あらすじ
愛を求めて、人生の意味を求めてインドへと向かう人々。自らの生きてきた時間をふり仰ぎ、母なる河ガンジスのほとりにたたずむとき、大いなる水の流れは人間たちを次の世に運ぶように包みこむ。人と人のふれ合いの声を力強い沈黙で受けとめ河は流れる。純文書下ろし長篇待望の文庫化、毎日芸術賞受賞作。
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Posted by ブクログ
インドの神様がすごく印象にのこった。純粋な人間そのものの姿がインドでは大切にされているのかな。
大津のような生き方は絶対にできないけど、美しいと思った。ガストンみたいな、自分は道化に徹して他人の吐き出し口になるやり方も、すごく根性がいる事だとだろうけど、いいなぁと思った。
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深い河
著者:遠藤周作
発行:2021年5月20日
講談社文庫(新装版)
1996年6月刊行の講談社文庫を改訂
初出:1993年6月、講談社より刊行
あるエッセイが読みたくて、ついでに数冊まとめて買った遠藤周作の古本も、これが最後の1冊。若い頃になんとも思わなかった作家が、妙に心に優しい。書いてあることは結構きびしく、人間の弱さや自己矛盾などをついているが、どうしてかそれが優しく響いてくる。文法的にはあまり正しい日本語とは言いづらいけど、とても読みやすく気持ちがよくなる文章にも惹きつけられる。人柄だろうか、文体だろうか。
解説によると、深い河は、著者が病気を抱えながら必死で書いた小説だとのこと。93年に発表され、96年に没している。
これも宗教的な小説である。代表作の一つ。表の主人公は磯辺樹という男性で、妻を癌で喪うところから始まる。最期を看取るしかないなか、病院ボランティアとして世話になった成瀬美津子と出会う。そして、彼女とはインドへのツアーで偶然再会する。磯辺は、いまわの際の妻に、生まれ変わるから探し出してねと言われた。ある研究所に問い合わせ、日本人の生まれ変わりかもしれない少女を探してもらう。この子かもしれない、という情報を得て、インドのある村へ行くのが目的だった。
一方、成瀬美津子については、第三章でその大学時代が紹介される。彼女は男子学友にけしかけられ、ジュリアン・グリーンの小説「モイラ」よろしく、一人の純真で真面目な学生をもてあそぶ。大津というその男子学生は、神父志望だが、心優しく、宗教的にも原理主義的ではなく柔軟な考えを持つ。それが優柔不断のようにも映る。大津は真面目に結婚まで考えるが、見事にふられる。卒業後、美津子は一度結婚をするが、なぜか新婚旅行先のフランスで夫と別行動をして大津に会いに行く。さらには、離婚後、また大津が気になり、今、(キリスト教の)神父をしているというヒンズー教徒の国であるインドへと向かう。
出だしは磯辺が主人公かと思うが、実は裏主人公が成瀬美津子と大津となり、そこに、磯辺が妻の生まれ変わりかもしれない少女を探しに行ったり、ツアー参加者である童話作家の沼田や、ビルマで兵士として死にかけたところを助けてくれた戦友のことを思う木口など、それぞれに事情を抱える人物たちが、それぞれ思う行動をしたり、といった物語を展開させる。
それぞれの人生には深い河がある、その流れの向こうに何があるかは分からないが、過去の多くの過ちを知ることにより、自分が何を欲しているかがわかったような気になった美津子。彼女はインドで大津に再会するが、優しく真面目な大津は、キリスト教の神父でありながら冷遇され、その中でヒンズー教徒たちの死体を運ぶボランティアなどをして、救いを実践している。そして、ツアー参加者である一人の青年(カメラマン志望)が襲われそうになった際、それを助けようとして自分が大けがをしてしまい、最後には危篤へと陥るのだった。
遠藤周作の小説を、さらに追加で探して買おうと決心した。
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<一章 磯辺の場合>
磯辺樹(おさむ):
啓子:妻、癌で余命3ヶ月
田中:主任看護婦
成瀬美津子:病院ボランティア、関西出身、金持ちの娘、学生時代はモイラと呼ばれた
姪:ワシントン在住
夫:ジョージ・タウン大学の医師
