作品一覧

  • 国際平和を歴史的に考える

    国際平和を歴史的に考える

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻1,980円 (税込)
    大学の研究者と高校の教員がともに、現代世界の諸問題を歴史的に即して考えることをコンセプトにした講座シリーズ『いまを知る、現代を考える 山川歴史講座』。 その第1弾「国際平和を歴史的に考える」は、不安な世界情勢を目の前にして、そもそも国家とは何か、国際連盟をつくった人びとはどのようにして平和を構築しようと考えたか、またヨーロッパとは異なる支配体制をおこなってきた国々は何を平和と考えたのか、といったさまざまな疑問を、紐解いてゆく。
  • グローバル・ヒストリーとしての独仏戦争 ビスマルク外交を海から捉えなおす

    グローバル・ヒストリーとしての独仏戦争 ビスマルク外交を海から捉えなおす

    ビジネス・実用

    -
    1巻1,408円 (税込)
    日米を巻き込んだ「もうひとつの独仏戦争」 プロイセンがフランスを終始圧倒して勝利した"普仏戦争"の裏で、ビスマルクは米国にアプローチし、国際法に頼ろうとしていた――なぜか? ビスマルクによる米国との交渉、国際社会への訴えから、日本・中国での停戦工作までを地球規模で描く、知られざる近代史! 〈目次〉 第一章 普仏対立へ ――ルクセンブルクをめぐる戦争の危機 第二章 米国への打診 第三章 独仏開戦とフランス海軍への対応 第四章 北ドイツ沿岸の戦況 第五章 極東への影響 第六章 パリ宣言への幻滅とフランスへの反撃 終章 海からみたビスマルク外交
  • 誤解だらけの明治維新

    誤解だらけの明治維新

    ビジネス・実用

    -
    1巻305円 (税込)
    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 (目次より)対談・「佐幕」「勤王」の対決史観はもうやめよう(三谷博×苅部直)/対談・鎖国日本が知った競争と技術革新の意味(森口千晶×中林真幸)/鼎談・アジアの異端児ニッポンの不思議な“革命”(岡本隆司×君塚直隆×飯田洋介)/エッセイ・この志士に学べ1前田正名(池内紀)2西郷隆盛(北康利)3西郷隆盛(先崎彰容)4立見尚文(中村彰彦)5甲賀源吾(森まゆみ)/藤村『夜明け前』にみる近代人の理性と情念(猪木武徳)
  • ビスマルク ドイツ帝国を築いた政治外交術

    ビスマルク ドイツ帝国を築いた政治外交術

    ビジネス・実用

    4.1
    1巻946円 (税込)
    一九世紀ヨーロッパを代表する政治家、ビスマルクの業績は華々しい。一八七一年のドイツ帝国創建、三度にわたるドイツ統一戦争での勝利、欧州に同盟システムを構築した外交手腕、普通選挙や社会保険制度の導入――。しかし彼の評価は「英霊」から「ヒトラーの先駆者」まで揺れ動いてきた。「鉄血宰相」「誠実なる仲買人」「白色革命家」など数多の異名に彩られるドイツ帝国宰相、その等身大の姿と政治外交術の真髄に迫る。

ユーザーレビュー

  • ビスマルク ドイツ帝国を築いた政治外交術

    Posted by ブクログ

    ビスマルク
    ドイツ帝国を築いた政治外交術
    著:飯田 洋介
    中公新書 2304

    プロイセン(プロシア)がなぜ、ドイツになったかがよくわかる1冊です
    おもしろかったです

    プロイセンの豪農(ユンカー)であった、ビスマルクが、いかにして、ドイツ帝国の宰相になったのか

    ビスマルク(1815-1898)以来、ドイツは、西欧世界の焦点の1つとして、二つの大戦をはじめとして様々な戦争をおこしてきた強国になった。

    気になったのは、以下です。

    中世以来ドイツの地は、
     神聖ローマ帝国
     プロイセン
     ナポレオンが、ドイツに統一国家建国のきっかけとしてナショナリズムを持ち込んだ

    ビスマルクは、伝統的要素、革新的要素を併せ持つ二面性を有していた
    小ドイツ主義、ビスマルクは、オーストリアを除く、ドイツ連合を目指していた
    反墺、反仏、親露、新生ドイツは、微妙な外交上のバランスのもとに、ビスマルクが調整を重ねてきている

