吉川悠の作品一覧
「吉川悠」の「バットマン:エターナル(THE NEW 52!)」「アクアマン:ディープ・ダイブス」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
スーパーマンの息子、ジョン君のお話。
スーパーマンがバイセクシャルだと一時期話題になり、
何故か賛否両論になった記憶がある。
まぁ実際はスーパーマンの息子って話だったんだが、話題に出してた人々はその事を分かって言っていたのだろうか?…とか言っちゃうけど、当時アメコミの「ア」も知らない自分も反応し「スーパーマンが◯モだなんてッッッポリコレ◯ソ喰らえ!」とか言っていた。
なんて、なんて浅はかだったんだろうか…アメコミを読み始めて2年位経ちキャラクターを少しづつ知り始め、ついにこの作品に再び出逢い読み終わった。私はなぁんて愚かだったのだろうかと思い知らされた。
この作品にジョン君がバイセクシャルだから面白くないなんて処はドコにも無かった。そりゃぁそうだろう、クリプトン人と人間のハーフ(って今は差別用語か?ダブルって言うんだっけ?)なのだ、性別なんて宇宙的に考えたら些細な問題だ。
そしてそしてジェイ・ナカムラくんの素晴らしいキャラクター。中盤に敵の攻撃でいつも以上に感覚が鋭くなってしまい必要以上に人助けをし疲弊してしまうジョン君に対して特殊能力持ちだと分かったジェイ君が「この世界で僕のことだけは君が心配しなくても良いんだよ」のセリフ。
もう感動しちゃったよね。そりゃキスぐらいしちゃうよねw
その他にも、ジョン君が産まれる前から検査してワンダーウーマンに怒られるバットマンや、何年も別アースに行ってても途切れる事が無かったダミアンとの友情が読めたりと素晴らしい作品だった。
Posted by ブクログ
スーパーマンのコミックを読むのは初めて。スーパーマンというキャラクターは単純で退屈なイメージがあったけど、この作品は成長・変化の過程が描かれていて面白かった。
幼少から成人まで、普通の青年と同じように悩みながら成長し、大きな力の使い方を見つけていく。この作品独自の設定だと思うけど、今後のスーパーマンの見方が変わりそう。
脚本は一人で、作画担当は話ごとに異なる。それぞれの絵柄が各話の雰囲気にあっていて、全体の演出として良い。
中盤、手作りの衣装で人助けを始めるあたりで、ドラゴンボールのスーパーサイヤマンを連想した。ドラゴンボールがコメディ要素でしかないのに対して、このスーパーマンの手作り衣装は、身の回りの人助けをするだけの、町の手作りヒーローという感じがある。大きな力の使い道に気づく前の、成長段階として面白い。
Posted by ブクログ
「バットマン・ダークナイト・ストライク・アゲイン」の時、レックス・ルーサーとの激闘の後でブルース・ウェインは、キャリー・ケリーにバットマンの仕事を譲って隠居状態にあった。だが宇宙怪人ブレニアックが、ボトルの中に収縮して収納したクリプトンの街の人々に異変が起きた。クリプトン人は、これ以上収縮した状態に耐えられなくなっていた。アトムは、クリプトン人をボトルから出して元の大きさに戻すが、科学力で劣る地球人をクリプトン人は支配しようとする。ブルース・ウェインは、南極のアジトで氷漬けになっていたスーパーマンを復活させ助けを頼む。スーパーマンとワンダーウーマンの娘ラーラが、クリプトン人に味方した。両者の戦いは、混迷の世界に波紋を呼ぶ。
「バットマン・ダークナイト・リターンズ」「バットマン・ダークナイト・ストライク・アゲイン」に続く「ダークナイト・ユニバース」第3作。
今回は、トランプ政権でレイシズムが過激化する世相を風刺し、クラークとラーラそしてブルース・ウェインとクラークの対立と和解そしてクリプトン人とスーパーヒーローの戦いを通して、文化や人種が異なるもの同士が理解し合うことの難しさと理解し合える可能性と希望を描いていて、フランク・ミラーがレイシズムに走る若者に届けたいメッセージが色濃くある傑作グラフィックノベル。
Posted by ブクログ
移民や差別を扱った傑作。「移民としてのスーパーマン」の描写は、邦訳アメコミでは「ヒットマン」や「スーパーマン:アメリカンエイリアン」にあったが、本作ではそれが前面に押し出されている。
1946年、チャイナタウンからメトロポリスに引っ越してきた中国系アメリカ人の少女が主人公。彼らを排斥しようとするクラン(ようはKKK)と、ヒーロー活動を始めたばかりのスーパーマンが対決する。
マイノリティである主人公家族が社会参加する難しさや思春期の子どもが抱える孤独感と、自分が異星人(=移民)であることに悩む若きスーパーマンが重ね併せて描写されているのが、とてもよい。クランが、スーパーマンを「白人の優越性の象徴」と見ているところや、中国系とアフリカ系の人種的マイノリティ同士で差別意識をもつところなど、差別構造の複雑さをしっかりと描いている。
本作のスーパーマンを読んで、ぼくは鉄腕アトムを連想した。人間をはるかに超越した能力と高い倫理観をもちつつ、半分は人間・半分は非人間であるため、アイデンティティに苦悩し、それゆえに他者との融和の象徴ともなりえる存在。日本人アーティストのグリヒルさんの、マンガっぽい描線がそう思わせているのもあるだろう。
どちらのキャラも歴史が長く、設定が後付けされていたり、さまざまなテーマで作品が描かれていたりするので一概には言えないのはわかった上で書くが、スーパーマンと鉄腕アトムという、日米のマンガ・コミックのヒーローの代表が、似たような背景を持つキャラクターなのはとてもおもしろい。
夏目房之介は鉄腕アトムをはじめとする手塚作品に「両義性」(例えばアトムであれば「人間」の心を持った「ロボット」であるということ)を見いだし、その後の日本マンガにも受け継がれていったことを解き明かした。ただ、スーパーマンの両義性を考えると、もしかしたら、マンガ・コミックというジャンルが本質的にそういう想像力を喚起するのかもしれないなあ。