昭和三十三年、夏。北海道。
未明の落石沖で、殿村水産所属の運搬船・天陵丸が沈没した。
積荷過重による事故とみられ、特に不審な点はないと思われた。
その同じ朝、花咲港に入港した一隻のサンマ船が岸壁に衝突した。
こちらも単純な過失による事故と思われたのだが、
天陵丸沈没事故と、サンマ船の衝突事
...続きを読む故とを結びつける
不穏な噂が天陵丸の乗組員の遺族から流れ始めた。
そのネタに飛びついた不二新報釧路支局長の江上武也は
独自の取材を進め、ついに特種の記事をあげることに成功する。
だが、何者かの策謀によって、江上は釧路を逐われることに。
そして三年後。
かつての事件の関係者が次々と不審死を遂げたことを知り、
江上は再び事件のことを調べるために、釧路へと帰ってきた。
日本のハードボイルドの礎を築いた伝説の作家・高城高の
唯一にして幻の長編を収録した、高城高全集第一巻。
2008年版の「このミス」にランクインされた「X橋付近」で
初めて高城高という作家のことを知ったのだが、
ランクインを受けてか、創元から全集が刊行されるとのことで
これ幸いとさっそく手にとってみた次第。
「硬質」などの言葉で表現されることが多いその文体の特徴だが
確かに、読んでいてそれに近い感想は持った。
必要最低限の描写のみを残したスリムな文体で、
あれこれ言葉を尽くして説明するということをしていない。
それでいて、その必要最低限の言葉によって、
情景や心理がしっかりと描き出されている。
鋭くて、速い。
そして、確か。
もう少し俗に言うならば、とてもカッコよくて、渋い。
そんな文章だ。
プロットも、意外と凝っていてうならされた。
やや複雑な人間関係を、この文体で説明していくものだから
ついていくのに少しだけ努力を要したが、
その点に対して「わかりにくい」などと文句を言って
この作品を低く見るような愚は犯したくないものである。
とにかく最後まで雰囲気が素晴らしい。
霧に覆われた北海道の景色を実際に見たことはないが、
優れた心象風景を提供してくれる絶好の舞台設定だと思う。
200ページ強と、長編としては短めの作品だが、
そのボリュームもこの作品には最適。
全集の次巻は5月発売らしい。
刊行が待ち遠しい本が、また一冊増えてしまった。