堀江謙一の作品一覧
「堀江謙一」の「太平洋ひとりぼっち」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「堀江謙一」の「太平洋ひとりぼっち」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
Posted by ブクログ
地元のヒーロ吉田松陰。小学校のころにはさっぱり意味がわからなかったがようやくわかるようになってきた。やっぱり第八章のここがハイライト。
一、今日、私が死を目前にして、平穏な心境でいるのは、春夏秋冬の四季の循環という事を考えたからである。
つまり、農事で言うと、春に種をまき、夏に苗を植え、秋に刈り取り、冬にそれを貯蔵する。秋、冬になると農民たちはその年の労働による収穫を喜び、酒をつくり、甘酒をつくって、村々に歓声が満ち溢れるのだ。この収穫期を迎えて、その年の労働が終わったのを悲しむ者がいるというのを聞いた事がない。
私は三十歳で生を終わろうとしている。
未だ一つも事を成し遂げることなく、このままで死ぬというのは、これまでの働きによって育てた穀物が花を咲かせず、実をつけなかったことに似ているから、惜しむべきことなのかもしれない。
だが、私自身について考えれば、やはり花咲き実りを迎えたときなのであろう。なぜなら、人の寿命には定まりがない。農事が四季を巡って営まれるようなものではないのだ。
人間にもそれに相応しい春夏秋冬があると言えるだろう。十歳にして死ぬものには、その十歳の中に自ずから四季がある。二十歳には自ずから二十歳の四季が、三十歳には自ずから三十歳の四季が、五十、百歳にも自ずから四季がある。
十歳をもって短いというのは、夏蝉を長生の霊木にしようと願うことだ。百歳をもって長いというのは、霊椿を蝉にしようとするような事で、いずれも天寿に達することにはならない。
私は三十歳、四季はすでに備わっており、花を咲かせ、実をつけているはずである。それが単なる籾殻なのか、成熟した栗の実なのかは私の知るところではない。
もし同志の諸君の中に、私のささやかな真心を憐れみ、それを受け継いでやろうという人がいるなら、それはまかれた種子が絶えずに、穀物が年々実っていくのと同じで、収穫のあった年に恥じないことになるであろう。
同志諸君よ、このことをよく考えて欲しい。
Posted by ブクログ
堀江謙一さん初めての太平洋横断の時の本。
ずっと後になってからのアメリカ→日本の本を先に読んでしまったのだけど、その頃はもうスーパースターだったのに対し、今回読んだ時は孤立無縁で何と密出国。
写真を見るとこんな小さなヨットで3ヶ月も?と驚く。いや、そもそも動力のないヨットでって!
もともと体育会ヨット部で技術はお有りのようだったが、凡人には考えつかない。
でも自分ならできる!という思いで成し遂げたのは若さの特権のようでまぶしかったです。
孤立と孤独は別物。周囲に人はいるのに孤立するのは耐えられないが、そもそもいないのには慣れる、というのが印象深かった。