行声明もなかったヒースロー空港の爆破テロは、精神科医デーヴィッドの前妻ローラの命をやすやすと奪った。その無意味な死に何らかの意味を見出そうと、デーヴィッドは様々な社会運動に潜入してテロの首謀者たちを突き止めようと試みる。やがてテロ組織の一員である謎の女ケイに辿り着くが、その出会いは彼らの指導者である医師グールドが計画した、中産階級の聖地チェルシー・マリーナでの実験の始まりを意味していた。一般市民が無差別的テロ行為を娯楽として消費する近未来を描く、20世紀SF最後の巨人バラードによる黙示録的傑作。/解説=渡邊利道
  • 太陽の帝国

    太陽の帝国

    小説・文芸

    4.3
    1巻1,527円 (税込)
    第二次世界大戦の波が押し寄せつつある国際都市上海。共同租界に暮らす西洋人の日常は、本格的な日本軍の侵攻によって一変した。混乱する街中で両親と離ればなれになったイギリス人少年ジムは、西洋人が連れ去られた街で遺棄された屋敷やアパルトマンを転々として生き延びようとするが、やがて日本兵に捕らえられ、龍華収容所へと送られる──〈破滅三部作〉などで知られるニュー・ウェーヴSFの旗手が、その創作活動の源となった少年期の実体験に基づき書き上げた本書は、ブッカー賞の候補となって一躍文芸界でバラードの名を高らしめた。瞠目の傑作長編を新訳決定版にて贈る。/解説=柳下毅一郎

ユーザーレビュー

  • 太陽の帝国

    Posted by ブクログ

    SFの大家、バラードの半自伝小説。
    ー安定と安全をもたらしていた戦争の風景に突如、一方的に押しつけられた平和が生み出している、この混乱のすべて、、、、。平和はやってきたが、完全に現状に適合しそこなったー
    そして、平和の次にやってきたのは第三次世界大戦だった。SFではないが星5の作品。

    0
    2026年04月10日
  • ハイ・ライズ

    Posted by ブクログ

    ここで彼らは食物と女をいかにして調達し、上層階を略奪者からどうやって守るかについて、最新の策を論じ、同盟と裏切りの計画をねったのだ。いまはもう新秩序が生まれ、そこではマンション生活の一切は、安全、食物、セックスという三つの妄執を中心にうごいていた。
    テーブルをはなれたロイヤルは、銀の燭台をつかんで窓へ持って行った。もうマンションの明りはすべて消えている。四十階と三十七階のふたつの階だけ、まだ電気は通じているのだが、そこも明りはつけられなかった。闇のほうが気持ちは休まる──本物の幻影が栄えるとすればそこだ。

    0
    2026年02月21日
  • 旱魃世界

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    古典と呼ぶほどではないが65年発表というわりに古さは全くない。現在の肌感覚とシンクロする部分があり、極端な世界観にも関わらず現代的で違和感がなく自然に感じる。
    まず感じたのは状況と心情の説明がいつもよりしっかりしていることで、今まで読んだ中では最も具体性があり分かりやすかった。
    それは新訳のせいもあるだろうし、手堅く焦点の定まった文体で好感が持てる。
    社会病理学的実験を試みる後期の作風に移行した後に書き直したものだと思ったが違うようだ。最初から意識が時代を先んじているということだろう。
    現代の預言者という謳い文句に最も相応しい作品ではないだろうか。

    ほぼ同時期発表の結晶世界が外から内にある中心点を目指し収縮していったのとは対照的に、本作はスケール大きめな空間の中でダイナミックに時間と場所が切り替わる構成になっている。人物も多彩で、それぞれに世界観があり世界崩壊後の暗澹たる終末を描いているわりに暗さがあまりない。ストーリーも結晶世界では夜型の不健康さが目立っていたが、主に早朝、昼間をメインに進行するのでわりと健康的だ。キャサリンとフィリップ・ジョーダンという著者にしては珍しく比較的まともな(置かれた状況に対して諦めていないという意味で)キャラを投入していて、それに加えクィルター夫人のコミカルさも手伝い、暗く重くなりがちな内容に一定の光度の維持と軽さを与えている。

