あらすじ
「人の命を助けること」,これに尽きます――.日本外交史研究者として出発しながら,国連にかかわる仕事を続け,民族紛争が激化した冷戦後には国連難民高等弁務官をつとめた日本を代表する国際派知識人,緒方貞子(一九二七―二〇一九).自らの人生とともに,日本を,そして世界を語りつくした回顧録の決定版.(解説=中満泉)
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Posted by ブクログ
これは私のバイブルである。山口絵里子さん、緒方貞子さんの生き方に触れるたびに、私の中の何かが声を上げる。あなたは何に命を燃やすのか?
まず、AIで経歴を調べてみる
1927年(0歳)9月16日、東京で生まれる。
1945年(18歳)、学習院女子学習院高等科を卒業。太平洋戦争が終結。
1948年(21歳)、聖心女子大学英文学科を卒業。
1953年(26歳)、ジョージタウン大学で国際関係論の修士号を取得。
1963年(36歳)、東京大学大学院から学位取得(文学博士)。
1965年(38歳)、上智大学で教鞭をとる。
1980年(53歳)、日本政府代表として国連総会第35回会議に出席。
1991年(64歳)、国連難民高等弁務官(UNHCR)に就任(女性初)。湾岸戦争後のクルド人支援などに尽力。
2000年(73歳)、UNHCR高等弁務官を退任。
2001年(74歳)、国際協力機構(JICA)理事長に就任。
2003年(76歳)、文化勲章を受章。
2012年(85歳)、JICA理事長を退任。
2019年(92歳)10月22日、死去。
緒方貞子さんは、ああ、ベースに研究者という核があるのだと思った。政策課程決定論という理論が、その後の仕事にも生きている、というのがなんかわかる気がする。私もやっぱりマクロ経済とか開発経済学の観点で、どうしても国や企業を見てしまうもの。
その後、人に導かれるようにして国連難民高等弁務官に。
ー原則を守ろうとする人たちは必ずいます。しかし、難民を放っておけば、それだけ死者が増えると言う緊迫感を持っていました。大事な時は行動しないとならないのです。スピードが求められるときに、原則に即してどう決定するかを慎重に考えている余裕はありません。そのような中でこそ、リーダーシップは大事なのです。
ー人の命を守ることが1番大事で、ルールや仕組みがそれにそぐわないなら変えれば良い。また、どんなに妥協的でも、救える命があるならそこで救うしかない。
それを本当に言って実行できるのがかっこいい。