あらすじ
1967年のイギリスで、4人の女性科学者がタイムマシンの開発に成功し、300年先の未来までの時間旅行が実現した。そして、時間移動を厳格に管理すべく、国家からも独立した〈コンクレーヴ〉と呼ばれる巨大なタイムマシン運用組織が誕生した。時間旅行を独占するのはもちろん、タイムトラベラーが起こした犯罪も、この組織が独自に対処する。だが、タイムトラベルには精神に及ぼす深刻な副作用があった。ある殺人事件に遭遇した女性オデットが〈コンクレーヴ〉に潜入し、事件の調査を進めるうちに、その恐るべき事実が明るみに……異色の時間SF!/解説=堺三保
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Posted by ブクログ
1967年、イギリスでバーバラ、マーガレット、ルシール、グレースの4人の科学者がタイムマシンの実用化に成功した。その後、マーガレットを代表として3人はタイムトラベル推進協議会(通称「コンクレーヴ」)を設立したが、バーバラは短期間に時間移動を繰り返したせいで精神に異常をきたしたため、プロジェクトから外されてしまった。時は流れて2017年。タイムトラベルとは無縁の後半生を送ったバーバラとその孫ルビーの元へ、半年後の日付が記された死因審問の通知書が届く。そして2018年初頭、おもちゃ博物館のボイラー室で身元不明の銃殺死体が発見され…。「時間が可逆ならば人の死生観はどう変化するのか」という心理学的な問いをテーマにした、ポップなタイムトラベルミステリー。
面白かった〜!原題はずばり「The Psychology of Time Travel」。タイムトラベラーは他人が死んでもその人が生存している時勢に飛んで簡単に再会できるため、他人の死に鈍感になっていく(必要がある)のではないかという仮説をはじめ、宇宙飛行士の例を使って説明される“時差ボケ”や、脳外科医から見たタイムトラベラーの脳、果ては神学的決定論に支配され心理学が無用になった22世紀の心理学者による精神分析など、タイムマシンがあるからこそ起きる人の心の変化を巧みに描いている。著者自身心理学者なのだそう。
この極めて具体的なディティールが本書を読む楽しさのキモだ。時間移動を使った脱税法、過去や未来の自分と肉体関係をもつ特殊プレイ、コンセプチュアル・アーティストとして名を馳せるタイムトラベラーなど、タイムマシンが実用化された世界にリアリティを感じさせる描写が魅力的。対して、コンクレーヴの入社試験や神明裁判のようすは、タイムトラベラーが我々とは別のルールで動いていることを教えてくれる。“ループしたタイムパラドックス時空のなかにしか存在しない本”という設定など、ハリー・ポッターやアリスの世界のようなのだ。
また、射殺事件解明のあいまに進行するルビーとグレースの恋のゆくえも大きな魅力。タイムトラベラーの恋愛模様は複雑で、まず出会いの瞬間に老グレースは死に、ルビーはグレースの死後の時間をタイムトラベルしてきた若きグレースと一緒に過ごす。グレースのふるまいは完全にファム・ファタルなのだが、後半に彼女の出自が明かされ、その謎のベールがはがれる。話のなかにイギリスの職業階級や人種問題を自然に取り込んでいて上手い。
タイムマシンの開発者をはじめ、活躍する登場人物のほとんどが女性キャラクターなのだが、そこに特別な理由づけはされておらず、科学者も医者も時間移動を司る大企業の社長も女性である世界としてフラットに描かれている。そういう意味では物語のスタート時点で本書は歴史改変された世界と言えるのかもしれない。フェミニズム的なメッセージや、LGBTについて声高に主張する作品ではないが、超超楽しいエンタメ小説のなかで彼女たちの姿が“当たり前”のものとして描写されることに力づけられる人も多いだろう。