マ・ティン・アウン・ミヨ:ビルマに住む日本人が前世?の女子
ジョーン・オシス:ヴァージニア大学医学部
<二章 説明会>
江波:添乗員
沼田:ツアー参加者、野鳥好き
木口:ツアー参加者、寺で法要したい
小久保:ツアー参加者、ヒンズー教の神について質問
*インド旅行の説明会会場で、成瀬美津子と磯辺樹は再会した
<三章 美津子の場合>
大津:大学時代に弄んだ相手、祖父が政界の有力者だった
近藤:大学時代の学友、男子、大津をからかえと提案
田辺:大学時代の学友、男子、
ベル:哲学科の先生、神父だが坐禅を組んでいる
*ジュリアン・グリーンの小説「モイラ」の女主人公がモイラ。自分の家に下宿した清教徒の学生ジョセフを面白半分に誘惑した
矢野:卒業後に結婚した相手
*ノーベル賞作家フランソワ・モウリヤック著「テレーズ・デスケルウ」のテレーズと自分を重ねる美津子。夫ベルナールは悪い夫ではないが、テレーズはそばにいると疲れた
大学時代、近藤や田辺にけしかけられ、真面目な学生大津をからかってやろうと美津子は大津に接近した。そして、自分の部屋に連れ込む。セックスはさせなかったが、体をもてあそばせた。大津はその気になり、結婚を考えるが振られる。
卒業後は、まじめなエリートの矢野と結婚した美津子だが、新婚旅行のパリで2人はそれぞれ好きな行動をすることにした。美津子はリヨンに行き、神父になるべく神学校に通う大津と再会する。神から引き離そうとしたが、失敗に終わり、大津は再び神のもとにいたのであった。
それから4年後、美津子は離婚した(6章で明かされる)。
<四章 沼田の場合>
沼田:童話作家、幼少期は大連
三條夫妻:デリー行きの飛行機の後ろ席、新婚旅行、夫はカメラマン志望、妻は金持ちの娘でヨーロッパ行きを主張していたのでインドは不満
李:沼田家の大連でのボーイ、クビに(石炭盗む?)
小四の5月、母親に連れられ帰国。犬のクロを置いてくる。両親離婚。クロは人との会話を教えてくれた犬だった(人と人、人と犬)。
結婚し、童話作家として活躍。小禽屋が犀鳥というアフリカの珍しい鳥をプレゼントしてくれた。暫くは家族も珍しがったが、途中で飽きられ、面倒は自分で見ろと言われる。
昔、治療した結核が悪化して長期入院。犀鳥は返すことに。寂しい思い、クロを思い出す。妻がその変わり駕籠に入った九官鳥を持ってきてくれた。人のように「は、は、は」と声を出す。肋膜の手術中に屋上に置きっぱなしにして死なせてしまう妻。
<五章 木口の場合>
木口:ビルマで飢えとマラリアの地獄体験
塚田:戦友、餓死寸前の木口を救ってくれた
大橋:軍医
南川:上等兵、手榴弾で自決
牟田口:無謀な作戦を命じたビルマ日本軍の司令官
ガストン:戦後に塚田が入院した病院でボランティア(食事を運ぶなど)、外国語学校で仕事をしている
デリー行きの機上、添乗員江波の隣席には参加者の木口。ビルマのジャングルで壮絶な戦争を経験している。
飢えとマラリアで次々と死ぬ日本兵。木口も「死の街道」で行き倒れとなり、覚悟を決めたが、戦友の塚田が残ってくれて、行き倒れた兵士の飯盒にわずかばかり残された米を与えてくれた。それと、牛が死んでいたが焼いたから大丈夫だと肉を食わせてくれた。肉はあまりに臭くて吐き出したが、食べないと死ぬぞと塚田は怒った。食べられなかった。なんとか隊に連れ戻してくれた。
戦後、木口は子供が食べ物のことで不満を漏らすと異常なまでの怒りで折檻。自営業でなんとか生活する中、地下鉄駅で塚田と偶然再会する。戦後は九州にある妻の実家に行き、国鉄で仕事をし、今日は東京に出張だという。2人でしこたま飲んだ。塚田の飲み方は相当だった。
何年かして、塚田から東京で仕事がないかと言ってきた。マンション管理人の仕事を世話した。塚田夫婦は恐縮した。何年かして、塚田が吐血して入院した。肝臓がやられていた。病院で酒を止めるように説得する木口。やめないと死ぬぞ!と。しかし、どうしても酒を止められない理由があると見た。やがて、誰にも言わないその理由を塚田は明かした。
ビルマにおいて、木口になけなしの食料を与えた塚田は、自分自身もひもじくなり、出会った日本兵に食べ物はないかと聞くと、10円でトカゲ肉があるといわれてお金を渡した。見ると、それはトカゲ肉ではなく、南川上等兵の死体の一部だとわかった。家族宛の便箋に包まれていたから。彼は手榴弾で自決したのだった。しかし、あまりに飢えていたのでそれを食べ、木口にも与えたが食べなかった。
