あらすじ
『暁の脱走』『独立愚連隊』から『この世界の片隅に』まで――。
日本映画はいかに戦争と向き合ってきたか?
元特攻隊の脚本家、学徒兵だったプロデューサー、戦地から生還した映画監督が映画に込めた、自らの戦争への想いとは?
『この世界の片隅に』片渕須直監督との特別対談も収録。
日本の戦争映画を広く知るために最適の一冊。
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「はじめに」で著者は「ニュートラルな視点から戦争映画と向き合い、戦後五十年の変遷を俯瞰して検証する」と書いているが、実際は戦後の戦争映画の魅力を豊富な資料をベースに熱く語り尽くす一冊だった。
「日本の一番長い日」は子どもの時にテレビで見たきりだったけど、無性に見たくなった。というか岡本喜八の一連の愚連隊シリーズも。
日本映画チャンネルが7・8月に戦争映画特集やること多いから本書で取り上げられた作品があったら見てみようかな。
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イデオロギーに捕われず、日本の戦争映画を年代順に網羅的に紹介。併せて岡本喜八監督と片渕須直監督の特集という読み応えのある本。
紹介された映画を幾つか観たくなった。
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春日太一先生といえば、これまで「文章はクール、ハートは熱い人」という印象だったが、本書における文の熱量は尋常ならざるものがあった。邦画における戦争映画がどのように描かれ、どのように変質していったか。そして各作品に、作り手や出演者がどんな思いを刻み込んでいったか。それは映画を通して、戦後日本人の精神史をたどる試みでもあったのだ。
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再開されたNHK朝ドラ「エール」で主人公の従軍体験や戦闘シーンが話題になったけど、コロナ禍による制作スケジュールの延期が無かったなら、たぶん、8・15あたりに合わせてオンエアされていたような気がします。戦争には向き合い続けなくてはいけないけど、なんとなく「戦争もの」というコンテンツは夏の季節物になっているのような気もします。一方で米中の対立とか世界の分断とかで「歴史の終わり」の終わり、新たなる「戦前」の始まっているよな気分になったり、いわゆる日本社会から「戦中派」という戦争体験をフィジカルに持った世代が消え「戦争を知らない子供たち」だけで構成されることに、一抹の不安を感じたりしているタイミングでの、この本、自分にとってはタイムリーでした。春日太一らしい映画人LOVEが基本になっているので、イデオロギーという色眼鏡なしに、「敗戦後の日本人は戦争を素材にどんな映画を作り、どんな風に消費してきたか?」という大きなテーマを語ることに成功していると思います。その中での岡本喜八を取り上げ一章を割いているのは「戦中派」の映画作家の創造の源を紐解くものになっているし、「この世界の片隅に」の片淵須直監督と著者との対談も「戦後派」にとって戦争というものがクリエティブとして継承されていくことを気づかせてくれました。ちなみに「戦中派」である自分の母親は「この世界に片隅で」を見て、こんなキレイな世界じゃなかった、とつぶやいていました。体験の継承って難しい、と思いました。
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『暁の脱走』『独立愚連隊』から『この世界の片隅に』まで――。
日本映画はいかに戦争と向き合ってきたか?
元特攻隊の脚本家、学徒兵だったプロデューサー、戦地から生還した映画監督が
映画に込めた、自らの戦争への想いとは?
特別対談として、『この世界の片隅に』片渕須直監督も登場!
町山氏との対談本と重なる部分もあるが、松林宗恵監督の作品などは、もっと観てみたいと思った。
「解説本」としては字足らず。
2024年10月読了。
日本の「戦争映画」の歴史を、時代の変遷とエポック・メイキングな作品から紹介していこうと云う趣きの書。
映画一つにとっても思想的な偏りは、その時代によっても、又は社会的状況によっても左右にブレるのは致し方無いとして、『そういう点で(思想的な)文句はぶつけてくるな』と最初に宣言しているのは良かったが、やはり著者も『戦後教育を受けて育った世代』の為、《右左でケチを付けられたくない》と云う恐怖心が見え隠れしていて、作品の説明や褒め方がぎこちなく、又一つ一つの作品に割けるページ数が限られているのか、突っ込んだ所まで語り切れてないのが残念な本。文春新書で『日本の戦争映画』と云うタイトルが、著者の腰が引ける原因になったのではないか?と思われる。
もっとも著者は、別の本で世界の戦争映画ともごちゃ混ぜで共著の本も出しているので、本音のところはソッチを読んだ方が良いだろう。
何本か観ていない映画もあったので、機会があれば観てみようかな?と思った程度で終わっている。
ただ個人的な意見として言わせてもらえれば、日本の戦争映画は『反省』『慚愧』『憤怒』『恨み辛み』『悲劇』等が通奏低音の様に下地に有り、いつまででも《体験者、被験者の声》が何よりも金科玉条の様に成っている事と、戦後の日本が本当の意味での『歴史的総括』を出来ていない事が、総体的に『(日本の戦争映画が)面白くならない』その原因だと思っている。今の時代に『娯楽性満点の日本の戦争映画を作る』と言ったら、色んな方向から石や矢が飛んでくるのだろう。
《戦前(=昭和初期)は暗黒時代》の様な、安直な国民的歴史認識は、某公共放送局を含めて思想的に偏ったメディアの責任であり、『国家の安全保障』と云う世界中どの国でも当たり前の認識を他国任せで有耶無耶にしてきた政治の責任でも有ろう。
「言霊思想」辺りから国民総出で学び直さない限り、先進国の輪からもいずれ外される未来と成るだろう。たかだか『戦争映画』一つで、国の未来も変わることにも気付かない《暢気な国家》で有り続ける限りは。