    <ドイツ連邦>
    1815 ウィーン会議で神聖ローマ帝国に代わって発足した国家連合組織である
    1848 パリで革命が勃発 ドイツ連邦でも革命が起きた、いわゆる三月革命である
    1849 ビスマルク プロイセン議会下院選挙に当選、代議士としてのキャリア始まる
    1851 ビスマルク ドイツ連邦議会のプロイセン代表として、フランクフルトに参事官⇒公使として赴任
       ビスマルクは、オーストリアの格下としてプロイセンが処せられるのを良しとしなかった
       以後、反オーストリアとなる
    1853 クリミア戦争 ドイツ連邦は関与せず、プロイセンは中立を保つことに
    1859 イタリア統一戦争
    1862 国難にあたって、プロイセンへ帰国、プロイセン首相ビスマルクが誕生、「鉄血宰相」
    1863 アルヴェンスレーベン協定 プロイセン、オーストリア、ロシア ⇒ポーランドの封じ込め
    シュレースヴィヒ・ホルシュタイン問題:デンマークとの領土問題
    1864 ドイツ・デンマーク戦争
    1866 普墺戦争 ⇒ プラハ講和会議 ドイツ連邦から解体、オーストリアから離脱、北ドイツ連邦創設

    <北ドイツ連邦>
    1868 スペイン革命 フランスを封じ込めに
    1870 エムス電報から、独仏戦争が始まる
    1871 パリ陥落 フランクフルト講和条約 アルザス・ロレーヌをドイツに割譲、賠償金50億フラン

    <ドイツ帝国>
    1871 ヴェルサイユ宮殿で、ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世が即位、ビスマルク体制が始まる
    ドイツ帝国とは、22の君主国+3つの都市国家の連邦国家である
    1873 三帝協定 ロシア、オーストリア・ハンガリー、ドイツにおける友好条約
    1875 ヘルツェゴヴィナ農民蜂起
    1876 セルビア、モンテネグロ、ロシアがオスマン帝国に宣戦、露土戦争
    1878 露勝利、ベルリン会議
       セルビア、モンテネグロ、ルーマニアの独立
       オーストリア・ハンガリーは、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの管理権
       イギリスは、キプロス島の管理権
       ロシアは、サラビナ地方の領有 ⇒ しかしロシアの大ブルガリア抗争はついえた
       ⇒三帝協定は破棄され、ロシアはドイツを恨むことに
    1879 独墺同盟
    1881 三帝協定復活
    1882 ドイツ、オーストリア・ハンガリー、イタリアの三国同盟
    1890 新皇帝ヴィルヘルム2世と衝突し、ビスマルク引退

    以後、ビスマルクは、ドイツの英雄として、ビスマルク神話が生まれる
    ビスマルクは、強国ドイツを創始した、宰相となった
    ドイツは以降、ヨーロッパに大きなプレゼンスを発揮することとなる。

    目次
    まえがき
    第1章 「破天荒なビスマルク」として―ある若きユンカーの苦悩
    第2章 代議士として―政治家ビスマルクの「修業時代」
    第3章 外交官として―外交家ビスマルクの「遍歴時代」
    第4章 プロイセン首相として―革命を起こされるよりは起こす
    第5章 北ドイツ連邦宰相として―「プロイセンの政治家」から「ドイツの政治家」へ
    第6章 ドイツ帝国宰相として―ビスマルク体制下のドイツ帝国
    第7章 「誠実なる仲買人」として―ビスマルク体制下のヨーロッパ
    第8章 カリスマ的存在へ―フリードリヒスルーでの晩年
    あとがき
    参考文献一覧
    ビスマルク年譜

    ISBN:9784121023049
    出版社:中央公論新社
    判型:新書
    ページ数:272ページ
    定価:860円(本体)
    2015年01月25日発行

    0
    2024年07月19日
  • ビスマルク ドイツ帝国を築いた政治外交術

    Posted by ブクログ

    本書を読むまではビスマルクに関する基礎知識がほとんどない身でした。帯にも書いてあるとおり、ビスマルク=鉄血宰相、というイメージしかなかったのですが、本書を読んで全然違うイメージを持つようになりました。本書によればビスマルクはドイツ統一を政治目的として掲げていたわけではなく、あくまで保守的な価値観からプロシアの強大化を目指し、プロシア強大化の帰結(あるいは手段)としてドイツ統一がなされたという解釈です。また本書を読む限りにおいてはビスマルクが最も卓越していたのは政治外交術ということで、その反対に内政面では全然思惑通りに事が進まなかった、といった話も記述されていて興味深く読みました。