復員し、便箋を渡して家族に謝った。子供が南川そっくりの目で塚田を見ていた。それを忘れるために酒を呷り続けていたのだった。
そのことを聞いたボランティアのガストンは、数年前にアンデス山脈で起きたアルゼンチンの飛行機事故の話をした。一人はいつも酒を飲み、その日も酔っ払っていた。墜落し、生きのびた彼は、残り少ない他の人にこういった。俺が死んだら俺の肉を食べて生きのびてくれ。それで生きのびた2人。しかし、救出後にはその酔っ払いの家族から感謝されたという。迷惑ばかりかけたあの人が、人の役に立てたときっと喜んでいるはず、と。
<六章 河のほとりの町>
ラジニ・プラニル:カムロージ村にいる前世が日本人という少女
三條夫婦は、バスで移動中にも、ヨーロッパに行けば良かったというような発言を繰り返した。夫(青年)はカメラマン志望。
バスはヴィーラーナスィへと到着。ガンジス川で沐浴をする場所は何カ所もあるが、代表的なのはこのまちだった。
磯辺は転生など本気で信じてはいない。しかし、彼の耳の奥の奥には妻の最後の譫言が聞こえていた。「わたくし‥‥必ず‥‥生まれかわるから、この世界の何処かに。探して‥‥わたくしを見つけて‥‥約束よ、約束よ」
江波は三條夫婦に説明する。沐浴は禊ぎ(身の汚れと罪の汚れの浄化)と同時に、輪廻転生からの解脱を願う行為でもある、と。
ヴァージニア大学医学部のジョーン・オアシスからの2通目の手紙を持参。以前に知らせたマ・ティン・アウン・ミヨという少女以外にも、2ヶ月前に北インドのカムロージ村(ヴァーラーナスィ近く)で日本人として前世を生きたという少女の話が報告された、という内容。ただし、彼女がこの告白を兄姉にしたのは4歳の時であり、我々が前世記憶者の条件に入れている3歳までの年齢は過ぎている。名前はラジニ・プニラル。
*リヨンに大津を訪ねてから4年後、美津子は離婚
「わたしは人を真に愛することはできぬ。一度も、誰をも愛したことがない。そういう人間がどうしてこの世に事故の存在を主張しうるのだろうか」美津子がボランティアをはじめたのは、そんな彼女の倒錯した気分からだった。愛が燃え尽きたのではなく、愛の火種のない女。男と女の愛欲の真似事だけは何度もやったが、火種に本当の炎がついたためしはなかった。(201P)
美津子は病院のボランティアに参加した。愛の乾いた自分だからこそ、愛のまねごとをやってみる自虐的な気分になったのである。(209P)
美津子はリヨンの大津に出した手紙の返事により、彼がリヨンで一度は神父の道を閉ざされたものの、南仏で職を得て首の皮一枚でつながっていることを知り、その後の手紙ではイスラエルで神父をしていることを知る。さらに、年に一度の大学の同窓会で、彼がインドで神父をしていることを知る。沐浴をやっているまちだという。その代表的な場所がヴィーラーナスィだということも知り、やってきた。
<七章 女神>
磯辺は銀座のイタリア料理店オーナーと火遊びの経験。幼女が中学生で反発していたころ。
江波はいう「ヒンズー教徒は死体を焼いたところに木を植える」。
沼田はいう「吉野の桜はすべてが墓標だった」。
江波「1857年にインド人が英国に反乱を起こした際、アラーハーバードの森の樹々は絞首台の代わりに使われてインド人を吊るした」。
江波は4年間、インドに留学していた。夫に捨てられ苦労して自分を育てた母と、インドの女神チャームンダーとを重ね合わせる。
<八章 失いしものを求めて>
クミコ・ハウス
えくぼのある丸顔の女性:街で出会った結婚式に招待されていた日本人女性
木口が熱を出して寝こむ。看病のため、美津子は一人残る。ガンジス河へ行った人たちによると、死体を火葬場へ運ぶ日本人神父がいたという。神父だけど、ヒンズー教徒の服装をしていたという。きっと大津だと美津子は思った。
翌日、沼田と出かける。ヴィーラーナスィの教会へ行ったが、大津などという人物はいないという。ただし、日本人が経営するクミコ・ハウスの存在を知る。沼田が電話をすると、大津はいかがわしいところに行くと会えるという。
<九章 河>
磯辺は生まれ変わりがいるという村を訪ねたが、本人(少女)には会えなかった。一家はヴィーラーナスィに引っ越したという。しかし、住所が分からない。
翌日の(1984年)10月31日
