あらすじ
六十歳を前に、離婚して静かに人生の結末を迎えようとブルックリンに帰ってきた主人公ネイサン。わが身を振り返り「人間愚行(フォリーズ)の書」を書く事を思いついたが、街の古本屋で甥のトムと再会してから思いもかけない冒険と幸福な出来事が起こり始める。そして一人の女性と出会って……物語の名手がニューヨークに生きる人間の悲喜劇を温かくウィットに富んだ文章で描いた家族再生の物語。
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Posted by ブクログ
熟年離婚の後に死に場所を探してブルックリンへと帰ってきた老人が甥のトムとの再会を機に、冒険に詐欺に逃避行の手助けと家族を取り巻く人生最後のドタバタ騒ぎに巻き込まれる物語。オースターの作品の中で恐らく最も読みやすいコメディタッチのストーリーであり、相変わらずその「語り」の巧さに敬服してしまう。
登場人物に対しての作者の「まなざし」に非常に温かみがあり、たとえば主人公のネイサンは切れ者で老人特有の知恵と落ち着きがあるが、行きつけのダイナーにいる女性店員にデレデレしたりと、いくつになっても男であることの愚かさが描かれているわけだが、それが決して否定的でなく、至ってフラットに描かれている。さりとて肯定的に描かれているわけでもなく、送ったネックレスが旦那の嫉妬を呼ぶという悲劇的な結末を迎えてしまい、都合よく物事が転ぶわけでもないのだ。
登場人物の一人であるゲイの古書店主であるハリーが一番人間臭く、稀代の詐欺師でありながら、愛した男の復讐と嘘を見抜けずに信じ込んでしまったり、かと思えば主人公の忠告を聞いて遺産の送り先を決めておく抜け目のなさがあったりと、人間は多重的で一側面では語れないことをよく表している。転じてそれは人生そのものでもあり、人生は簡単に結論付けられない。酸いも甘いも、喜劇も悲劇も、善も悪も、全てをひっくるめて人生はただ続いていく。最後の9.11への言及は楽観的な諦観を覆すだけの無常感があるが、その影もまた今までの日常があっさり崩壊する可能性の指摘と、それ以前の断絶のない明るい時代の切り取りでもあるのだろう。