早野先生は物理学の先生です。現在は東京大学名誉教授、株式会社『ほぼ日』顧問、バイオリン教育機関であるスズキ・メソードの会長などを兼任していらっしゃいます。
本書ではその半生が綴られていますが、自分で自分の人生を生きる、それもできるだけ楽しむようにして、というようなスタイルに触れることができます。それも、破天荒な感覚じゃなくてふつうの感覚でです。半生記といった内容がメインのメロディーになっていますが、とても客観的かつ深く、自分を見つめて対象化されています。
こういう経験談を、子育て中の親たちが読むと特に良いかもしれないなあと思いました。あと、クリエイティブで食べていくことを考えている人にとってもヒントを多く得られる本です。僕自身、よく咀嚼して慎重に味わうようにして読んでいるところがありました。読みやすい文体なんですけれども、それでも、時間をかけました。
要するに、自分で自らの人生を切り開いていくには、という問いを持った人にはうってつけだろうと言えます。でも、答えややり方を教えてもらいたい人には向きません。教えてもらわずに自分なりに行動して答えを見つけ出したい、考え出したい、という人に向いている。そして本書は、そういうタイプの人の余計な逡巡や躊躇いを軽くする効力を宿しているとも言えます。僕もまたそれに然りなんですけどね。
また、研究活動のBサイドの能力とも言えそうな交渉能力、プレゼン能力、行動力(研究者の能力というよりも、ビジネスマン的な能力と理解しやすい能力ですね)。幼児期からのバイオリン教育の効果で、それらの能力が伸びていくための源泉となる精神構造が培われていたという可能性はなかったのだろうか、という問いが頭に浮かびました。あるいは、もともと子どもの時分からラジオを組み立ててみたりと好奇心を空想の中だけで終わらせず、積極的に現実化されていった方といった印象が本書の中から早野先生にはあるので、相乗効果の可能性もあるのかなあ、とも感じられました。本書を読むと、愛好されている歌舞伎もそうですけど、著者の人となりというものが、さまざまな各要素の有機的な絡み合いによって成り立っている印象を持ちました。
あと、インターネット草創期以前、プレインターネット期、というか、まだ構想が霧状みたいな段階から議論しながら具体的なイメージをこしえらえていった人たちの中にいらっしゃったんだなあ、という驚きもありました。そして他に興味深かったのは、研究のための実験機器をイチから作っていて、まるで技師のような仕事もされてきている。卓越している根本の知的能力がたとえば、(たとえが安っぽいのですが)、まるで十徳ナイフのようにさまざまな形にその能力が発現して各々の問題と対峙できるようになっている感覚を覚えました。
それでは、以下から三つほど引用をします。
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(略)研究の個性や目の付け所というのは、人から教わるものではなく、過去の研究を知り、今の課題を知る中で、自分にしかできない研究を追求しながら見つけていくものです。学校のテストでは、どこまでいっても100点より上はありません。100点で満足すると、努力は止まってしまう。でも、音楽の世界にしろ、科学の世界にしろ、ビジネスの世界にしろ、社会には100点より上の領域があります。
そんな領域が存在することを、僕に最初に教えてくれたのはヴァイオリンでした。(p36)
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→まずは先人の仕事を知り、それから現状がどうなのかを知ること。それらをおろそかにして、最前線に立つような一線級の仕事はできない、という主旨を述べている箇所でした。これは、小説を書くこともそうだと思いますし、どんな分野でもとことんチャレンジしていきたい人であれば、肝に銘じておきたい内容だと思います。
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ともかく僕がメカを使って、純粋におもしろそうだからと研究を進めていると、横で他の分野の人たちが「あれ、これなんかに応用できそうだ」と言い出して、別のものにつながっていく可能性がある。結局のところ、何がどう結びつくかは誰にも分からないのが科学の世界なんだ、ということも、肌感覚で知ることができたのです。(p69)
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→物理学の基礎研究は「役に立たない」とよく言われ、研究の予算がつきにくかったり、大切に思われなかったりするそうです。これは、文学部のほうでは哲学も「役に立たない」と言われがちで、著者はそこにちょっと共感を覚えていたりもしている。この引用箇所では、そういった、すぐに役に立たないような研究が、他の研究と結びついて別のなにかの研究へと発展していく話が語られています。すぐに役に立たない研究は、ずっと役に立たない研究で終わる可能性もありますが、長い時間を経たのちに、実益がでる研究を形づくる基礎になったりひとつのパーツになったりする可能性は十分にあるものです。国が力を入れている半導体産業にしたって、そういった「なんの役に立つかはわからないけど」という基礎研究が基盤となってできあがっていたりするのではないでしょうか。現在の繁栄は、過去の「長期的な視点での研究」に拠りかかっているものだったりします。経済状況が「短期的利益」を求めがちなのでなかなか難しいですが、そういった姿勢に偏らずに、長期的な視点でのマインドも持ったほうがいいんですよねえ。
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実際にバンクーバーで何も書けなかったら、東京でも何も書けず、科学者としてはノーチャンスだったと思います。それが自分で分かっていたから、僕はチャンスをものにするために、博士論文になりそうなネタを拾って、なんとか形にすることを続けました。研究者の世界には、何を論文にするかの正解はありません。「自分で思いついたことをいかに形にするか」が大事だということを、ここで学びました。(p79)
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→こういったある意味での泥臭さこそ、プロフェッショナルの基礎的な資質だと僕なんかは思うんですよ。小説を書くことにも通じますし、こういった姿勢は間違ってもいないし、恥ずかしいことでもない、ということをしっかりわきまえていたいです、人として。
このほか、レビューを書くにあたって割愛したエピソードや役立つ知見がたくさんありましたが、本書のいろいろな箇所にそれらは宿っています。
堅苦しくない本です。なかなかお近づきになれないような研究者・学者の方の忌憚ないお話を聞ける機会となる本ですし、なるほどなあと頷けるところも多かったですから、多くの人におすすめします。