インディラ・ガンジー首相、暗殺。
磯辺は前日に行った占師のところに行き、生まれ変わり少女の住所を聞いた。そこを訪ねたが、うまく会えない。しかし、老人にラジニという少女はいないかと行くと、ラ・ジ・ニとものあり気に答えた。
沼田と美津子は、売春をしているところに。大津は来るが、いつ来るかは不明という。帰りがけ、声をかけられた。大津だった。ついに再会できた。彼はもう教会にはいない、ヒンズー教徒のアーシュラム(道場のようなところ)に拾われたという。しかし、改宗したわけではく、キリスト教の神父をしていると堪えた。
沼田は九官鳥を買いたいという。
<十章 大津の場合>
大津と美津子はホテルの庭園で話をした。ヒンズー教徒は年をとると家を子にゆずり、放浪主業の旅に出る。サードゥーと呼ぶ。大津はそのサードゥーに拾ってもらえたという。ガンジス河で死のうとした貧しい人たちが行き倒れていると、その死体を運んだりする。
磯辺はラジニに会えなかった。そんな名前の人はたくさんいる。やっぱり占い師にだまされた。分かってはいたが。酒を買い、飲んだくれながら歩く。
<十一章 まことに彼は我々の病を負い>
「私はヒンズー教徒として本能的にすべての宗教が多かれ少なかれ真実であると思う。すべての宗教は同じ神から発している。しかしどの宗教も不完全である。なぜならそれらは不完全な人間によって我々に伝えられてきたからだ」
(マハートマ・ガンジー)
<十二章 転生>
沼田と美津子はバスで出かける。アメリカ人30人と乗り合わして会話する。
沼田は小鳥屋で九官鳥を買い、それをサンクチュアリで解き放つ。
2月の雪の日、沼田の三度目の手術が行われた。癒着した肋膜の出血で心電図の線が波うたなくなりかけた時、まるで身代わりのように九官鳥は死んでくれた。
<十三章 彼は醜く威厳もなく>
三條は、相変わらずガンジス河での撮影を狙っている。死体は絶対に撮ってはいけないと江波に言われている。しかし、まだ諦めない。この日も、死体運びをしていた大津に注意されるが、言い方が優しいのでなめてかかる。
大津は、どんな宗教を信仰している人にも、玉ねぎは存在すると主張し、ヨーロッパのキリスト教会からは批判される。暗殺されたマハートマ・ガンジーも似たように宗教的寛容さがあり、それが反発された面があった。
美津子は、結局は自分が大津のことが気になるのは何故だろうと考えた。大学時代に、単にからかうだけの相手だったのに、どうして最後まで存在が気になるのか。
ガンジス河では、三條が襲われそうになっている。ガンジー暗殺で苛立っているヒンズー教徒たちが、彼の撮影行為に怒ったのであろう。そこに、汚い格好をした男がとめに入る。今度は彼が襲われる。大けがをする。救う美津子。救急車へ。
帰国前、美津子は大津が危篤になっていることを知る。病院に入って、1時間後に急変したという。
Posted by ブクログ
善の中に悪があり、悪の中に善がある。
東洋思想と西洋思想の違い。
一神教と多神教の違い。
普段、自発的に考えることのないテーマに目を向けさせてくれた作品。
私は、シンプルに楽しく生きることを理想としてきたが、この本には、「深い河」に魂の救いを求める人々や、神に人生を捧げて「僕の人生は...これでいい」という大津が登場する。自分には無い価値観に触れて、心が揺さぶられた。
Posted by ブクログ
とっても良かった。
テーマとしては"転生"
様々な宗教、言語が混じり合う印度に、それぞれ目的を持って旅行に向かう人たちの話。宗教観についてすごく考えさせられた。
日本は厳格な宗教がある方ではないから、あんまり宗教の対立が身近ではない(私が無知なだけでそんなことないのかも)ので、宗教の対立について考える非常に良い機会になったと思います。
大津さんの考えはすごくいいなと思ったし、私も同じ考えですが、机上の空論なのだろうなと思いました。対立を無くすのは難しいよね。。。
転生って理想にすぎないかなと思うけれど、思いが繋がっていくって意味での転生というとらえ方はめちゃくちゃ好きでした。素敵。
遠藤周作ってなんとなく難しそうなのかなと思っていたけど全然そんなこと無かったです。
読みやすいし展開が面白くてページを進める手が止まらなかった!
難しい考えさせられる内容でしたが、こんなに惹きつけられるのすごい。
超良かったです。他も読みたいな。