    時折カオティックにはなるが絶望的な急降下というわけではなく、全体的には緩やかに傾斜した斜面を下方に向かって滑り落ちていくような印象だ。
    不条理な末期的世界との辻褄を合わすかの如く個性の誇張が肥大化しているような終盤の展開は、よくある低予算の安っぽいアニメのようだ。漫画やアニメというのは特に意味はなく、人は何故そんなものを楽しんでいるのかと言えば、現実が歪み崩壊して本能的な感覚が極端な形になった像に識閾下で反応しているからではないのかとふと考えた。それらから言葉や文字を抜いたら何も有意義な意味は無い不可解な絵の羅列か奇怪な人形劇になる。それが後半に描かれている非論理的な躁鬱の楽園のような世界なのかもしれない。
    第一章前半部の各エピソードが独立性をもっていて、著者の他の作品の補足説明になっていることもポイント高い。(個人の見解)
    著者のエッセンスがバランスよく分配配置してある代表作と言っていいだろう。

    題材が著者の得意とするインフラ停止なので悪いわけがなく、それを中心に様々なテーマが描かれている。
    主人公は悪化する環境から人々が続々退避して過疎となって行く土地に残り続け何かを期待しているが、その荒廃へのある種の安堵感はブラックな職場がブラックすぎて次々人材が抜け、逆にブラックさが無くなってくるような感じか、あるいは破綻寸前の業務が無意味となった会社で遊んでいるような状況に似ている。
    荒廃して行く土地にあえて残り続けている人々に一目置いているが、その場所から離れたとたんに同僚意識がなくなり関心を失うというのもよくわかる感覚だ。

    主人公は出ていくつもりだと言いながら全く出ていく気配がない。そのモラトリアムを享受している様は、まるで就職を拒む引きこもりのようである。とはいえ職業はいつもの医者でいざとなれば行動するし自分の責務をこなすのだが、人間関係も含め問題を棚上げにして最後の最後まで自ら決断を下さない様は、先延ばし癖というおおよそ真っ先に批難されるだろう欠点に斬新な光を当てている。
    てっきり最後まで移動せず出る出る詐欺だろうと思ったが、突発的な出来事からあっさり旅立つ。物事が変るきっかけなんてそんなものだし自然な流れだと感じた。
    そのシーンの叙述もすごい。普通このような物語が大きく転換する場面では、希望を感じさせる前向きな描写にすると思うのだが、《心が真空に近付いていく》などとまるで“工場で死んだ目をしてライン作業をしている時の精神状態”のようなテンションの下がることを書いている。こんなのを少年ジャンプなどでやったら即打ち切りだろう。

    様々な見方が出来ると思うが、この物語は労働からの解放を描いていると解釈するとかなり分かりやすくなる。
    実際、著者はヴァーミリオン・サンズの序文で未来の労働について言及していたりするしこじつけとも言えないだろう。
    セツルメント参加を逡巡するところなど、特にその本質が顕著で、入所を打診して断られる場面は、実務とは無関係の非合理な理由で落とされる面接と同じだ。
    けっきょく貨幣が水に交代しただけで社会が崩壊しても別の新たな社会が登場し、その社会に適応するには正常だった世界と同じように自我を犠牲にしなければならない。
    労働の本質とは義務という正義を根拠にした自我の取引、増減であり、現代の諸問題の核心もほぼそれに収束すると言っていいだろう。自我をどこまで差し出すか、あるいは満たすか減らすかで未来の運命は決まり、限度を超えると裁判沙汰になったり最悪は自死を選んだり、週刊文春にスクープされる著名人のように他人の自我の破壊を引き起こし引退を余儀なくされる。考えてみればシンプルな作用なのだが著者以外こういう本質的な面を指摘する者を見たことがない。あるいは大抵の人々にとって取るに足らない事なのかもしれない。
    著者はアバンギャルドな前衛アート的な文脈で語られることが多いと思うが、極めて現実的な視点を土台に作品を作り上げていて、決して奇をてらっただけの作家とは違うことがよくわかる作品となっている。

    旱魃と言われても日本では水害の方が問題になることが多くあまりピンとこないが、世界的には深刻な問題だ。当然最終的には水資源の奪い合いになり危機に際した人間性が露出するが、しかしその状況に主人公は期待を抱いている様子が描かれる。確かに水が乾いて行くという状況にはどこか清々しさや一種の満足感がある。

    生命の源、活動の根幹を成す水の減少とともに様々な事物の関係性が解消されそれらの本来の役割も失われていく。
    その様相を描くことに実際的な役に立つ意義があるのかと言えば、ないだろう。しかし、その社会という縛りから解放された状態こそが人の奥底に眠る理想的な観念のようなものではないだろうか?
    バラードの作品に感心するのは普段は無視して無いことにしているが確実に存在する意識を追求しているからだ。それはまともな人間なら下らないと白眼視するようなことなのだが、それを真面目に描こうとしている極めて希有な作家だ。

