あらすじ
猫の街ウルタールの大学女子カレッジに、存亡にかかわる一大危機がもちあがった。大学理事の娘であり学生のクラリー・ジュラットが、“覚醒する世界”からやってきた男と駆け落ちしてしまったのだ。かつて“遠の旅人”であったカレッジの教授ヴェリット・ボーは、“覚醒する世界”にむかったクラリーを連れもどすため、気まぐれな神が支配し危険な生き物が徘徊する“夢の国”をめぐる長い長い旅に出る。ヒューゴー賞・ネビュラ賞受賞作「霧に橋を架ける」の著者が、H・P・ラヴクラフトの諸作品に着想を得つつ自由に描く、世界幻想文学大賞受賞作。/解説=渡邊利道
...続きを読む感情タグBEST3
Posted by ブクログ
主人公の造形がとても良い。
経験豊かで知恵があり意志の力を持っていて、けれども決して強くも万能でもない、ちっぽけな一人の人間。社会的には弱者として扱われることも少なくはない、老いた女性。それでも彼女は決して無力な存在ではない。
これは誰でもない自分として世界を踏みしめるひとりと、そこに寄り添う何者かの物語。
夢見る人にも目覚める人にも、どうかその先の道が開かれんことを。
ひとりの教え子の出奔を機に、学園の存続のためという動機で始まった旅は、思わぬ理由で手段が変わり目的が変わり、壮大な冒険へと繋がっていく――という、子供の頃に読んだファンタジー小説のようなシナリオなのだけれど、主人公の属性の決定的な違いにより大人が読んで楽しめる内容になっている。
異なる世界のお話なのにこういうところは自分たちの生きる社会と変わらないんだなあ……とか、考えながら読んでしまう。もしこのお話を子供の頃に読んでいたら、全く異なる感想を抱いたのだろうな。
クトゥルフ神話、特にドリームランドや神話生物の知識があるとより理解が深まるお話のようだけど、そのあたりの知識がほぼなくても問題なく楽しめた。
Posted by ブクログ
舞台になった夢の国。クトゥルー神話絡みでとにかく設定が幻想的。覚醒する世界に駆け落ちした女子学生を連れ戻すべく、旅に出たヴェリット・ボー老教授となぜか黒猫。この同行猫の存在感が猫好きにはたまらない。紀行文のように淡々とした描写で血生臭さは感じないが、場面を想像すると危険度高……。ボー教授(そして猫)の耐性力やら順応力やらに感服した。将来の可能性を仄めかせた終わり方で、その後の彼女らに期待が膨らむ。
Posted by ブクログ
クトゥルフ神話は読もうとして断念した記憶があるのですが、このお話は好きだなぁ。主人公のやるべきことがしっかりしていて、感情的にぶれない感じが好き。猫も可愛いし。大事にしてくれる場所で落ち着くかと思えば、状況が変わった途端姿を現す感じもらしくて良いなぁ。
女性は夢を見ない世界ってのも面白いな。
そして世界を渡った後には、男よりも世界を取る辺りが非常に現実的。そこも流石女性って感じで良かったです。
Posted by ブクログ
ラヴクラフトの描いたドリームランドのダークファンタジーな世界観が好きだ。本作はそれと同一舞台ということで手に取った。
「未知なるカダスを夢に求めて」を先に読んでいるとあの場所だ! と思うシーンが多く出てくるため、それらの情景を老齢の女性主人公の視点で共に冒険してより一層楽しめる。
ただこの作品は、作者が謝辞で指摘する通りラヴクラフトが描かなかった女性の物語である。そのためにウルタールに科学系の学問を教える女子カレッジが存在していたり、電池式の懐中電灯が存在していたりと、時代を考えればラヴクラフトのそれよりはるかに先進的な印象だ。ラヴクラフトの描いた古風で不便だが科学や法則に囚われない夢の国を期待して読むと肩透かしかもしれない。幻想の世界での厳しい現実を突きつけられる。
個人的な解釈としては夢の中にリアリティを求めた結果生まれたのが「夢の国」というわけではないため、ここまで克明に描くとラヴクラフトの描いた世界と視点が違うというレベルではなく、別物だと感じてしまった。アウトラインが都合よく暈けているほうが夢らしいのではないだろうか。これが全く違う世界として描かれていたのであれば素直に飲み込めたのだろうと思う。
このように書きはしたが、作品から一貫して訴えたいテーマを感じられるので、そこは一読と考察の余地があると思う。
神々の存在による抑圧、女性を自身の物語の添え物とする男性、女性の社会的立場・展望。
良くも悪くも現代的な作品であり、ラヴクラフトの時代に生まれることはなかった作品だと思う。彼の作品へのアンチテーゼとして創作された部分には強いメッセージ性とそれを補足するストーリーが丁寧に盛り込まれている。