     なるほどこういう風にビスマルクを解釈できるのか、と納得できた反面、おそらくビスマルクという人物は、批評家が簡単に表現できるような人物ではなく、本書で記述されているビスマルク像も「ワン・オブ・ゼム」なのだろうなという印象は持ちました。違う批評家が書けば違うビスマルク像が説得力を持ってあらわれる、という具合に。本書の冒頭に、ビスマルクは性格が全く異なる父と母のもとで育ち、その両方の特質を引き継いだ、というような記述がありますが、まさにこれこそがビスマルクを1つの枠にはめて語ろうとすることを困難にしているのではないでしょうか。それゆえにどのビスマルク像が他よりも「正しい」ということはなさそうである、というのが本書を読んだあとの印象です。

    0
    2023年04月27日
  • ビスマルク ドイツ帝国を築いた政治外交術

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

     19世紀プロイセン及びドイツの稀代の政治家、オットー・フォン・ビスマルクの評伝。

     ビスマルクの主な功績としては、帝政ドイツの成立、そしていわゆる「ビスマルク体制」と呼ばれる、同盟網の構築によるヨーロッパ政治秩序の二つが挙げられるだろう。しかしながら本書を紐解けば、これら二つの功績が必ずしもビスマルクの意図した通りに進んだわけではなかったことに気付く。

     前者については、もともとビスマルクは北ドイツにプロイセンの覇権を確立する「大プロイセン主義」を標榜していた。しかし、19世紀のナショナリズムのうねりに抗うことができず、結局オーストリアを排除した「小ドイツ主義」という形でのドイツ統一に踏み切らざるを得なかった。

     後者についても、フランスを孤立させドイツの安全保障を確保するという点までは、ビスマルクの狙い通りであった。しかし、その外交と同盟網は、あくまでも「その場しのぎ」の産物でしかなかった。また、秘密外交に基づく複雑な同盟網の全貌を把握しているのはビスマルクとその周囲の一握りの人間という、極めて脆弱な秩序だったのである。

     ドイツの統一過程と、ビスマルク期の外交がわかりやすくまとめられてあり、近代ヨーロッパ外交史を理解する上で、大変有用な一冊。

    0
    2022年01月13日
  • ビスマルク ドイツ帝国を築いた政治外交術

    Posted by ブクログ

    私の中でビスマルクは「ドイツ統一を推し進めた人物」というイメージがあったが、この本を読んで、一概にそうとは言えないのだということが分かった。

    彼は生粋のプロイセン・ユンカーで、伝統に執着し、あくまでもプロイセンを大国とするために動いていた。
    その手段としてドイツ・ナショナリズムを利用し、北ドイツにおけるプロイセンの覇権を確立させることに成功したが、同時に、元々は意中になかったドイツ統一事業に手を染めることになっていく。
    目的を達成するために利用したことで、逆に振り回されているようにも見える様子は、これまでの彼のイメージとは違っていた。
    そして彼は「伝統」と「革新」という二つの要素を持ち合わせていたのだということを知った。

    本書は、あとがきにあるように『一時期のように彼を弁護して著しく称揚することもしなければ、徒(いたずら)に批判して弾劾することもせず、最新の研究成果を踏まえつつ、一次史料に即して実証的かつ公平に論じながら、彼の実像あるいは等身大の「素」の姿を描くべく努めて』おり、フラットな立場からビスマルクを見ることができたように思う。
    また、噛み砕いた解説により、読者が置いてけぼりにならず、初心者の私にも分かりやすかった。

    0
    2020年11月25日
  • ビスマルク ドイツ帝国を築いた政治外交術

    Posted by ブクログ

    軍事力を背景に武断的な政治を行っていた印象のあるビスマルクだが、本書でそのイメージは払拭された。
    当然軍事力、秘密外交を駆使し、プロイセン、ドイツのナショナリストとしてその力を振るうのだが、
    決して完璧ではなく、思い通りでもなく、かろうじて母国の安全を作り出すため 苦心を重ねる様は、やはり大政治家であったと感じる。
    本書は従来のイメージにとらわれず、一次資料や最新の研究を元に、著者の考察をふくめてビスマルクの実像に迫っていく。19世紀を知る上ではずせないビスマルクの概ねの姿を簡潔に理解できたと思う。

    0
    2016年06月28日

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