    最近、不確実性というワードをよくきくが、それは今まで当然のことだった物事が通用しなくなる、つまり常識が信じられなくなりどう対処すればいいのか不透明になってきているということだと思うが、結局世の中に当然というものはなく不確実なままの常識で辛うじて支えている状態の日常があるだけだと言える。確実と言える時は自分がそれを知っていて実行できるか、過去の体験や既出の事実だけで、それ以外に唯一確実なのは自分の存在だけであり、社会というのは少しの亀裂で不安定になる程度の確実性で機能していて、その中に放り込まれた微小で確実な自我が不確実な常識の支配によってバラバラにされる場なのだろう。作中のビーチなどまさに不確実性の塊であり、不透明で混迷した世の中で非常識について考えることは有効かもしれない。
    常識という概念は明確に定義できず日々更新される大量の情報によって成立している。そんな曖昧な概念を正義として目標を設定し義務が発生する。
    しかしあまりに情報過多で複雑になりすぎ情報の精度や価値の喪失に怯えているのが今の世の中だと思う。

    湖と河が干上がり底が見え土地との境界が無くなり全てが一体化してしまえば底の意味もなくなる。それまで世界を構成する条件や基準になっていた存在は、砂漠に捨てられている空き缶と同じゴミと化し元の存在の情報価値は意味をなさなくなる。水の消滅は情報の消滅であり、必要最低限の物と関係性だけが存在する。これはほとんどの情報は整理するまでもなく人を不自由にさせる余計な荷物になるだけで実は不要なものだと伝えているのではないだろうか。

    主人公のランサムはこの状況を受け入れたなどと言いながら最後には楽園から一人旅立つが、ラストシーンが表現しているのは、極限まで情報を削ぎ落した本来あるべき世界の姿なのかもしれない。
    バラードは時代の方が遅れて来るほど現実を追求した作家であるという認識がより明確となる作品だった。よくわからないがポストモダンとはこういうことだろう。

    1
    2025年06月16日
  • 旱魃世界

    Posted by ブクログ

    あっという間に暑い夏はすぎて秋。酷暑をふりかえりつつ、タイトルからして暑そうなバラードの作品を読む。燃える世界の改訂版の位置付けとのことですが、読みやすさも違う
    し、意味合いも違う文脈が多くなったような気がします。特にラストシーンなどかなり違うのではないでしょうか。これ翻訳の違いなのでしょうか?原文が変わったのでしょうか?

    読んだからといってこれからの人生が何か変わるかといえば何も変わらないですが、なんといってもバラードの魅力はそのシュール・リアリズムの絵画のようなビジュアルにも訴える強烈なイメージでしょう。この印象は一生残ります。「沈んだ世界」も再読してみよう。

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    2021年09月28日
  • ハイ・ライズ

    Posted by ブクログ

    借りたもの。
    祝・映画化記念の再販!
    映画鑑賞後に読んだことで、映画との明確な違いを意識する。

    映画では”ヴァニタス”――タワーマンションと階級社会に見る人間の傲慢とその儚さ――虚栄を強く意識させられたが、小説ではタワーマンションという空間での環境問題――近隣住民の心身に与える影響やテクノロジーは人間を幸せにせず暇を持て余した人間が刺激を求めて暴力的になってゆく様を強くしている。

    世界の縮図、閉じた円環の中で機能する完璧な世界を構想しながら、ただ高みへと目指す一方的な構造は次第に住んでいる人間を不安定にさせる。
    公共施設の不備や故障、次第に外界から孤立し、物資も滞ってゆく……
    階級意識と不満、近隣の人間との距離の近さも災いして、自身の権利ばかりを強く打ち出す住民たちは次第に文化的・文明的な生き方を放棄する。

    停電などの電気設備の故障は、需要と供給のバランスがとれなかった当時を反映しているのかもしれない。
    それが脳神経の伝達とリンクし、タワーマンションが人間の身体に見立てられたり、階級社会制度そのままだったり、様々な変容をする。
    どの様な解釈をされながらも、それらは閉塞し停滞し、崩壊してゆく。

    それがまるで正しい事のように、3人の男たちの視点から描かれている、狂気に魅せられる。

    0
    2016年08月25日

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