【感想・ネタバレ】増補 夢の遠近法 ──初期作品選のレビュー

あらすじ

「誰かが私に言ったのだ/世界は言葉でできていると」――未完に終わった〈かれ〉の草稿の舞台となるのは、基底と頂上が存在しない円筒形の塔の内部である“腸詰宇宙”。偽の天体が運行する異様な世界の成立と崩壊を描く「遠近法」ほか、初期主要作品を著者自身が精選。「パラス・アテネ」「遠近法・補遺」を加え、創作の秘密がかいま見える「自作解説」を付した増補決定版。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

初読、自分の中に生まれたのは、強固できらびやかな世界への感嘆でした。

内面語彙が少なく、世界の叙述だけを塗り重ねるので、読者は人物の心情を考える隙もなく、世界の情報だけをひたすらに受け取ることになる。言い切りの形を連ねて世界を形作る書き方は「だから起きる」という因果を断ち切って「起きてしまう」という事実だけが残る。体感としてクリスタル等の鉱質のような、そして鉱質から乱反射される幾何学な模様のような文体だと受け取りました。尽くされた文体は贅肉を削ぎ、体幹を極限まで鍛えたような強靭さがある。

━━━ 街の外に何があるのか、街の人々は誰も知らない。浅い漏斗型の街は、四方を荒野に取り囲まれている。……街の噂によれば、泡立つ紺青の大洋の中心に円形の平坦な大陸があり、その中央に臍のように陥没したところがこの街なのだという(「夢の棲む街」)
━━━ 直立した宇宙の最上部と最下部に水平に嵌めこまれた、二枚のむかいあわせの鏡。と同時にその二枚の鏡は、背中あわせにぴったり貼り付けられている(「遠近法」)

にもかかわらず、流れ込む言葉によって脳内に積みあげられる世界は、怪しく艶やかで、生めかしい。しかもその妖麗さは情緒的表現からくるのではない。精巧緻密な文における構築から、世界は細やかな部分まで作りこまれてゆく。部分が部分へ接続し、まるでひとつの円環のように脈打ちはじめる。
天使、人魚、天体、侏儒など幻想的なモチーフが、しかし夢見心地なわけではなく身体的で確かな温度で描かれる。ある種、生めかしいを超えて醜怪でもある。モチーフは生き物のように手ざわりを持ち、匂いと湿度を帯びます。崇高なものが醜怪なものへと変幻するのです。
装飾に継ぐ装飾によって様々な形質が脳内に流れ込む。後書に山尾悠子自身が書いている「想像力の器械体操」という言葉が山尾悠子を掴むのに似つかわしいイメージだなと思いました。
そして局所に差し込まれる神話性。伝説や超人的な存在による世界の崩壊。「夢の棲む街」「ムーンゲイト」「遠近法」「パラス・アテネ」いずれにしても世界を積みあげた先にカタストロフィが待っている。積みあげたものが壮大になればなるほど、瓦解する時の密度は肥大する。

「パラス・アテネ」
月と狼神と繭が赤くなる、この世に現われる破壊神の伝説がある。横顔だけを人に見せて通り過ぎた創世の神々とは異なり、その神は真正面から人の世を見すえる。天から降るのではなく、地上に人として生まれ、やがて赤い繭の中から四つ脚の姿となって出現する……
このような伝説がこの土地にある。狼領商隊の生き残りとして土地神となった豺王は、まるで伝説の中心に引き寄せられるように機織りの天才・二位と出会う。その出会いを起点に、これまで語られてきた伝説が、真に出来事として動きはじめる。

特筆するは終盤。

━━━ 糸の端が、咽喉の矢傷から迸る血潮に浸って、真紅の色を吸いあげつつあった。勢い激しく噴きだし始めた白い糸のその勢いよりも、血潮を吸いあげた糸が染まっていく勢いのほうが、なお盛んと見えた(「パラス・アテネ」)

意図的に作り上げられたカオスの中で、従一位と二位を包む赤い繭と、血潮を吸い上げ赤に染まっていく豺王の繭が美しい。繭の変態で物語は終わりますから、この後が気になります。
しかも伝説では、破壊神は赤い繭から四つ脚で産まれるとされていました。けれど破壊王は皇帝の息子だったようで、ならば赤い繭から生まれようとしているものは何なのか。破壊神か、救世主か、はたまたどちらともないのか。刺客が見届けると言ったその先には、何があるのか。

赤い繭に眼を灼かれるかのような気分でした。

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2026年01月27日

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