作品一覧

  • 反「道徳」教育論 「キレイゴト」が子供と教師をダメにする!
    4.1
    1巻789円 (税込)
    電車の中で化粧する女。外見ばかり気にする男。批判的な眼差しを向ける大人に対し若者達は言う。「何が悪いの? 別に人に迷惑かけてないじゃん!」。この殺し文句に対する反論を、現在の道徳教育は持ち得ない。「価値の多様性を認めましょう」といった、美辞麗句を並べたてるばかりだ。そうではなく、子供達には「法律のレベル」「道徳のレベル」を超える第三の規範である、「己の美学」を持つことを教えるべきなのだ。本書はほんとうに身につく道徳教育論を展開し、キレイゴト教育からの脱却を強く訴える。さらに「立ち会い出産からは女性の美学が失われている」「夫婦別姓の5つの肯定意見に反論する」「死刑廃止論には決定的な矛盾が存在する」「夫婦別姓推進者は子供の苦悩を理解しているのか」など、現代の倫理学上の諸問題にも一石を投じる意欲作である。

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  • 正義を疑え!
    4.2
    「正義」とはいったいなんだろう?「秤」と「剣」に象徴される正義概念は、今日、都合の良い解釈によって混乱をきわめている。「均等性」の一義的解釈から生じる「悪しき平等主義」や、あるいは「力」で相手をねじ伏せようとする「他者批判の正義」など、巷に溢れる正義概念に対する誤解や曲解を一刀両断し、己の不完全性に目を向ける「まっとうな正義」を説く。目からウロコの「正義論」入門。

ユーザーレビュー

  • 反「道徳」教育論 「キレイゴト」が子供と教師をダメにする!

    Posted by ブクログ

    最近,世の歯の浮くような「きれいごと」を聞くたびに虫唾の走るような思いがしていたので,久々にすっきりする主張を呼んだ気がする。

    ただ,著者はいくつかの社会問題に対する主張を例に取りつつ世の「きれいごと」を切り捨てていくのであるが,道徳教育における現実的なスタンスの必要性を,社会問題に対する自己の主張と絡めて書く書き方に少し疑問を感じた。

    わたしはそのそれぞれの意義を認めるが,一緒に語ることによって,本人のその社会問題に対する主張を述べているのか,道徳教育のあり方に対して投じた一石であるのか,かえって混乱するのではないかと感じた。

    むしろ「きいれごと」という名の過剰な平等主義に偏ることがお

    0
    2010年02月25日
  • 反「道徳」教育論 「キレイゴト」が子供と教師をダメにする!

    Posted by ブクログ

    現代に蔓延る「キレイゴト」を批判し、「己の美学」を持つことの重要性を語った書。

    これを読んで、いかに自分の考えが浅いか分かった。それにしても鋭い語り口で、今話題の「夫婦別姓」や「死刑廃止」問題では、筆者は立場を鮮明にして肯定派を切り捨てている。

    自分自身の「美学」=行動の規範を持つということはきわめて重要なことであると考えるし、現在の学校教育の場での「道徳」は形骸化したものになっているということも、事実であると思う(教育実習などの拙い経験ではあるが)。

    自分としては、本書では大いに揺さぶられるものがあった。子供に「己の美学」(この表現は不適当かと思うが、本書中の表現であるから使用する)を

    0
    2009年12月31日
  • 反「道徳」教育論 「キレイゴト」が子供と教師をダメにする!

    Posted by ブクログ

    かなり意見は偏って書かれています。
    道徳のレベル「美学」の考え方はとても納得いきました。
    他にも,道徳を論理的に説明しているので,とても納得できました。

    0
    2009年10月04日
  • 反「道徳」教育論 「キレイゴト」が子供と教師をダメにする!

    Posted by ブクログ

    タイトルからは想像つかないが、一言で言えば「美学」をもっと大事にしないとと。
    「法律」を犯さないのは当たり前。そのうえに「道徳」的規範があって、社会生活が成り立つ。でもそれだけではなく、人として「美学」をもった行動をとることで、秩序ある社会が成立すると論じている。資本市場主義を土台にして『美しい国』などと表現している政治家や財界人にはぜひ読んでもらいらい。

    0
    2009年10月04日
  • 正義を疑え!

    Posted by ブクログ

     久々の会心の一作。最終章の8「正義を疑え」を読んでから本文を読むと理解が深まります。

     正しさの二義性があり、1つめは「真実・真理などの事実を語る正しさ」と「己が信念としての正しさ。つまり正義」がある。この二つめの正義には立ち位置によって定義が異なり、為政者としての立場なのか、個人としての立場なのかによって変わる。

     多くの平等は為政者の立場からの平等がうたわれているが、それは決して個人の平等ではない。たとえば男性と女性で法律的には平等であるが、これは為政者(=法)から見た平等である。男性と女性はそもそも役割が違うのだから、個人としての立場では平等ではあり得ない。

     正義を疑うとは、為

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    2009年10月04日

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